ラベル 傍観者の小さな冒険 彼の地にて の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 傍観者の小さな冒険 彼の地にて の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年6月19日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅻ章 ある雨の日に・・・ (後)

 森に到着した《傍観者》は、彼の地の番人が現れないので、おかしいなと思いながら更に奥へと歩を進めてみた。
 雨だと言うのに人々が寛いでいる公園を通り過ぎると、辺りは段々人気が無くなり裏寂しい風景へと変容していった。
「・・・・・・」
 言葉を失ったかの様に黙りこくった《傍観者》がそろりそろりと前進して行くと、やがて前方に彼の地の番人の姿がぼんやりと見えて来た。
「こんな森の奥に居たんだ」
 《傍観者》が声を掛けると彼の地の番人は、
「アメは好きだけど雨は苦手ぞよ、しかし此処まで来るとは流石、黒い生き物ぞよ」
と返した。
「相談に乗って欲しいんだけど・・・」
と言う《傍観者》の問いに彼の地の番人は常套句を掲げた。
「アメくれよ~」
 彼の地の番人にアメを渡した《傍観者》は、相談事の前に周囲を見回すとこんな質問をした。
「此処が番人さんの住処なんだね」
 小さな椅子を取り出しながら彼の地の番人は、鹿爪らしい口調で囁いた。
「他の人には秘密ぞよ」
「番人さんて・・・お化けだよね?」
「お化け?全然似ても似付かないぞよ」





「・・・そうそう、相談事なんだけど」
「わしの知らない事はないぞよ」
「ネコが・・・」
「眼の前に居るぞよ」
「?・・・此処には居ないよ」
 不思議そうな顔付きの《傍観者》と不可思議な表情を浮かべた番人が互いに見詰め合った。

「うちに子ネコが迷い込んで来たんだけど、如何したら良いかな?」
「飼ってやれば良いぞよ」
「ちゃんと飼えるかな?」
 自信無さげな《傍観者》がそう問い返すと、彼の地の番人は帽子の鍔から雨の滴を滴らせながら提言した。
「ミルクを定期的に与えて、良く遊んであげれば大丈夫ぞよ」
「そっか・・・」
 まだ迷っていた《傍観者》の背中を番人の次の言葉が後押しした。
「それに段々芸も覚えて行くぞよ」
「そっか❤じゃあ飼う事にするよ。ありがとう、番人のおじさん」
「失礼ぞよ、わしはまだお兄さんぞよ」
 見た目からは全く年齢が推測できない彼の地の番人は、やんわりと苦言を呈した。
「へえー、そうなんだ。分かったよ、おじさんみたいなお兄さん」
「それはもっと失礼ぞよ~ぞよ~ぞよ~」
 彼の地の番人の言葉尻が空しく木霊を繰り返した時には《傍観者》の姿は消えていた。

 小さな橋の下へ戻って来た《傍観者》の気配に気付いたのか、小さな箱の中で眠っていた子ネコが眼を開けた。
 箱の外へ出て来た子ネコは《傍観者》を見上げて消え入りそうな鳴き声を上げた。
「ニィ・・・」
「ただいま」
 ミルクに満たされた皿を用意した《傍観者》は、それを子ネコの前に置いてやり、そっと告げた。
「此処にずっと居ると良いよ、一緒に住もうよ」
「ニィ・・・」
 先程と同じ鳴き声を発した子ネコであったが、《傍観者》には嬉しさが滲み出たそれに聞こえた。





 美味しそうにミルクを舐め始めた子ネコを前にして《傍観者》は一人呟いた。
「名前を付けてあげなくちゃ」
 束の間逡巡した《傍観者》の頭の中に、ある名前が浮かんだ。
「女の子みたいだから、・・・ピノコしよう!」

 満腹になったピノコは《傍観者》の長い尻尾に戯れ付き始めた。
 やがて遊び疲れたピノコを小さな箱の中に寝かし付けた《傍観者》は、寝心地が良さそうな椅子を選ぶとその上に丸くなり今日有った出来事を思い返していた。
 そして、すやすやと眠るピノコの顔を一瞥すると、安心したのか深い眠りへと落ちて行った。

2011年6月12日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅻ章 ある雨の日に・・・ (前)

 少し肌寒さを覚えながら小さな橋の下の小さな箱の中で目覚めた《傍観者》は、いつもと違う周辺の景色に気が付き茫然とした。
(雨が降っている・・・)
 曇天の闇夜から盛んにしとどに雨が降りそぼっている。
(彼の地でも雨が降る事が有るんだ・・・)
 初めて目にする異邦の地での雨模様に《傍観者》は時を忘れ、水煙に霞む草叢を、そして水量が増えた小さな川の水面を飽きる事無く眺め続けていた。
 ふと、何者かの気配を感じ取り振り返った《傍観者》は、橋桁の後ろに半身を隠す様に佇む小さな白い影を見咎めた。
「あっ!子ネコ・・・」
 あどけなさの残る顔付きに円らな瞳が印象的な小さな小さなネコが、《傍観者》の事をじっと見詰めていた。








 何故か狼狽してしまった《傍観者》は如何して良いか分からず、その子ネコを見詰め返していたが、やがて意を決して近付いて行った。
「何処から来たの?」
 《傍観者》が発した問いに白い子ネコは短く鳴くだけであった。
「ニィ・・・」
 雨に濡れたのか、子ネコの寒そうに震えている様子に気付いた《傍観者》は、
「そこに居ると濡れちゃうからこっちにおいでよ」
と言い、自分の寝床にしている小さな箱へと導いてあげた。
「今何か食べる物を買って来てあげるよ」
 そう言い残した《傍観者》は、大急ぎでネコカイ牧場へと向かった。
 
 ネコカイ牧場でアメと交換してネコ用のミルクを手に入れた《傍観者》は、小さな橋の下へ帰って来て小さな箱を覗き込み、子ネコの姿を確認すると安堵に胸を撫で下ろした。
「良かった、未だ居た!」
 《傍観者》がミルクの皿を差し出すと、子ネコは余程お腹が空いていたのか、貪り付く様にそれを飲み干した。
 お代わりしたミルクを今度はゆっくりとぴちゃぴちゃと舐め終えた子ネコは、安心したのか小さな箱の中で丸くなると寝息を立て始めた。
(さて、如何したものか・・・)
 自分だけで考えて居ても埒が明かないので、《傍観者》は《いたずら師》に意見を尋ねてみる事にした。

 《傍観者》が重厚なドアを開けて部屋の中に入ると、どたどたと走り回っていた《いたずら師》が振り向いてこう言った。
「俺様はこれから雨パーティーに出掛けるから忙しいのだ」
「子ネコが・・・」
 《傍観者》が言い切らない内に《いたずら師》が続けた。
「雨だからアメオス(アディオス)」
 掻き消す様に姿を消して行く《いたずら師》を見守っていた《傍観者》は、外に出ると雨空を見上げた。
 関心の無い出来事には全く興味を示さないと言う《いたずら師》の性質を熟知していた《傍観者》にとっては予想通りの展開だったので、その口元に思わず苦笑いが浮かんだ程であった。
(《知識師》にも尋ねてみよう)
と次の行き先に照準を定めた《傍観者》は雨の中へ飛び出した。






 外にまで騒がしさが伝わるその家の立派なドアを開けた《傍観者》を、所狭しと駆けずり回るたぬき達とてんてこ舞い状態の《知識師》が出迎えた。
 色々な物が散らかった部屋の状態と一時もじっとして居ない腕白たぬりん達を交互に眺めていた《傍観者》は、
(これは話を聞いてもらうどころじゃないな)
と思い、次は久しぶりに《装飾師》の家を訪ねる事にした。

 普通のドアを開けて《装飾師》の家に入った《傍観者》の眼には、椅子とテーブルだけが置かれた誰も居ない部屋が映った。
(やはり居ないか・・・)
 がらんとした人気の無い部屋で簡素な椅子に座り一休みした《傍観者》は、雫を垂らすピンと張ったヒゲを前脚で擦りながら窓枠に切り取られた雨に煙る夜空を眺めた。
 ドアを開けて雨脚の強さに辟易しながら《傍観者》は最後の行き先を決めた。
(ちょっととぼけているけど、彼の地の番人に聞いてみようっと)
 《傍観者》が彼の地の番人の所へ向かった後には閉め忘れたのか、開けっ放しの状態のドアが残っていたが、何処からか一陣の柔らかな風が吹いて来ると音も無くすーと閉まって行った。
 後には間断無く降り続く雨と、それに全ての音を呑み込まれた彼の地の風景だけが残っていた。

2011年6月5日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅺ章 知識師の家にいたのは・・・

 《傍観者》が眼を覚ますと、辺りはいつもの様に真夜中だった。
 勢い良く小さな箱から飛び出した《傍観者》は、並べられた椅子を数えながら、
(今日も時間旅行をしようかな)
と寝起きの頭で考え込み始めた。
 細波の様に遠く近く聞こえる虫の声を背にして一人思索していた《傍観者》は、遥か天空に《知識師》の豆粒程の姿態を見咎めた。
 見る見る内に高度を下げた《知識師》は茶色い羽をパタパタ羽ばたかせながら《傍観者》の眼の前に着地した。
「お目覚めのモーニングコーヒーを持って来たよ」
「今、真夜中だよね」
「・・・こほん、言ってみたかっただけだよ」
 少し赤面しながら《知識師》はそう言うと、タイムマシンをちらっと眺めながら会話を続けた。
「時間旅行も良いけど、《傍観者》はこの時代で行ってない処がまだまだ沢山有るんだよね」
「うん、有るよ」
「じゃあ、先にそっちの方へ出掛けた方が良いかもね」
「そっか?そうしようかな」
 流石、《知識師》。《傍観者》にとっての良い指針である。
 納得した《傍観者》は深く頷いた。

「ところで暇だったらうちへ来なよ」
「良いよ」
 ふわっと体を浮かせた《知識師》は、
「見せたい物が有るんだ」
 と言うが早いか、その身を空高く舞い上げ始めたので、《傍観者》は慌てて後を追う事にした。

 立派な佇まいの、同じく立派なドアを開けて中へ入った《傍観者》を茶色い生き物が出迎えた。
「これは・・・タヌキ!」
「そう、三つ子なんだ❤❤❤」
 《傍観者》の発した驚きの声に嬉しそうに《知識師》が答えた。





 腕白そうなタヌキの子供達が所狭しと部屋中を駆け回りだした。
「名前は、たぬりん」
「どれがたぬりん?」
「全部たぬりんだよ」
「へえー、そうなんだ」
 同じ名前だと混乱しないかなと思い、《傍観者》がそう尋ねると、
「大丈夫だよ、いつも一緒に居るから」
と《知識師》は少々的外れな言葉を返し、たぬりんと呼ぶと子だぬき達が彼の傍にやって来てビー玉みたいな瞳で顔を見上げた。
「この間、カジノの大会で二位になって、その賞品として貰ったんだ。この王冠と一緒にね」
 《傍観者》が気付くと《知識師》の頭の上にきらきらと輝く王冠が乗っかっていた。
「二位なんて凄いな、《知識師》は!」
 羨望の眼差しで王冠を凝視しながら《傍観者》が発した言葉を聞いて、《知識師》は嬉しそうに茶色い羽をぱたぱたさせた。

「男の子が二匹で、後一匹は女の子なんだ」
「見分けが付くの?」
 そっくりな姿形の三匹を見ながら《傍観者》が尋ねると、
「勿論だよ、少しづつ顔付きが違うし、一番優しそうなのが女の子だよ」
 だが《傍観者》には三面鏡に映したみたいに寸分違わず同じ顔に見えるたぬき達であった。

「でも、たぬきって何を食べるの?」
「何でも食べるよ、肉でも魚でも木の実や穀物も食べるし」
「雑食なんだね」
「そうだよ、それから公園や森や、人の家にも連れて行けるんだ」
「人の家にも!」
「《傍観者》の家にも今度連れて行くからね」
 それを聞いてすっかりご機嫌な様子の《傍観者》は、たぬりん達と追っかけっこを始めた。
 喜び勇んで走り回る《傍観者》と子だぬき達を思慮深い眼差しで見守りながら、《知識師》は頭上の王冠を手に取ると飾り台の上に大事そうにそっと置いた。

 

           


 腕白たぬりん達と遊び疲れた《傍観者》は、《知識師》の家を辞した後、彼の地の番人の処へと向かった。
「アメくれよ~」
「はい、今日も椅子でしょ」
「そんなに椅子が欲しいなら、椅子にするぞよ」
 彼の地の番人が取り出したのは前のより少し大きいけれど、やはり椅子だった。
「ねえ、《知識師》がたぬきを飼い始めたの知ってる?」
「わしはこの世界が誕生した時から彼の地の番人ぞよ、知らない事は無いぞよ」
 胸を張って答える番人に《傍観者》は次の質問をした。
「じゃあ、どれが男の子でどれが女の子か判る?」
「急におなかが空いて来たぞよ~」
 眼を逸らした彼の地の番人は慌てふためいたかの様に急いで森の奥へと帰って行ってしまった。

 小さな橋の下へと戻って来た《傍観者》は小さな箱の中で丸くなると、
(やっぱりペット欲しいな・・・)
と未だ見ぬペットに思いを馳せていたが、近日中にそれが現実の事になるとは思いも寄らない事であった。

2011年5月29日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅹ章 太古へ

 暗闇の中に金色の双眸がぱっと花開いたかと思うと、静かに覚醒した《傍観者》は尖った耳を持つ黒い頭を擡げた。
 小さな黄色い車体を視界の中に確認し、古代エジプト王朝への冒険を思い起こした《傍観者》はにんまりと笑みを浮かべた。
 小さな箱の中から飛び出し、その愛しい黄色い車体を熱い視線で眺めていた《傍観者》は二重に連なる羽音を聞き咎め、天空に眼を向けた。
 空に浮かぶ黄金色の月輪をバックに黒いシルエットが二つ、相前後しながら《傍観者》の眼の前に舞い降りて来た。

「なんだ、随分みすぼらしいタイムマシンだな」
「とうとう手に入れたんだ、いいなー」
 《いたずら師》はいつもの口調で、《知識師》は素直に感嘆の意を口の端に掲げた。
「あれ?タイムマシンの事、誰から聞いたの?」
「こう言う事は何処からともなく耳に入って来るものなんだよ」
 不思議そうな表情を浮かべた《傍観者》に《知識師》が答えた。
「俺様が以前に作らせた豪華絢爛な特注品に比べれば・・・」
 《いたずら師》は頭の上に何かもやもやした物を出現させ、黄色い車体の周りをどたどたと走り始めた。

「《知識師》に貸してあげるよ」
 聞けば、《知識師》はタイムマシンを持っていない、と言うので《傍観者》がそう提案したが、これには残念そうな響きを伴った言葉が返って来た。
「タイムマシンは持ち主しか乗れないんだ・・・」
 幾分肩を落とし気味の《知識師》ともやもやした物を浮かべたままの《いたずら師》は、黄色い車体の上空で何回か旋回すると、あっという間に天空高く舞い上がりその姿を消した。

「さて、今度はどの時代へ行こうかな」
 タイムマシンに乗り込んだ《傍観者》は束の間逡巡し、石器時代に目盛りを合わせると始動スイッチを押した。





 瞬きを一回するかしないかの短い時間の後に石器時代へと到着した《傍観者》は、近くに村落を見付けそちらへと歩いて行った。
 岩山の裾野付近に位置するその村落には大勢の時間旅行者が垣間見られ、集団の中心には石器時代の人々のの姿が散見された。
 何の動物の物か、皮の腰巻だけを纏った少年に近付いて行くと、石槍や石斧、石で出来たテーブルなどを売っていた。
 一際人々が群れている輪の中心には、トリケラトプスの頭骨の頭飾りを被り動物の骨で作られた装飾品を体中に纏った、如何にも族長然とした男が奇妙な踊りを舞っていた。
「あの噴火の舞を何人かで踊ると何かが起こるんだって」
 風に乗って流れて来たそんな言葉を耳にしたのか、見様見真似で噴火の舞を踊る人々が出て来た。
 やがて地面が細かく揺れ出し、遠景に雄大に聳え立つ山が真っ赤な火柱を高々と噴出した。
(流石、噴火の舞だな)
 お祭り騒ぎの只中、地面と一緒に揺られながら《傍観者》は頭の中で呑気に感想を述べていたが、そうして居られるのも今だけであった。
 噴火の舞を踊る人の数が更に増えると、先程の噴火の時とは違う振動が地面を伝わって来た。
 ずしんっ、ずしんっ・・・。ずしんっ、ずしんっ・・・。
 大地を揺るがす足音を響かせながら生い茂る樹木を掻き分けて現れたのはティラノザウルスみたいな大型の恐竜だった。







「出たーっ!」
「恐竜だー!」
 逃げ惑う人、勇敢にも恐竜に立ち向かおうとする人、為す術も無く地面の上下動に翻弄されたまま立ち尽くす人、辺りは阿鼻叫喚の世界へとその姿を変えた。
 《傍観者》は恐竜が向かう先とは少しずれた場所に居たので、激震する地面に必死にしがみ付きながらその小山の様な姿態を心行くまで眺める事が出来た。
(うわー、大きいな!頭の上に乗ったら見晴らし良さそう)
 ずしんっ、ずしんっ、と歩を進めた恐竜は、村落の中心で一旦立ち止まると、
「ぎゃおーーーっ」
と耳を劈く様な叫び声を発し、地上に張り付く小さな人間達には一切関心を示さず太古の樹木の奥へと帰って行った。
(ふぅー)
 短い吐息を漏らした《傍観者》同様に、落ち着きを取り戻した人々が三々五々村落の中心付近に集まって来た。
「石器時代はこうでなくっちゃね」
 誰に聞かせるでも無くそう呟いた《傍観者》は、現代に帰るべく太古の時代に別れを告げる事にした。

 小さな橋の下に戻って来た《傍観者》は、タイムマシンのお礼も兼ねて彼の地の番人を尋ねる事にした。

「アメくれよ~」
 彼の地の番人にアメを渡しながら《傍観者》は古代エジプト王朝や石器時代への時間旅行の話をした。
「凄く楽しかったんだよ、番人さん、ありがとう」
「それは良かったぞよ、今日のはもっと良い物ぞよ」
 そう言った彼の地の番人が取り出したのは小さな椅子だった。
「・・・普通の椅子だよね?」
「そうぞよ、普通の普通の椅子ぞよ」
 《傍観者》に発言する隙を与えずに彼の地の番人は、森の奥へとふわふわと引き返して行った。

 小さな箱の横に持ち帰った来た小さな椅子を並べた《傍観者》は、石器時代で遭遇した巨大な恐竜を回想しながら丸めた体に長い尻尾を巻き付けた。
 夢と現の狭間で《傍観者》は恐竜の頭の上に乗っかり、その見事なまでの眺望を楽しんだ。
 実際にそんな状況になったら振動が激しくてしがみ付くだけで精一杯だと思うが、夢想の世界ではそんな事は無く、《傍観者》は安穏な空中散歩を十全に堪能せしめた事であろう。
 

2011年5月22日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅸ章 時空を走るモノ

 薄ぼんやりとした月明かりの下、藍色の陰影に包まれた小さな橋の下で目覚めた《傍観者》は、両前脚から尖った爪を目一杯突出させて伸びをした。
 何処へ行けば良いのか一頻り思い悩んだ末に《傍観者》は、彼の地の番人に聞きに行く事にした。

 森の奥へと分け入って行くとふわふわと優雅に漂いながら彼の地の番人が現れたので、《傍観者》は悩み事を尋ねてみた。
「何処へ行けば良いのか分からないんだけど、如何したら良いかな?」
「その前にアメくれよ~」
 《傍観者》がアメを二十個渡すと彼の地の番人は美味しそうにそれを舐めながらこう言った。
「分からなかったら何処かへ行けば良いぞよ」
「それが答え?アメ損しちゃったかな」
「今のは単なる助言ぞよ。貰ったアメの分は他にあるぞよ」
 彼の地の番人はそう言うと小さな小さな自動車を取り出した。





「うわぁー、車くれるの?」
「車じゃなくてタイムマシンぞよ、出血大サービスぞよ」
「タイムマシン?」
「そうぞよ、地面は走れないが代わりに時空を走れるぞよ」
「・・・デロリアン?」
「・・・何の事かさっぱり分からないぞよ~」
 急に小声になった彼の地の番人の事など気にも留めないで《傍観者》は、小さな小さなタイムマシンの周りを嬉しそうにくるくると走り回った。

「ありがとう、番人さん。早速乗って帰るね」
「地面は走れないと言ったぞよ」
「じゃあどうやって持って帰れば良いの?」
「出血大サービスで家まで届けてやるぞよ」
「さっきから出血出血って何処か怪我してるの?」
「・・・・・・」

 ちぐはぐな会話を交わした後、彼の地の番人に別れを告げ《傍観者》が家に帰って来ると、既に小さな橋の下にタイムマシンが届けられていた。
(流石、彼の地の番人だね)
 ますます嬉しくなった《傍観者》はすぐに出掛けたくなり、いそいそとタイムマシンに乗り込んでみた。
「先ずは・・・古代エジプトへ行ってみようっと」
 《傍観者》が目盛りを古代エジプトに合わせ始動スイッチを押すと窓の外が一瞬暗闇に包まれ、次の瞬間にはもう目的地へと到着していた。

「もう着いた、早いなぁ」
 眼の前に聳え立つ石造りの豪壮な宮殿をたっぷりと眺めた後、《傍観者》は中へと入って行った。
 女王の間まで辿り着いた《傍観者》は、
(旅行者だらけだ)
と驚きを露わにし、その只中に自らも混じり合って行った。
 どっしりとした柱や壁、高々とした天井に囲まれたその部屋の上座には、様々な宝石が鏤められた玉座に悠然と座る女王と、大きな羽団扇をゆらゆらと揺らす侍女達の姿が見受けられた。
 エジプト王族のかつらを被り、コブラの頭飾りを着け艶然と微笑む女王の高貴な座位に《傍観者》は少し気後れをし、遠くから眺めるだけに留めて置いた。
 
 部屋の隅に宝物庫と書かれた通路を見つけた《傍観者》はわくわくとしながらそちらへ行ってみる事にした。
 薄暗い通路を真直ぐ進んでいくと宝物庫の扉が現れ、そこには『問いが解けない者は入室する事無かれ』と書いてあった。
 良く見ると宝物庫の扉は8パズルになっており、これは3×3のボードの上で8枚の駒を動かして目的の形を完成させる、という代物である。
 何回か失敗した後、漸くパズルを完成させた《傍観者》は宝物庫の中へ脚を踏み入れた瞬間、はっと息を飲み、そして意識が飛んだ。
 そこは黄金で作られた王冠や杖、スカラベを模した置物、あるいは見た事も無い様な大きな宝石達が織り成す光と光の饗宴の間であり、真に《傍観者》にして見たら、眼の毒以外の何物でも無かった。









(流石、古代エジプト王朝の宝物庫だけの事はあるな・・・)
 暫く静かな時が過ぎ、やっと正気を取り戻した《傍観者》はそんな事を思いながら豪壮な宮殿から外へ出て来た。
 すると、古代エジプトの民族衣装を身に付けた女の子が《傍観者》に近付いて来てこう言った。
「神様に捧げる踊りを教えてあげる」
「わーい、ありがとう」
 腰を艶めかしく動かし、首を左右にカクカク動かす異国情緒たっぷりのその舞いを、《傍観者》は程なくして完璧に覚える事が出来た。
 こうして最後に神様に捧げる踊りをマスターした《傍観者》の古代エジプトへの旅路は全行程終了となった。

 タイムマシンに乗り自分の家に戻って来た《傍観者》は、またまたへとへとに疲れていたのでさっさと寝る体制に入った。
 《傍観者》の今夜の夢は、光り輝く宝物庫の中で神様に捧げる踊りを舞い続けるという内容であり、頭の中の踊りに連動して右に左に動く長い尻尾はいつまでもその動きを止める事が無かった。

2011年5月15日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅷ章 ねずみだらけ

 小さな川のさらさらと流れる音の他は、何処からか聞こえる微かな虫の声しか聞こえない。
 そんないつもと同じ周りの音色に囲まれ《傍観者》は眼を覚ますと、その黒い体を丸めたまま考え事を始めた。
(色々な処へ出掛けろ、か・・・)
 小さな欠伸を一つ。
(でも、何処へ行けば良いのかな)
 小さな伸びを一つ。
(困った時は・・・)
 小さな箱から外へ出て来た《傍観者》は、
「《知識師》だ!」
と最後だけ声にしてその口から発した。

 立派なドアを開けて中へ入って行った《傍観者》を、頭の上に手拭いを乗っけた《知識師》が出迎えた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは、お風呂に入っていたの?」
「いや、こうすると落ち着いて思索出来るんだ」
 ふーん、と言いながら《傍観者》は《いたずら師》に言われた事を《知識師》に話して聞かせ、
「何処へ行ったら良いかな」
と尋ねた。
「そうだな・・・」
 分厚く古めかしい装丁の1冊の本を取り出し頁を捲りながら考え込んでいた《知識師》は、やおら《傍観者》の尖った耳に眼を止めた。
 そして次に長く伸びた尻尾に視線を移すと、
「ネズミータウンはどうかな?」
と、ぼそっと言った。
「ネズミタウン?」
 《傍観者》の眼がギラッと輝きを放った。
「ネズミータウンだよ。本物のネズミは居ないけど黒くて丸いネズミの耳を付けた人がたくさん居るよ」
 本物のネズミは居ないと聞いて少しがっかりした《傍観者》だったが、ネズミの格好をした人々というのを見てみたいと思い直し、
「じゃあ、そこへ行ってみようかな」
と答えたが、ふと見やると《知識師》の両瞼は半分以上閉じられていたので、
「一人で行って来るね」
とそっと呟いた。
 すやすやと寝付いてしまった《知識師》を残し、《傍観者》はネズミータウンへと進路を定めた。





 良く手入れされた草原の真ん中にネズミータウンと掲げられたゲートが見えて来ると、《傍観者》は知らず小走りになっていた。
 息せき切ってゲートの下を潜り抜けるとそこには黒くて丸いネズミの耳を付けた人々、特に女の子が多く見受けられた。
「うわー、《知識師》の言った通りだ」
 ネズミの耳を付けた女の子たちは談笑していたり、ちょこまかと走り回ったりとても楽しそうだった。
 ふらふらと熱に浮かされた様に歩を進めた《傍観者》は、
「あっ、こんな処にも!」
と小さく叫んだ。
 広場の中央にある噴水の縁がネズミの形に模して造られていた。
「あっちにも、こっちにも」
 さらに道に描かれている模様や、マンホールの蓋、芝生の形状やベンチの形、はたまた煙突から立ち昇る煙までネズミの姿を象っていた。
 きょろきょろと右に左に顔を巡らしていた《傍観者》は隅っこの小さなお店を見付けると傍まで行ってみた。
(なるほど、此処でネズミの耳を売ってるんだ)
 《傍観者》ほ自分の三角に尖った耳を気に行っているので、勿論ネズミの耳は買わなかった。

 それにしてもこう周り中ネズミだらけだと、むずむずする爪の先を必死に抑えながら《傍観者》は自分に言い聞かせた。
(あれは人間、これも人間、それはマンホールの蓋・・・)
 終いには少し混乱を来していたかもしれない。
(ネズミが一匹、ネズミが二匹・・・違う、良く見たら煙突の煙だし・・・)
 ややもすればそれらに飛び掛かりたい衝動を懸命に抑え込んでいた《傍観者》は疲労困憊の極致に達しようとしていた。






「もうだめだ~」
 逃げる様にネズミータウンを後にした《傍観者》は彼の地の番人の処へ寄ってから自分の寝床へ戻る事にした。

「アメくれよ~」
 のたのたと《傍観者》がアメを渡すと彼の地の番人は、
「何か疲れているみたいぞよ、よし、これをやるぞよ」
と言って、またまた小さな椅子を取り出した。
「また椅子なの?」
「疲れているときは椅子に座って休むと良いぞよ」
「でも家に沢山あるよ」
「ちりも積もれば山となるぞよ」
「そんなに要らないし・・・」
 《傍観者》の最後の言葉を聞き流し、彼の地の番人は森の奥へふわふわと帰って行ってしまった。

 くたくたになって寝床へ戻って来た《傍観者》は周り中椅子だらけの状態を見回し、一つ溜息を付いた。
 小さな体を丸めた《傍観者》の今夜の夢は、ぐるりと辺り一面をネズミに取り囲まれており、何回前脚を伸ばしても捕まえられない、というものだった。
 結局一匹も捕まえられないまま、《傍観者》の意識は混沌の世界へと旅立って行った。

2011年5月8日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅶ章 いたずら師にお呼ばれ

 ひっそりと静まり返った小さな橋の下で目覚めた《傍観者》は、寝床にしている小さな箱から出て来ると傍に置いてある小さな椅子に座った。
 前脚で入念に顔を洗い、ヒゲの先端まで形を整え終わった《傍観者》は椅子を降り、喉の渇きを癒すために小さな川へと向かった。
 水面に顔を近づけて今まさに水を飲もうとした刹那、背後にばさばさと羽音がし《いたずら師》が現れた。
「ご馳走してやるから、俺様の城に来るのだ」
 そう言った《いたずら師》は、橋の上を駆け回ったり、そこから飛び降りたり、一頻りどたばたした後、黒い羽を一振りし頭上高く舞い上がるとその姿を消した。
「全く《いたずら師》はいつも唐突だな」
 やれやれと首を振った《傍観者》は、小さな川から水を二口飲むと《いたずら師》の家へと向かった。





 重厚なドアを開けて部屋の中へ入って行った《傍観者》にお約束のシャンペン・シャワーが浴びせ掛けられた。
「別に何のお祝いでもないんだよね」
「そうだ、良く分かったな?」
と答えた《いたずら師》は、周りを見回しこう続けた。
「部屋の模様替えをしたぞ。どうだ、俺様にぴったりの豪華な意匠だろう」
 なるほど確かに部屋の様子が前と違っていた。
 以前は無秩序に置かれていたカラフルな四角い置き物が、大きな正方形を形作る様に綺麗に並べられ、同じ様に無秩序に床に転がっていた宝石達も飾り棚の上に整然と鎮座ましましていた。
 そして部屋の真ん中にあった大きなダイヤモンドは隅の方に追いやられており、その代わりにそこには、なんと、宝船がでんと置かれていた。

「宝船・・・」
「ほんの特注品だ、有り余っている金の一部を・・・」
 宝船の中に積まれたきらきらと輝く宝の山に目を奪われていた《傍観者》には、《いたずら師》の声は半分しか届いていなかった。
 《傍観者》は何故かきらきらと輝く物に弱く、、特に本物の輝きを放つ代物に出会うと我を忘れてしまうのであった。

 ふと《傍観者》が気が付くと《いたずら師》の独白はまだ続いていた。
「前に特注で作らせたタイムマシンを間違って売ってしまったのだ・・・」
 いつもの自信満々な様子は影を潜め、代わりに悔しさと悲しみが入り混じった表情が《いたずら師》の顔を覆い、その頭上には何かもやもやとしたモノが浮かび上がっていた。

 やがて気を取り直した《いたずら師》は、
「忘れてた!ご馳走するんだったな」
と言いながら、豪華なテーブルの上に活きの良さそうな魚を2匹並べた。
 魚と侮るなかれ、《傍観者》にとって何物にも代えがたいご馳走とは、まさにそれなのであった。
「わーい❤二匹も!」
 一匹は俺様のだ、と《いたずら師》が言う間も与えず《傍観者》は二匹の魚ともぺろりと食いらげてしまった。






「俺様の分が・・・」
 空になった皿を見やり、続いて満腹そうな《傍観者》に視線を向けた《いたずら師》は、
「まあ、良いか。俺様は大金持ちだからな」
と鷹揚な態度を見せた。

「色々な処へ出掛けるのだ、《傍観者》よ。これは彼の地の王様としての俺様の助言だ」
「うん、そうするよ。今日はありがとう」
 長い尻尾をピンと立て一振りしてそれに答えた《傍観者》は《いたずら師》の家を辞去する事にした。

「そうそう、アメをあげに行かなくちゃ」
 森へと入って行った《傍観者》は彼の地の番人より先んじて口を開いた。
「アメくれよ~、でしょ」
「先に言ったらダメぞよ、アメくれよ~」
 アメを貰った彼の地の番人は、またまた前のとは違う小さな椅子を《傍観者》に渡した。
「椅子ばっかしだね」
 森の奥にふわふわと小さくなって行く彼の地の番人に《傍観者》の声が届いていたかどうかは定かではない。

 小さな橋の下の寝床へと戻って来た《傍観者》は今日貰った小さな椅子を並べ終えると、《いたずら師》の家にあった宝船を思い浮かべた。
(あの宝の山に埋もれて昼寝が出来たら、どんな気分だろうな・・・)
 小さな箱の中で丸くなってそんな空想を楽しんでいた《傍観者》だったが、段々とその頭の中の風景は薄れ始め、やがて辺りは静けさに包まれて行った。

2011年5月1日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅵ章 装飾師とお出かけ

 小さな橋の下を一陣の風が通り過ぎると同時に《傍観者》は眼を覚ました。
 月の光の下へ出て来た《傍観者》の体は、まるで黒々としたビロードを羽織っている様に光り輝いて見えた。
 風上に耳を向け、微かに聞こえる虫の声を楽しんだ《傍観者》は、
(はて?何処へ行こうかな・・・)
と思い悩んだが、以前に一度だけ会った事がある《装飾師》の顔を思い浮かべ、自然と笑顔になった。
(この間は留守だったけど、今日は居るかな?)
 もし留守だったら何処へ行こうかな、などと考えながら取りあえず《傍観者》は《装飾師》の家へ向かう事にした。

 小ぢんまりとした家に到着し中へ入って行った《傍観者》を《装飾師》が心地よく出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい」
 黄色い体に黒い縞の対比が鮮やかな《装飾師》に思わず見とれてしまった《傍観者》は、挨拶を返すのが少し遅れて仕舞うほどだった。





「どうぞ中へ、と言っても椅子とテーブルしかないですけどね」
 《装飾師》の言に従い部屋の中へ入った《傍観者》はこう言った。
「この間一度来たんだけど、留守だったよ」
「そうなんですよ。此の地の仕事が忙しくて、なかなか彼の地へ来れなくて・・・」
 《傍観者》は《装飾師》が此の地で忙しくしているのを知っているので、さり気なく話題を変えた。
「もうどこかへ出かけた?」
「まだ《いたずら師》と《知識師》の家へ行っただけです」
「そっか。じゃあ一緒に出かけてみようよ」
 そう言った《傍観者》も数ヶ所しか行った事がなく、自ずと候補地は限られてしまうのであった。
「カジノは時間がかかるし、そうだ!釣りへ行こうよ」
 そして《傍観者》は《知識師》に連れられて行った釣りの顛末を《装飾師》に話して聞かせた。
「なんか面白そうですね」
「うん、面白いよ」
 そう言う訳で《傍観者》と《装飾師》は釣りをしに行く事になった。

「ここは何処ですか?」
「日本海だよ」
 以前、《傍観者》が《知識師》にした質問と全く同じ質問を《装飾師》が口にした。
「そこの河童みたいなおじさんが釣り竿と餌をくれるよ」
 《傍観者》に言われるままに《装飾師》がおじさんに近づいて行くと、
「よーしよし、初めてだな、きゅっきゅっきゅっ」
と言ってしょぼい釣り竿としょぼい餌をくれた。





 《傍観者》は《知識師》に教えられた通りに《装飾師》に釣りの手順を教えて挙げ、並んで座り海原へ釣り糸を垂らした。
 数回魚に逃げられた《装飾師》だったが、《傍観者》より先に一匹の魚を釣り上げた。
「やるなあ、《装飾師》は!」
「何とか釣れましたね」
 嬉しそうな《装飾師》につられ、《傍観者》の顔にも笑顔がこぼれた。
 それから《傍観者》と《装飾師》は、魚を釣り上げたり、逃げられたりしながら日本海の風景をたっぷりと楽しんだ。

 十分釣りを堪能した後、バケツの中の魚を海へ戻してやり、それから《傍観者》の勧めで《装飾師》は彼の地の番人の処へ行く事にした。

「アメくれよ~」
 森の奥からふわふわと漂い出て来た彼の地の番人にアメを二十個渡した《傍観者》は、前のとは違う小さな椅子を受け取り、ご満悦の様子だ。
 彼の地の番人は今度は《装飾師》に近づき、こう言った。
「アメくれよ~」
「僕アメを持ってないんです」
 残念そうな様子の《装飾師》に彼の地の番人はアメの増やし方を色々と教えてくれた。
「今度来るときはアメを持って来ますね」
 森の奥へと帰って行く彼の地の番人の背中に《装飾師》がそう声を掛けた。
 《傍観者》と《装飾師》はここで別れる事にして、それぞれの家へと向かった。

 小さな橋の下の以前貰った小さな椅子の横に今日貰った小さな椅子を並べ終え、《傍観者》は小さな箱の中で丸くなった。
(此の地での仕事が忙しい《装飾師》と次に会えるのはいつになるかな・・・)
 ウトウトしながらそんな事を考えていた《傍観者》の瞳はやがて完全に閉じられ、その黒い姿は周囲の闇と混じり合い見分けが付かなくなっていった。

2011年4月24日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅴ章 ネコカイ牧場

 月の光が煌々と差し込み、小さな川のせせらぎを乗せた風が通り抜けて行く橋の下の小さな箱の中で目覚めた《傍観者》は、
「―― っ!」
と、軽く伸びをして箱の外へ出てきた。
 傍に置かれた小さな椅子の存在を確認してほっと一安心した《傍観者》は、月明かりの下へ姿を現し橋の上に上がってみた。
 誰の処へ行こうかと逡巡した後、真ん丸い月を見上げ、すっと細長い虹彩になり、
(最初は、彼の地の番人の処へ行こう)
と結論を下した《傍観者》は、森へと向かうことにした。

 森の中へ入って行った《傍観者》にふわふわと近づいて来た彼の地の番人は、お決まりの挨拶を寄こした。
「アメくれよ~」
「はい、アメ二十個」
 美味しそうにアメを舐め始めた彼の地の番人は、小さな二人掛けのソファーを取り出し《傍観者》に渡すとこう言った。
「また、アメを持ってくるとよいぞよ」
「番人さん、ありがとう」
 森の奥にふわふわと漂いながら薄れて行く彼の地の番人にお礼を言うと、《傍観者》は一旦ソファーを置きに家へと戻ることにした。





 小さな椅子の横に二人掛けのソファーを並べ満足した《傍観者》は、以前に森の奥の公園で会ったトラの子を連れた女の子を思い出した。
(たしか、カジノでトラの子を買ったって言ってたっけ、それに北海道へ行けばネコやイヌもいるって・・・)
 《傍観者》は以前に行ったことがあるカジノを思い出し、まず、そこへ行ってみることにした。

 煌びやかなネオンが瞬き夜中だというのに活気に溢れたカジノへ入って行った《傍観者》は、係りの人にトラの子の事を聞いてみた。
「確かにここでトラの子を買えるけど、大金持ちでなきゃ無理だね」
 予想していた答えが返って来たので《傍観者》は気落ちすることなく北海道へ向かうことにした。

 初めての遠出に少しわくわくしながら北海道へ着いた《傍観者》は、なだらかな起伏一面に広がる草原の中の一本道の奥の奥にその牧場を見付けた。
 『ネコカイ牧場』という看板が掲げられ、周りを簡単な柵で覆われたやや小振りな牧場へ入って行った《傍観者》は、忽ち仲の様子に眼を奪われた。
 そこには走り回ったり、思い思いの格好で寝そべったりしているネコの子やイヌの子がたくさんいた。
「わぁ、ネコの子だらけー❤ イヌの子もー」
 白や黒のネコの子、はたまた茶色や白黒のブチのイヌの子の間に分け入った《傍観者》は、忽ち他のネコの子の姿と混ざり合い、見分けが付かなくなってしまった。
 自分とそっくりな黒ネコの子と追いかけっこをしたり、二匹の白ネコの子の間に入って「白黒白だー」と笑い合ったり、イヌの子とはにらめっこをした後じゃれ合ったりして、《傍観者》は至福の時をここで過ごした。

 遊び疲れて一息付いた《傍観者》の眼の前を緑色の生き物が通り過ぎた。
「あっ、カエル、ウリ坊もいる」
 《傍観者》はカエルとジャンプ競争をし、ウリ坊とは駆けっこをしまたまた至福の時を過ごすことが出来た。




 ふと気が付くと、牧場主らしいおじさんが《傍観者》に近づいて来た。
「まだペットを買うのが無理なら、ここへ遊びに来るといいよ、いつでも好きな時に来れば良いから」
 牧場主のネコカイさんは流石に牧場主だけあって、《傍観者》と他のネコの子との見分けが付くらしく、《傍観者》に向かってそう言うと、納屋の方向へ戻って行った。
「うん、そうするよ」
と返した《傍観者》の声はネコカイさんの耳朶に届いて消えた。

「そろそろ帰らなくちゃ」
 寂しげな表情の《傍観者》は、ネコの子やイヌの子、カエルやウリ坊とお別れをした。
 名残惜しげな様子で《傍観者》は、何度も後ろを振り返り、また振り返り、牧場の姿が点としか見えなくなった頃に家路に向かう脚を速めた。

 やっとの事で小さな橋の下の小さな箱へと帰って来た《傍観者》は、疲れたのか他へは行こうとせずに早々に眠りの態勢に入って行った。
(カエルも良かったけど、やっぱり黒ネコの子が可愛かったな・・・)
 小さな箱の中で小さな体に長い尻尾を巻き付けた《傍観者》は、そんな事を思いながらウトウトし始め、その頭の中には2匹の黒い子ネコがいつまでも、いつまでも駆け回っていた。

2011年4月17日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅳ章 傍観者と釣り

  いつものように夜遅く目覚めた《傍観者》は、小さな箱から外へ出てまず伸びをした。
 風の匂いを嗅ぎ、小さな川に映る黄金色の月を追いかけて少し遊んだ《傍観者》は、
「今日はどこへ行こうかな」
と一人呟き、、
「そうだ、《いたずら師》の家へ行ってみよう」
と続けた。

 《いたずら師》の家に着いた《傍観者》はその豪華な佇まいに圧倒されながら中へと入って行った。
 重厚なドアを開けて部屋の中へ脚を踏み入れた《傍観者》の耳に、
「これは俺様からのお祝いだ」
と《いたずら師》の声が届き、同時にシャンペン・シャワーを浴びせられた。
 びしょ濡れになりシャンペンを滴らせたまま、
「なんのお祝い?」
と尋ねた《傍観者》に《いたずら師》は、
「別に意味はないぞ。金が余りすぎて困るから無駄遣いしているだけだ」
と答えた。
「俺様はこれからパーティーに出かけるぞ」
い言ったかと思うと《いたずら師》は黒い羽を一振りし、次の瞬間にはその姿は消えていた。
 部屋の中央の大きなダイヤを一瞥した後、《傍観者》は、
「忘れていた、彼の地の番人の処へ行かなくちゃ」
と言いながら《いたずら師》と同じ様にその姿を消した。

「アメくれよ~」
 森の中へ入って行った《傍観者》にふわふわと近づいて来た彼の地の番人が言った。
 今日は何を貰えるのかなと、わくわくしながら《傍観者》がアメを渡すと、
「これをやるぞよ」
と小さな椅子を取り出した彼の地の番人は、それを《傍観者》へと渡した。
 森の奥へとふわふわと帰っていく彼の地の番人に、お礼を言いながら見送った《傍観者》は、
(《知識師》はどうしているかな?)
と思いながら彼の家へと向かった。





 立派なドアを開けて家の中へ入ろうとした《傍観者》の頭上から《知識師》の声がした。
「やあ、よく来たね」
 見上げた《傍観者》の眼に、月の光を浴び、庭の木の上に佇む《知識師》の姿が映った。
「もう、釣りへは行った?」
「まだ行ったことないよ」
「じゃあこれから行こう。付いておいでよ」
 茶色い羽を一振りした《知識師》の姿が消え始めたので、あわてて《傍観者》はその後を追った。

「ここは、何処なの?」
「日本海だよ」
 堤防越しに見える大海原に眼を奪われた《傍観者》が尋ねると、《知識師》が教えてくれた。
「そこのおじさんに話しかけると良いよ」
 そう言った《知識師》の指の先には、どう見ても河童らしい生き物がいた。
(河童って、川の生き物なんじゃ・・・)と思ったことは御くびにも出さず《傍観者》が話しかけると、
「よしよし、初めてだな。これをあげよう、きゅっきゅっきゅっ」
と変な笑い声をあげながら河童みたいなおじさんは、しょぼい釣り竿としょぼい餌をくれた。

「まず、竿に餌を装備してそこの海岸縁の座布団の上に座るんだ」
 言われた通りにして《傍観者》は座布団の上に座った。
「次に海面に釣り糸を垂らして魚が掛かるまで待つんだ」
 唯々諾々と従っていた《傍観者》に《知識師》が続ける。
「魚が掛かったら、長押しして。そうすると白い輪がだんだん狭まって来るから、なるべく円の中心に近い処で放すんだ」
「?」
「それを繰り返せば、だんだん魚が弱って来て釣り上げる事が出来るよ」

 隣りの座布団に座って釣り糸を垂らしていた《知識師》は次々と魚を釣り上げていった。
(釣りキチ三平かっ!)と心の中で小さく突っ込みを入れていた《傍観者》の竿にも魚が掛かった。
 なるほど、《知識師》が教えてくれた通り幾つかの同心円が現れ、長押しをすると外側から白い輪が狭まって行き、円の中心付近で放すと確かに魚が弱って行くようだ。
 夢中になって奮闘していた《傍観者》は、最後に魚に逃げられ小さな肩を落とした。
「最初からは上手くいかないよ、慣れれば釣れるようになるよ」
 《知識師》の言葉に励まされながら《傍観者》はまた海面に糸を垂らした。
 
 その後何度か《傍観者》の竿に魚が掛かったが一匹も釣れない。
 ふと、隣りの《知識師》のバケツを見やると釣った魚で溢れんばかりになっていた。
「ちょっと出かけて来るから、まだここに居てね」
 《知識師》はそう言うと、茶色い羽を一振り二振りすると空に舞い上がり、その姿を消した。
(気を使わせちゃったかな・・・)
 《傍観者》は自分のバケツの中のまだ見ぬ魚に思いを馳せながら、
(《知識師》が戻って来るまでにせめて1匹は釣れるように頑張ろう)
と心に誓った。

 それから何匹、釣り逃がした事であろう。
 引いては寄せる波の音と気持ち良い潮風に晒されながら、必死に眠気と闘いながら釣り糸を垂らしていた《傍観者》は、やっとの事で一匹釣る事が出来た。



       


 一陣の風と共に舞い降りてきた《知識師》は、
「どう、釣れた?」
と《傍観者》のバケツを覗き込んだ。
「うん、でも魚じゃないよ」
と答えた《傍観者》のバケツの中には小さなヒトデが一匹入っているだけだった。
 小さなヒトデを海に帰してやった《傍観者》に《知識師》が、
「要は慣れだよ。千匹位釣れば上手く釣れる様になるよ」
と慰みの言葉を掛け、二人は家路へと向かった。

 小さな橋の下の小さな箱へと帰って来た《傍観者》は、早速彼の地の番人から貰った椅子を置いてみた。勿論、箱の中へは入らないので、箱の横にである。
 小さな箱の中からその椅子を眺めながら《傍観者》は、小さなヒトデが嬉しそうに海へ帰って行く様を思い起こしながら、いつのまにか眠りの世界へと旅立って行った。

2011年4月10日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅲ章 誰もいない夜

 小さな橋の下の小さな箱の中でいつものように《傍観者》が目覚めると、辺りはまたまた夜色に染まっていた。
 小さな箱の中から草叢へと脚を踏み出した《傍観者》は、藍色の空を見上げ一人こうつぶやいた。
「いつも夜なんだな・・・」
 しかし、それに答える声はなく、一陣の風が通り過ぎて行っただけだった。
 誰か来ないかと暫くあちこちをウロチョロしていた《傍観者》だが、
「今日は誰も来ないな。じゃあ、こっちから行ってみよう」
と口の中で小さく言うと、まず《知識師》の家へと向かった。

 瞬間的に《知識師》の家に付いた《傍観者》は、立派なドアを開けて中へと入って行った。
「誰もいない」
 無人の部屋を煌々と照らす暖炉の前に来ると《傍観者》は、
(誰もいないのに、暖炉の火を燃やしっぱなしでいいのかな?)
と思ったが、冷えた体が温まり始めるにつれ気にならなくなった。
 十分に体が温まった《傍観者》は少し眠気を覚え、小さく欠伸をしながら部屋の隅にあるベッドへと向かった。
 天蓋付きのベッドの隅で、申し訳なさげに小さな体を丸めてうとうとしていた《傍観者》は、はっと目を覚まし、
「よし、《いたずら師》の家へ行ってみよう」
と思い立ち、瞬間移動を始めた。

 《いたずら師》の家の重厚なドアを開けて部屋の中へと入って行った《傍観者》は、
「ここも留守か・・・」
と辺りを見回しながら溜息をついた。
 やがて部屋の中に散乱している色々なモノを右に左に避けながら中央に置いてある大きなダイヤの前まで来た《傍観者》は、うっとりとした眼差しでそれを眺め始めた。
 夢見心地でおおよそ十分程大きなダイヤを見詰めていた《傍観者》は、はっと我に返り、
「つぎは《装飾師》の家だ」
と自分に言い聞かせるように言うと、次の瞬間にはもう移動を始めていた。

 《装飾師》の家の普通のドアを開けて部屋の中へと入って行った《傍観者》は、
「やっぱり誰もいないか、最初からそんな気がしていたけどね」
と、嘯いた。

 一抹の寂しさを覚えた《傍観者》は
「そうだ、森へ行ってみよう」
とわざと元気よく声に出して呟いた。





 長い尻尾をピンと立てて森へと歩いて行った《傍観者》は、眼の端にふわふわと浮かぶ妙なモノを認め脚を止めた。
「アメくれよ~」
「?」
「わしはここ彼の地の番人じゃ」
「番人?」
「そうじゃ、アメをくれたら良いものをやるぞよ」
 言われた通りに《傍観者》が持っていたアメをあげると、彼の地の番人は美味しそうになめ始めた。
「アメをくれた代わりに、これをやるぞよ」
 どこからか取り出した小さな帽子を《傍観者》に渡し、番人は続けてこう言った。
「アメをくれたらこれからも良いものをやるぞよ。ただし、一日一回だけぞよ」
「そんなにっぱいアメ持ってないよ」
 《傍観者》が答えると番人は良いことを教えてくれた。
「人がいっぱいいる処へ行くぞよ。そして相手からグッパグされるとアメが増えるのじゃ。こちらからグッパグすると相手のアメが増えるのじゃ」
 グッパグの仕方を教えてくれた番人に
「ありがとう、番人さん」
とお礼を言い、《傍観者》はその場を後にした。

 やがて公園へ行き当たった《傍観者》は、そこにいる人々にグッパグされたり、したりしていたが、隅にいた一匹の小さなネコに気付くと傍に近付いて行った。
「ネコ大好き~❤かわいいなぁ」
 自分の姿も顧みず《傍観者》が目の前の小さなネコをなでなでしてると、
「それ、トラだよ」
と声がした。

 


「えっ!」
 驚いた《傍観者》が辺りを見回すと、傍のベンチに座っていた女の子と眼が遭った。
 恥ずかしさのあまり、真っ赤になった《傍観者》の顔になぜか気付かず女の子が続けた。
「まあ、トラもネコの一種みたいなものだからいいか」
「この子、君が飼っているの?」
「そうだよ、カジノで買ったの」
「へぇー、いいなー」
「結構高かったんだ、餌代もかかるし」
 そう言って女の子が教えてくれた金額は《傍観者》の眼の球が飛び出るほど高かった。
「とても無理だなぁ」
「北海道へ行けば、ネコとかイヌも売ってるよ」
 だが、女の子が教えてくれた金額にはまだまだ手が届かなかったので
「当分買えそうもないや、いろいろ教えてくれてありがとう」
と言いながら、《傍観者》は小さなトラの頭をなでなでしながら自分の家へと向かった。

 小さな橋の下の小さな箱の中へと戻って来た《傍観者》は、小さな体を丸めて長い尻尾を巻き付けながら、
(いいなー、ネコ飼いたいなぁ)
と思いながら夢の世界へと旅立って行った。
 もちろん今夜の夢は、小さなネコを連れて公園を散歩している満足そうな《傍観者》の姿だったが、その姿はどっちがどっちを連れているのか見分けが付かなかった。

2011年4月2日土曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅱ章 みんなの家と傍観者の小さな箱

 《傍観者》が目覚めると、そこは小さな橋の下の見覚えのある小さな箱の中だった。
 たっぷりと日が暮れた暗闇の中で《傍観者》が伸びをしようとしたとき、計っていたかのように現れた《知識師》がこう言った。
「今日は僕の家に連れてってあげるよ」
「俺様の城に先に連れて行こうと思ってたのに」
 僅差で現れた《いたずら師》が黒い羽をバタつかせながら喚いたが、《知識師》の
「先に僕の家に行って、その後、《いたずら師》の家に行けばいいよ」という言葉に、しぶしぶ矛先を収めた。

 


 



 悠々と空を飛んでいく二人に遅れまじと、長い尻尾を振りながら一生懸命走り続けた《傍観者》は、《知識師》の家に入ると思わず、
「うわぁ」
と声をあげた。
 そこは毛脚の長い絨毯が敷き詰められたとても広いお屋敷だった。
 赤々と炎を揺らす暖炉に、天蓋付きのベット、高級そうなピアノに猫脚のバスタブまである。
 前脚で絨毯のふかふかの感触を味わっていた《傍観者》に
「その内、和風の家にしてみるつもりなんだ」
と《知識師》が言う。
 《知識師》の家で我が物顔でドタバタと走り回っていた《いたずら師》が
「今度は俺様の城へ来るのだ。俺様の城はもっともっと金が掛かっているぞ」
と横槍を入れた。

 黒い羽をバサバサと揺らしながら空を飛んでいく《いたずら師》と、茶色い羽をパタパタさせながら飛んでいく《知識師》を追いかけて、またまた《傍観者》はひたすら草原を駆けていった。
 家の前で待っていた二人にやっと追い付いた《傍観者》に
「さあ、俺様の城をとくと堪能するがよい」
と《いたずら師》が叫ぶ。
 恐る恐る家の中に入った《傍観者》は、思わず、
「なに、これ?」
と声をあげた。
 そこは《知識師》の家と負けず劣らずとても広いお屋敷だったが、部屋中にカラフルな四角い置き物が無秩序に置かれ、やたら椅子ばかりが多い部屋だった。
 よく見るとそれらの間にとても大きな宝石が無造作に転がっており、部屋の真ん中にはひと際大きなダイヤモンドが鎮座ましましていた。
 「そのダイヤはとても高くて、まさに俺様にぴったりの代物だな」
と嘯く《いたずら師》の声は《傍観者》の耳には届いていなかった。
 なぜならその時《傍観者》は、一抱えもあるギラギラと輝くダイヤモンドと、同じように眼をギラギラとさせながら、にらめっこの真っ最中だったからである。

 いつまでも眼をギラつかせている《傍観者》に痺れを切らしたのか、
「さあ、次は《装飾師》の家に行こうよ」
と《知識師》が言った。

(また、走るのか)と思いながら2人の影をを追い求めて駆け続けていた《傍観者》は、彼らがある家へ向かって高度を下げ始めたのを眼にしてほっとした。



                        


「ようこそ僕の家へ、《装飾師》です。よろしくね」
 三人を出迎えてくれた《装飾師》の姿を見て、《傍観者》は声にならない声をあげた。
(なんて綺麗な生き物なんだ!)
 黄金色に輝く細身の体に、墨痕鮮やかな縞を持つ《装飾師》は、透き通るような薄い羽をフルフル震わせながら三人を家の中に迎え入れた。
 そこはあまり広くなく家具も少ししかないが、綺麗に片付けられた清潔そうな部屋だった。

「まだ、何もなくて・・・」
「生まれたばかりだもの、しょうがないよ」
「俺様の城が一番立派だな」

「色々揃えたいとは思っているんですが・・・」
「大丈夫だよ、知らない間に集まるもんだから」
「今度はダイヤの城でも建ててやるか」

 三人がそんな会話を交わしている間《傍観者》は、《いたずら師》の家にあったダイヤを自分の寝床に置いた様を想像して悦に入っていた。

「そうだ、良いことを教えてあげるよ」
 《知識師》が手にした厚い本を捲りながら続けた。
「これで三人の家や、今いる処へ好きな時に瞬間的に移動できるようになるし、そこから自分の家にもすぐ移動出来るようになるよ」
「本当に?」
「本当だよ」

 教えられた通りに三人と別れ瞬間的に自分の寝床へ戻ってきた《傍観者》は、
(お金が貯まったら、この小さな箱の中に渇いた干し草をいっぱい敷き詰めるんだ)
と思いながら深い眠りに落ちって言った。

 ピクッピクッと動いていた尖った耳がその動きを止めた頃、《傍観者》は大きなダイヤの夢を視ていた。

 

2011年3月28日月曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

プロローグ

 これは、彼の地での《傍観者》の成長と旅立ちの物語である。
 
 登場人物は主に四人。

 一人目は、《傍観者》。この物語の主人公であるが、生まれたばかりなので彼の地の事を良く知らない。

 二人目は、《いたずら師》。彼は100年前から彼の地で暮らしており、自分の家の庭のようにこの世界を闊歩している。

 三人目は、《知識師》。彼は50年前から彼の地で暮らしており、その名の示す通りに膨大な知識を所有している。

 四人目は、《装飾師》。彼は《傍観者》とほぼ同じ頃に彼の地に生まれ、また、同じ様に彼の地の事を良く知らない。

第Ⅰ章 AP2111年 目覚めの刻

 《傍観者》が目覚めると、そこは小さな橋の下の小さな箱の中だった。
 箱の縁から顔だけ出して周りを見回した《傍観者》は、
「何もない」
と小さくつぶやいた。
 軽く伸びをして、長い尻尾をピンと立てた《傍観者》は箱の外へ出てみたが、冬風にそよぐ柔らかそうな草叢と小さな小川が目に映るばかりだった。
(これからどうしたら良いのだろう・・・)
 生まれたばかりの《傍観者》に分かるはずもなく、仕方なく彼は箱の中に戻り小さな体に長い尻尾を巻き付けて浅い眠りに就いた。
 こうして《傍観者》の彼の地での一日目は終わりを迎えた。

 草叢をせかせかと踏みしめる足音に《傍観者》が目覚めさせられると、そこには《いたずら師》がいた。
「俺様は《いたずら師》だ。彼の地の王様だ」と言いながら《いたずら師》は、黒い羽を羽ばたかせ黒い角を振り回しながら大きな岩でリフティングを始めた。
「僕は《知識師》。彼の地での事を色々教えてあげるよ」
 驚いた《傍観者》が振り向くとそこには、穏やかな顔付きで知的な眼差しをして片手に大きな本を持った《知識師》がいた。

「どこか行きたい所はない?」
と《知識師》が聞いてきたので、
「カジノ!」
と《傍観者》がすかさず答えると、
「では、俺様に付いて来るがよい」
 黒い羽を大きく羽ばたかせ《いたずら師》が空高く飛んで行った。
「僕に付いておいでよ」
 今度は《知識師》が茶色い羽を羽ばたかせ、《傍観者》が付いて来やすいようにゆっくりと空へ飛んで行った。
 《傍観者》は後ろを振り返り小さな箱を1秒だけ見つめ、遅れてなるものかと既に小さくなった《知識師》の影を求めて走り始めた。





 二人の影を見失わないように気を付けながら《傍観者》が煌びやかなネオンが瞬く建物の前に到着すると、こんな声が聞こえてきた。
「俺様がさっき《装飾師》の家に行ったら誰も居なかったぞ」
「まだ生まれたばかりなのに、どこに行ったのかな?」
 
 どうやらもう一人《装飾師》という人が居るらしいが、(今日は会えないみたいだな、まあその内会えるだろう)と《傍観者》が呑気に考えている間にいつの間にか建物の中に入っていた。

「俺様は大金持ちの王様だ」と叫びながら《いたずら師》が黒い角を振り回し大きな岩でリフティングをしながら走り回りだした。
「そこのサングラスのおじさんからストーンを貰ったら、スロットの椅子に座るといいよ」
と《知識師》が教えてくれたので、《傍観者》は早速その通りにしてスロットマシンの椅子に座った。
「左のトランクの中にストーンを入れたらスロットができるよ」
 だがトランクが見つからない。
 まごつく《傍観者》に
「一緒に探してあげるよ」
と《知識師》がやさしく声を掛ける。

 大きな木の後ろに隠れるように置かれたトランクをやっと見つけた《傍観者》は、お礼の念を込めて《知識師》の持っている大きな本を長い尻尾でひと撫でした。

 それから《傍観者》の前を三つ子や四つ子の男の子や、女の子や、サングラスのおじさんや、雪だるまが何人も何人も通り過ぎていった。



           
 「今度はBJ(ブラックジャック)をやろうよ」
 と言った《知識師》の後ろに、黒い羽を大きく羽ばたかせながら《いたずら師》が舞い降りてきて加わった。
 彼等は大金持ちである。黒い羽や茶色い羽をひと振りする度に次々と勝ち進んでいった。
 
 喜々として振る舞う二人を暫く眺めていた眺めていた《傍観者》は、やがて「もう帰らなくちゃ」と独り言ち、長い尻尾をピンと立てながらカジノを後にした。

 小さな橋の下の小さな箱の中に戻った《傍観者》は、小さな体に長い尻尾を巻き付けながら今日あった出来事を反芻しているうちに深い眠りへと落ちていった。