小さな橋の下を一陣の風が通り過ぎると同時に《傍観者》は眼を覚ました。
月の光の下へ出て来た《傍観者》の体は、まるで黒々としたビロードを羽織っている様に光り輝いて見えた。
風上に耳を向け、微かに聞こえる虫の声を楽しんだ《傍観者》は、
(はて?何処へ行こうかな・・・)
と思い悩んだが、以前に一度だけ会った事がある《装飾師》の顔を思い浮かべ、自然と笑顔になった。
(この間は留守だったけど、今日は居るかな?)
もし留守だったら何処へ行こうかな、などと考えながら取りあえず《傍観者》は《装飾師》の家へ向かう事にした。
小ぢんまりとした家に到着し中へ入って行った《傍観者》を《装飾師》が心地よく出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい」
黄色い体に黒い縞の対比が鮮やかな《装飾師》に思わず見とれてしまった《傍観者》は、挨拶を返すのが少し遅れて仕舞うほどだった。
「どうぞ中へ、と言っても椅子とテーブルしかないですけどね」
《装飾師》の言に従い部屋の中へ入った《傍観者》はこう言った。
「この間一度来たんだけど、留守だったよ」
「そうなんですよ。此の地の仕事が忙しくて、なかなか彼の地へ来れなくて・・・」
《傍観者》は《装飾師》が此の地で忙しくしているのを知っているので、さり気なく話題を変えた。
「もうどこかへ出かけた?」
「まだ《いたずら師》と《知識師》の家へ行っただけです」
「そっか。じゃあ一緒に出かけてみようよ」
そう言った《傍観者》も数ヶ所しか行った事がなく、自ずと候補地は限られてしまうのであった。
「カジノは時間がかかるし、そうだ!釣りへ行こうよ」
そして《傍観者》は《知識師》に連れられて行った釣りの顛末を《装飾師》に話して聞かせた。
「なんか面白そうですね」
「うん、面白いよ」
そう言う訳で《傍観者》と《装飾師》は釣りをしに行く事になった。
「ここは何処ですか?」
「日本海だよ」
以前、《傍観者》が《知識師》にした質問と全く同じ質問を《装飾師》が口にした。
「そこの河童みたいなおじさんが釣り竿と餌をくれるよ」
《傍観者》に言われるままに《装飾師》がおじさんに近づいて行くと、
「よーしよし、初めてだな、きゅっきゅっきゅっ」
と言ってしょぼい釣り竿としょぼい餌をくれた。
《傍観者》は《知識師》に教えられた通りに《装飾師》に釣りの手順を教えて挙げ、並んで座り海原へ釣り糸を垂らした。
数回魚に逃げられた《装飾師》だったが、《傍観者》より先に一匹の魚を釣り上げた。
「やるなあ、《装飾師》は!」
「何とか釣れましたね」
嬉しそうな《装飾師》につられ、《傍観者》の顔にも笑顔がこぼれた。
それから《傍観者》と《装飾師》は、魚を釣り上げたり、逃げられたりしながら日本海の風景をたっぷりと楽しんだ。
十分釣りを堪能した後、バケツの中の魚を海へ戻してやり、それから《傍観者》の勧めで《装飾師》は彼の地の番人の処へ行く事にした。
「アメくれよ~」
森の奥からふわふわと漂い出て来た彼の地の番人にアメを二十個渡した《傍観者》は、前のとは違う小さな椅子を受け取り、ご満悦の様子だ。
彼の地の番人は今度は《装飾師》に近づき、こう言った。
「アメくれよ~」
「僕アメを持ってないんです」
残念そうな様子の《装飾師》に彼の地の番人はアメの増やし方を色々と教えてくれた。
「今度来るときはアメを持って来ますね」
森の奥へと帰って行く彼の地の番人の背中に《装飾師》がそう声を掛けた。
《傍観者》と《装飾師》はここで別れる事にして、それぞれの家へと向かった。
小さな橋の下の以前貰った小さな椅子の横に今日貰った小さな椅子を並べ終え、《傍観者》は小さな箱の中で丸くなった。
(此の地での仕事が忙しい《装飾師》と次に会えるのはいつになるかな・・・)
ウトウトしながらそんな事を考えていた《傍観者》の瞳はやがて完全に閉じられ、その黒い姿は周囲の闇と混じり合い見分けが付かなくなっていった。

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