2011年5月31日火曜日

「渋の谷への扉」

第11章 午後の業務は?

 コンビニエンスストアで雑誌を立ち読みする振りをして《知識師》、《装飾師》、それに《傍観者》が表の歩道を眺めていた。
 その前をのんびりした足取りで《いたずら師》が通り過ぎた。
「やっと来ましたね」
 待ち兼ねたかの様に《装飾師》が声を発すると、
「この後五分待つのって、結構長いですよね」
と《知識師》が受け答え、時を数え始めた。
 
 《知識師》達が仕事部屋に上がって行った時には《いたずら師》は何事も無かったかの様に自分の椅子に座っており、丁度青々しい汁を取り出すところだった。
 朝の挨拶を交わし合い、自分の椅子を元の状態に戻し終わった《知識師》が、
「それ美味いの?」
と《いたずら師》に尋ねた。
「美味しいっす」
「健康のために飲んで居るんですか?」
 今度は《装飾師》が尋ねた。
「仕事に拍車を掛けるためです」
と答えた《いたずら師》は、《知識師》が横を向いている間にその椅子の背を掴み、がたがたと揺らし始めた。
「やめーぃ」
 《知識師》が抗議と諦念を半々に込めた言葉を発したと同時に、部屋の中に一陣の風が巻き上がり社長が入って来た。






「これ、ボクの田舎から送って来たの。美味しいからミンナで食べてよ」
 皿に乗せられたイチゴを《装飾師》の机の上にそっと置いた社長に皆心から謝辞を述べた。
「いつもすいません」
「美味しそうですね、頂きます」
 満足感に満ち満ちた表情を浮かべた社長は、くるっくるっと回り体の周辺に気流の渦を作りながら部屋を出て行った。

 期せずしてこの時、《装飾師》と《傍観者》は心の中で全く同じ事を思っていた。
(この間と同じ質問を《いたずら師》がしそうですね)
(この間と同じ質問を《いたずら師》がするな)
 この予想は粉う事無き的中し、《いたずら師》は問題の言葉を《知識師》に投げ掛けた。
「・・・・・・今の誰です?」
「だ・か・ら・・・社長だっつうの」
 《いたずら師》の言動に振り回されるのは《知識師》の習性、否、慣例、いやいや特権で有るとまで言い切れるかもしれない。
 こうしたやり取りをも吸収して知識の一端に加えて行って欲しいという願いを込めて、《傍観者》は《知識師》の顔を仰ぎ見た。
(はて?《知識師》はいつからこんな役回りになったんだろう?)
 ふと、《傍観者》は疑問に思い考え込んだ。
(三か月前?四か月前かな?)
 遥か昔、一世紀も時を遡った時点にその端緒が有るとは思いも依らない《傍観者》であった。

 今日は念願の帆立御飯仕様の特製ネコまんまを手に入れご機嫌な《傍観者》を先頭に、一同は各々好みの弁当をぶら下げて四代目大臣を後にし、会社へと戻った。






 終業時間までの午後の間は何をしているの?と疑問に思う人が居るかもしれないが、いや、そんな重箱の隅をつつく様な人はきっと居ないだろう、居ないと良いな・・・。
 何の事は無い、午後は、ほぼ昼寝の時間である。
 在宅勤務者が労働人口の過半数を超え、就業時間も数時間と言うこの時代に置いて、会社まで足を運び夕方までそこに詰めている《知識師》達は、勤め人の鏡であると言えるであろう。
 だが、午後も働き詰めの状態は世間の風潮が許さず、十数年前から昼寝、つまり自由時間を採り入れた。
 自由時間と言っても業務終了までは会社内に居る事が義務付けられていたが、会社が大好きな彼等にとっては造作も無い事であった。
 《知識師》は底深い知識の奔流に呑み込まれた振りをしながら、うつらうつらしている。
 《装飾師》は半透明のスクリーンを出現させ企画書を練っている振りをしながら、こっくりこっくりしている。
 《傍観者》は傍観する振りをしながら寝ている。午前中との相違点は、両の眸が開いているか閉じているかだけである。
 机に突っ伏して寝ないで、飽く迄仕事をしている振りをしながら睡眠を摂取するのは、彼等の社会人としての矜持がそうさせるのかもしれない。
 《いたずら師》だけは寝ない。その代わりアメンボパグをひたすらやり続けている。言い換えれば、会社に居る間中仕事を遂行して居る事になり、本当に頭が下がる事、この上無い。

 それぞれ有意義に自由時間を消費し、渋の街を包み込む人工太陽の日差しが陰り始め、心地よい疲労感が漂い始めると今日の業務が終了となった。

 次にどの資格を取るか居残って色々と比較検討したいと言う《知識師》を部屋に残し、後の面々は地上へと降りて来た。
 自由時間で十分に英気を養った《装飾師》は、すっきりした顔をしながら次の仕事場へと向かった。
 今日も朝から仕事詰めだった《いたずら師》は、
「早く帰ってアメンボパグの続きをやろう」
と言いながら帰宅の途に着いた。
 そんな二人を見送りながら《傍観者》は、資格の迷宮を彷徨っている《知識師》が居るはずのビルの最上階を見上げ、次いで明朝もお世話になるであろうコンビニエンスストアの店内を眺め、やがて静かに歩きだすと道を行き交う群衆の中に影を潜めて行った。


 

2011年5月29日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅹ章 太古へ

 暗闇の中に金色の双眸がぱっと花開いたかと思うと、静かに覚醒した《傍観者》は尖った耳を持つ黒い頭を擡げた。
 小さな黄色い車体を視界の中に確認し、古代エジプト王朝への冒険を思い起こした《傍観者》はにんまりと笑みを浮かべた。
 小さな箱の中から飛び出し、その愛しい黄色い車体を熱い視線で眺めていた《傍観者》は二重に連なる羽音を聞き咎め、天空に眼を向けた。
 空に浮かぶ黄金色の月輪をバックに黒いシルエットが二つ、相前後しながら《傍観者》の眼の前に舞い降りて来た。

「なんだ、随分みすぼらしいタイムマシンだな」
「とうとう手に入れたんだ、いいなー」
 《いたずら師》はいつもの口調で、《知識師》は素直に感嘆の意を口の端に掲げた。
「あれ?タイムマシンの事、誰から聞いたの?」
「こう言う事は何処からともなく耳に入って来るものなんだよ」
 不思議そうな表情を浮かべた《傍観者》に《知識師》が答えた。
「俺様が以前に作らせた豪華絢爛な特注品に比べれば・・・」
 《いたずら師》は頭の上に何かもやもやした物を出現させ、黄色い車体の周りをどたどたと走り始めた。

「《知識師》に貸してあげるよ」
 聞けば、《知識師》はタイムマシンを持っていない、と言うので《傍観者》がそう提案したが、これには残念そうな響きを伴った言葉が返って来た。
「タイムマシンは持ち主しか乗れないんだ・・・」
 幾分肩を落とし気味の《知識師》ともやもやした物を浮かべたままの《いたずら師》は、黄色い車体の上空で何回か旋回すると、あっという間に天空高く舞い上がりその姿を消した。

「さて、今度はどの時代へ行こうかな」
 タイムマシンに乗り込んだ《傍観者》は束の間逡巡し、石器時代に目盛りを合わせると始動スイッチを押した。





 瞬きを一回するかしないかの短い時間の後に石器時代へと到着した《傍観者》は、近くに村落を見付けそちらへと歩いて行った。
 岩山の裾野付近に位置するその村落には大勢の時間旅行者が垣間見られ、集団の中心には石器時代の人々のの姿が散見された。
 何の動物の物か、皮の腰巻だけを纏った少年に近付いて行くと、石槍や石斧、石で出来たテーブルなどを売っていた。
 一際人々が群れている輪の中心には、トリケラトプスの頭骨の頭飾りを被り動物の骨で作られた装飾品を体中に纏った、如何にも族長然とした男が奇妙な踊りを舞っていた。
「あの噴火の舞を何人かで踊ると何かが起こるんだって」
 風に乗って流れて来たそんな言葉を耳にしたのか、見様見真似で噴火の舞を踊る人々が出て来た。
 やがて地面が細かく揺れ出し、遠景に雄大に聳え立つ山が真っ赤な火柱を高々と噴出した。
(流石、噴火の舞だな)
 お祭り騒ぎの只中、地面と一緒に揺られながら《傍観者》は頭の中で呑気に感想を述べていたが、そうして居られるのも今だけであった。
 噴火の舞を踊る人の数が更に増えると、先程の噴火の時とは違う振動が地面を伝わって来た。
 ずしんっ、ずしんっ・・・。ずしんっ、ずしんっ・・・。
 大地を揺るがす足音を響かせながら生い茂る樹木を掻き分けて現れたのはティラノザウルスみたいな大型の恐竜だった。







「出たーっ!」
「恐竜だー!」
 逃げ惑う人、勇敢にも恐竜に立ち向かおうとする人、為す術も無く地面の上下動に翻弄されたまま立ち尽くす人、辺りは阿鼻叫喚の世界へとその姿を変えた。
 《傍観者》は恐竜が向かう先とは少しずれた場所に居たので、激震する地面に必死にしがみ付きながらその小山の様な姿態を心行くまで眺める事が出来た。
(うわー、大きいな!頭の上に乗ったら見晴らし良さそう)
 ずしんっ、ずしんっ、と歩を進めた恐竜は、村落の中心で一旦立ち止まると、
「ぎゃおーーーっ」
と耳を劈く様な叫び声を発し、地上に張り付く小さな人間達には一切関心を示さず太古の樹木の奥へと帰って行った。
(ふぅー)
 短い吐息を漏らした《傍観者》同様に、落ち着きを取り戻した人々が三々五々村落の中心付近に集まって来た。
「石器時代はこうでなくっちゃね」
 誰に聞かせるでも無くそう呟いた《傍観者》は、現代に帰るべく太古の時代に別れを告げる事にした。

 小さな橋の下に戻って来た《傍観者》は、タイムマシンのお礼も兼ねて彼の地の番人を尋ねる事にした。

「アメくれよ~」
 彼の地の番人にアメを渡しながら《傍観者》は古代エジプト王朝や石器時代への時間旅行の話をした。
「凄く楽しかったんだよ、番人さん、ありがとう」
「それは良かったぞよ、今日のはもっと良い物ぞよ」
 そう言った彼の地の番人が取り出したのは小さな椅子だった。
「・・・普通の椅子だよね?」
「そうぞよ、普通の普通の椅子ぞよ」
 《傍観者》に発言する隙を与えずに彼の地の番人は、森の奥へとふわふわと引き返して行った。

 小さな箱の横に持ち帰った来た小さな椅子を並べた《傍観者》は、石器時代で遭遇した巨大な恐竜を回想しながら丸めた体に長い尻尾を巻き付けた。
 夢と現の狭間で《傍観者》は恐竜の頭の上に乗っかり、その見事なまでの眺望を楽しんだ。
 実際にそんな状況になったら振動が激しくてしがみ付くだけで精一杯だと思うが、夢想の世界ではそんな事は無く、《傍観者》は安穏な空中散歩を十全に堪能せしめた事であろう。
 

2011年5月24日火曜日

「渋の谷への扉」

第10章 部長の英断

 今日もやるぞー(いたずらを)と意気揚々と会社へ朝一番にやって来た《いたずら師》は、自分の椅子以外の三脚の椅子に狙いを定め、その手を伸ばした。
 流れるような華麗な手付きで次々と椅子の高さを限界まで上げて行った《いたずら師》は、最後に見えない観客に向かって一礼をして自身の席に深々と腰を落とした。
 
 《いたずら師》がこの部屋に顔を出してから、何故かきっかり五分後に折り重なる様に入室して来た《知識師》達は、朝の挨拶もそこそこに以下の発言をした。
「やられたー」
 この前と同じ台詞だ、《知識師》よ。
「やられましたね」
 だから同じ台詞だってば、《装飾師》よ。
「油断も隙も無いったら無いな」
 日本語がおかしいぞ、《傍観者》よ。
 だが、そんな不自然な台詞には一切気付かず《いたずら師》は充足感を顔一杯に噴出させ、にこにこしていた。

「皆さん、お早う御座います」
 柔らかな物腰にクールさを加味したシャープな眼鏡を掛けた部長が部屋に入って来て、二の句を告げた。
「今日から、就業中のアメンボパグの使用を許可します。但し・・・」
 シャープな眼鏡がきらりと光り、周りの温度が急激に下がった。
「《いたずら師》だけです。他の人は許可しませんからその積りでいて下さい」
「分かりました」
 《いたずら師》が鯱張って答えた。
 然しもの《いたずら師》も部長にだけは頭が上がらない。
「これはアメンボパグが《いたずら師》の職務に大変有効で有ると判断した私だけの独断なので、決して社長には見付からない様にして下さい」
「はい、気を付けます」
 殊勝に頷く《いたずら師》を一瞥し、部長は颯爽と部屋を後にした。




アメンボパグ・・・
こんなんじゃない様な・・・


「まさか、こんな事になるなんて・・・」
「やりましたね、《いたずら師》」
「これでますます仕事の手腕に磨きがかかるな」
 驚愕や賛辞の言葉に、はにかんだ《いたずら師》は照れ隠しに真面目な表情を取り繕っていたが、つい口元がにやついてしまうのを《傍観者》だけは目敏く見逃さなかった。

 やがて、《知識師》が眼の前に半透明のスクリーンを出現させ、深遠な知識の大海原へと旅立って行った。
 《装飾師》は新型パワースーツの軽量化に伴いフォルムに手を入れるべく、頭を悩ませ始めた。
 《いたずら師》は威風堂々とアメンボパグを起動させると「彼の地」へと我が身を投じて行った。
 《傍観者》はそんな3人の様子を何気無い振りをして傍観し始めた。
 つまり、外見上は今までと何等変わる事無く、静かに刻が刻まれて行った。

「ごめんなさい、今日は帆立御飯切らしちゃってるのよ」
 皆とお昼御飯を買いに来た《傍観者》に四代目大臣の四代目女将が無情にも言い放った。
「そっ、そんな!」
 消え入りそうな声をやっと絞り出し、ショックのため血の気が引いた顔を晒した《傍観者》だったが、そこに居る者は誰もその変貌に気がつかなかった。
「明日はちゃんと用意して置くからね」
「はーい」
 《いたずら師》達は元気に返事をするとおかずを選びだした。
 皆とは正反対に意気消沈した《傍観者》は、いつもはピンと伸びた長い尻尾の先端が地面に着くかと言う程に、残念感を露わにしていた。





 特製ネコまんま(普通の白いご飯)を手にした《傍観者》は会社までの道のりがいつもの何倍にも感じられ、事実、他の3人よりも遅れがちだった。
 会社へ戻り自分の席に着いてからも食が進まないのか、一口食べては休み、二口食べては休みしていた《傍観者》が食べ終わったのは、一番最後であった。
 だが、大抵の場合、《傍観者》が食べ終わるのは一番最後なので、これは見慣れた風景の一つだと言えよう。

 窓から差し込む半球型のドーム越しの人工太陽の日差しが四人の横顔を優しく照らし始めると、今日の業務が終了となった。
 
「さあ、帰りましょう」
 本日絶好調の《いたずら師》が勢い良く立ち上がり、《知識師》と《装飾師》もそれに続けとばかりに腰を上げたが、《傍観者》だけは意気が揚がらないのか、のたのたと帰り支度を始めた。

「お疲れっす❤」
「お疲れ様でーす、また明日」
「お疲れ様です」
 地上へ降りて来た一行は元気に挨拶を交わし合いながら、蜘蛛の子を散らす様にあちらへこちらへと去って行ってしまった。
 《傍観者》は気分を入れ替えるために果敢にも「ヒゲ付け替えトリプルアクセル」に挑戦し、それに成功すると胸を張って歩き出した。
 
 ただ、いくら元気が出た振りをしても《傍観者》は頭の中では(帆立御飯、帆立御飯・・・)と連呼しており、歩道橋に昇る時についうっかり「どっこいしょ」と言ってしまったため、それ以降文言が(どっこいしょ、どっこいしょ・・・)と変わっていた事には終ぞ気が付かなかった。

2011年5月22日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅸ章 時空を走るモノ

 薄ぼんやりとした月明かりの下、藍色の陰影に包まれた小さな橋の下で目覚めた《傍観者》は、両前脚から尖った爪を目一杯突出させて伸びをした。
 何処へ行けば良いのか一頻り思い悩んだ末に《傍観者》は、彼の地の番人に聞きに行く事にした。

 森の奥へと分け入って行くとふわふわと優雅に漂いながら彼の地の番人が現れたので、《傍観者》は悩み事を尋ねてみた。
「何処へ行けば良いのか分からないんだけど、如何したら良いかな?」
「その前にアメくれよ~」
 《傍観者》がアメを二十個渡すと彼の地の番人は美味しそうにそれを舐めながらこう言った。
「分からなかったら何処かへ行けば良いぞよ」
「それが答え?アメ損しちゃったかな」
「今のは単なる助言ぞよ。貰ったアメの分は他にあるぞよ」
 彼の地の番人はそう言うと小さな小さな自動車を取り出した。





「うわぁー、車くれるの?」
「車じゃなくてタイムマシンぞよ、出血大サービスぞよ」
「タイムマシン?」
「そうぞよ、地面は走れないが代わりに時空を走れるぞよ」
「・・・デロリアン?」
「・・・何の事かさっぱり分からないぞよ~」
 急に小声になった彼の地の番人の事など気にも留めないで《傍観者》は、小さな小さなタイムマシンの周りを嬉しそうにくるくると走り回った。

「ありがとう、番人さん。早速乗って帰るね」
「地面は走れないと言ったぞよ」
「じゃあどうやって持って帰れば良いの?」
「出血大サービスで家まで届けてやるぞよ」
「さっきから出血出血って何処か怪我してるの?」
「・・・・・・」

 ちぐはぐな会話を交わした後、彼の地の番人に別れを告げ《傍観者》が家に帰って来ると、既に小さな橋の下にタイムマシンが届けられていた。
(流石、彼の地の番人だね)
 ますます嬉しくなった《傍観者》はすぐに出掛けたくなり、いそいそとタイムマシンに乗り込んでみた。
「先ずは・・・古代エジプトへ行ってみようっと」
 《傍観者》が目盛りを古代エジプトに合わせ始動スイッチを押すと窓の外が一瞬暗闇に包まれ、次の瞬間にはもう目的地へと到着していた。

「もう着いた、早いなぁ」
 眼の前に聳え立つ石造りの豪壮な宮殿をたっぷりと眺めた後、《傍観者》は中へと入って行った。
 女王の間まで辿り着いた《傍観者》は、
(旅行者だらけだ)
と驚きを露わにし、その只中に自らも混じり合って行った。
 どっしりとした柱や壁、高々とした天井に囲まれたその部屋の上座には、様々な宝石が鏤められた玉座に悠然と座る女王と、大きな羽団扇をゆらゆらと揺らす侍女達の姿が見受けられた。
 エジプト王族のかつらを被り、コブラの頭飾りを着け艶然と微笑む女王の高貴な座位に《傍観者》は少し気後れをし、遠くから眺めるだけに留めて置いた。
 
 部屋の隅に宝物庫と書かれた通路を見つけた《傍観者》はわくわくとしながらそちらへ行ってみる事にした。
 薄暗い通路を真直ぐ進んでいくと宝物庫の扉が現れ、そこには『問いが解けない者は入室する事無かれ』と書いてあった。
 良く見ると宝物庫の扉は8パズルになっており、これは3×3のボードの上で8枚の駒を動かして目的の形を完成させる、という代物である。
 何回か失敗した後、漸くパズルを完成させた《傍観者》は宝物庫の中へ脚を踏み入れた瞬間、はっと息を飲み、そして意識が飛んだ。
 そこは黄金で作られた王冠や杖、スカラベを模した置物、あるいは見た事も無い様な大きな宝石達が織り成す光と光の饗宴の間であり、真に《傍観者》にして見たら、眼の毒以外の何物でも無かった。









(流石、古代エジプト王朝の宝物庫だけの事はあるな・・・)
 暫く静かな時が過ぎ、やっと正気を取り戻した《傍観者》はそんな事を思いながら豪壮な宮殿から外へ出て来た。
 すると、古代エジプトの民族衣装を身に付けた女の子が《傍観者》に近付いて来てこう言った。
「神様に捧げる踊りを教えてあげる」
「わーい、ありがとう」
 腰を艶めかしく動かし、首を左右にカクカク動かす異国情緒たっぷりのその舞いを、《傍観者》は程なくして完璧に覚える事が出来た。
 こうして最後に神様に捧げる踊りをマスターした《傍観者》の古代エジプトへの旅路は全行程終了となった。

 タイムマシンに乗り自分の家に戻って来た《傍観者》は、またまたへとへとに疲れていたのでさっさと寝る体制に入った。
 《傍観者》の今夜の夢は、光り輝く宝物庫の中で神様に捧げる踊りを舞い続けるという内容であり、頭の中の踊りに連動して右に左に動く長い尻尾はいつまでもその動きを止める事が無かった。

2011年5月17日火曜日

「渋の谷への扉」

第9章 紫の・・・

 その日、一番に会社へ来たのは勿論《いたずら師》であった。
 その背景には《知識師》達の血と汗と涙の結晶が累々と横たわっているのは言うまでも無い(だいぶ、大げさ)。
 具体的に言うと会社へ早く着きそうな時は、一階にあるコンビニで《いたずら師》がビルへ入るのを待ち、きっかり五分数えてから六十五階へ向かうのである。
 この様に皆の弛まない努力の果てにいたずら、つまり朝一番の仕事が支えられているとは露程も知らない《いたずら師》であったが、この事は極秘事項として闇に葬られ彼がその事実を知る事は生涯無いであろう。

 《知識師》達が連れ立つようにして部屋へ入って行くと、案の定自分たちの椅子に《いたずら師》の丁寧な仕事が為されているのが見て取れた。
「やられたー」
「やられましたね」
「全く油断も隙も無いな」 
 不自然に聞こえない様に気を付けて発言しながら、三人は各自椅子を元の状態に戻し着席した。

「これ、ボクの田舎から送って来たの、ミンナで食べてよ」
 気が付くといつの間にか社長が部屋の中に入って来ており、《装飾師》の机の上に切り分けられたリンゴの入った籠をそっと置いた。
「有難う御座います」
「頂きます」
 満足そうな表情を浮かべた社長は旋風の様にくるくると回りながら軽い足取りで部屋を出て行った。





「・・・・・・今の誰です?」
「社長だよ!」
 《いたずら師》の素っ頓狂な質問に、普段温厚な《知識師》が声を張り上げた。
「そう言えば、前に一度見た事が有る様な、・・・無い様な・・・」
 これには《装飾師》も驚いたらしく、
「社長の顔を憶えて無いんですか?」
と言外に非難の意を込めて言った。
 《傍観者》だけは何も言わず、(たぶん、次に社長が顔を出した時も、今の誰?って聞くな)と心中密かに思い、にやにやしていた。

「ところで社長はこの上に住んで居るって言う噂、聞いたことありますか?」
「えっ?この上には役員専用の秘密倶楽部があるんじゃ・・・」
 突然投げ掛けられた《知識師》の問いに《装飾師》が自信なさげに言い淀む。
 普段《知識師》や《装飾師》達が居るこの部屋は最上階であり、エレベーターの階数表示も65までしか無い。
 しかし、エレベーターホールの横には小さなドアが付いており、それを開けると狭い階段が頭上へと伸びていた。
「ただ屋上があるだけじゃないっすか」
 のほほんと答えた《いたずら師》に、《知識師》がきっぱりとこう返した。
「いや、違うと思うな。曾爺さんに聞いても頑として口を割らないし。きっと何らかの重要な秘密事項があるのかも・・・」
「ちょっと見に行きましょうか」
 《装飾師》の提案に皆飛び付いた。

 エレベーターホールの横の小さなドアを開けて雁首揃えて階段を見上げてみた。
「・・・なんか急に足が動かなくなったような気が・・・」
「そうですね、独特の雰囲気が有りますね」
 誰も足を踏み出そうとしない階段には見えない結界が張られている様で、結局四人はすごすごと部屋へ引き返した。
 その後、午前中の仕事の合間を縫って色々な疑問が投げ掛けられたが、満足な回答が出されぬまま立ち消えて行った。
 曰く、「社長と1階のコンビニの店長がそっくりなのは何故か?」
 曰く、「社長がボクと言うと何故カタカナのボクに聞こえるのか?」
 曰く、「六十五階にある自転車は誰の物なのか?」

 お昼になり四代目大臣でそれぞれ定番のお弁当を買って会社へ戻ると、各自の机の上に見慣れないお菓子がちょこなんと置いてあった。






「誰だろう?」
「部長ですかね」
 だが部長に聞いてみると「私じゃありませんよ」という言葉が返って来た。
 その時である。
 やおら立ち上がった《傍観者》が辺りを見回しながら、こう叫んだ。
「紫のバラのひと!」
「?」
「誰ですか?それは」
 周りの声が耳に入って来ないのか、《傍観者》は虚ろな眼差しのまま立ち尽くしたままであった。
「《傍観者》って時々訳の分からない事を言いますよね」
「そう言えばそうですね」
 そんな言葉も《傍観者》の頭の中を素通りして風となって消えて行った。

 渋の谷に立ち並ぶ高層ビルや地上を歩く人々の影が長く伸び始めた頃、今日の業務が終了となった。
 《知識師》にとっては次に何の資格を取るか混迷の時期であり、今日も居残りはしないで家に帰る事にした模様である。
「お疲れっす」
「お疲れ様です」
 まだ少しぼんやりしていた《傍観者》は、挨拶を返すのも忘れて立ち尽くしていたが、誰も居なくなったのに気付くと、とぼとぼと歩き出した。
 頭の中に紫のバラの花束が浮かんでは消え、消えては浮かんでいた《傍観者》が忘れずにヒゲを付け替えたかどうかは、ここでは敢えて触れない事にしよう。 

2011年5月15日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅷ章 ねずみだらけ

 小さな川のさらさらと流れる音の他は、何処からか聞こえる微かな虫の声しか聞こえない。
 そんないつもと同じ周りの音色に囲まれ《傍観者》は眼を覚ますと、その黒い体を丸めたまま考え事を始めた。
(色々な処へ出掛けろ、か・・・)
 小さな欠伸を一つ。
(でも、何処へ行けば良いのかな)
 小さな伸びを一つ。
(困った時は・・・)
 小さな箱から外へ出て来た《傍観者》は、
「《知識師》だ!」
と最後だけ声にしてその口から発した。

 立派なドアを開けて中へ入って行った《傍観者》を、頭の上に手拭いを乗っけた《知識師》が出迎えた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは、お風呂に入っていたの?」
「いや、こうすると落ち着いて思索出来るんだ」
 ふーん、と言いながら《傍観者》は《いたずら師》に言われた事を《知識師》に話して聞かせ、
「何処へ行ったら良いかな」
と尋ねた。
「そうだな・・・」
 分厚く古めかしい装丁の1冊の本を取り出し頁を捲りながら考え込んでいた《知識師》は、やおら《傍観者》の尖った耳に眼を止めた。
 そして次に長く伸びた尻尾に視線を移すと、
「ネズミータウンはどうかな?」
と、ぼそっと言った。
「ネズミタウン?」
 《傍観者》の眼がギラッと輝きを放った。
「ネズミータウンだよ。本物のネズミは居ないけど黒くて丸いネズミの耳を付けた人がたくさん居るよ」
 本物のネズミは居ないと聞いて少しがっかりした《傍観者》だったが、ネズミの格好をした人々というのを見てみたいと思い直し、
「じゃあ、そこへ行ってみようかな」
と答えたが、ふと見やると《知識師》の両瞼は半分以上閉じられていたので、
「一人で行って来るね」
とそっと呟いた。
 すやすやと寝付いてしまった《知識師》を残し、《傍観者》はネズミータウンへと進路を定めた。





 良く手入れされた草原の真ん中にネズミータウンと掲げられたゲートが見えて来ると、《傍観者》は知らず小走りになっていた。
 息せき切ってゲートの下を潜り抜けるとそこには黒くて丸いネズミの耳を付けた人々、特に女の子が多く見受けられた。
「うわー、《知識師》の言った通りだ」
 ネズミの耳を付けた女の子たちは談笑していたり、ちょこまかと走り回ったりとても楽しそうだった。
 ふらふらと熱に浮かされた様に歩を進めた《傍観者》は、
「あっ、こんな処にも!」
と小さく叫んだ。
 広場の中央にある噴水の縁がネズミの形に模して造られていた。
「あっちにも、こっちにも」
 さらに道に描かれている模様や、マンホールの蓋、芝生の形状やベンチの形、はたまた煙突から立ち昇る煙までネズミの姿を象っていた。
 きょろきょろと右に左に顔を巡らしていた《傍観者》は隅っこの小さなお店を見付けると傍まで行ってみた。
(なるほど、此処でネズミの耳を売ってるんだ)
 《傍観者》ほ自分の三角に尖った耳を気に行っているので、勿論ネズミの耳は買わなかった。

 それにしてもこう周り中ネズミだらけだと、むずむずする爪の先を必死に抑えながら《傍観者》は自分に言い聞かせた。
(あれは人間、これも人間、それはマンホールの蓋・・・)
 終いには少し混乱を来していたかもしれない。
(ネズミが一匹、ネズミが二匹・・・違う、良く見たら煙突の煙だし・・・)
 ややもすればそれらに飛び掛かりたい衝動を懸命に抑え込んでいた《傍観者》は疲労困憊の極致に達しようとしていた。






「もうだめだ~」
 逃げる様にネズミータウンを後にした《傍観者》は彼の地の番人の処へ寄ってから自分の寝床へ戻る事にした。

「アメくれよ~」
 のたのたと《傍観者》がアメを渡すと彼の地の番人は、
「何か疲れているみたいぞよ、よし、これをやるぞよ」
と言って、またまた小さな椅子を取り出した。
「また椅子なの?」
「疲れているときは椅子に座って休むと良いぞよ」
「でも家に沢山あるよ」
「ちりも積もれば山となるぞよ」
「そんなに要らないし・・・」
 《傍観者》の最後の言葉を聞き流し、彼の地の番人は森の奥へふわふわと帰って行ってしまった。

 くたくたになって寝床へ戻って来た《傍観者》は周り中椅子だらけの状態を見回し、一つ溜息を付いた。
 小さな体を丸めた《傍観者》の今夜の夢は、ぐるりと辺り一面をネズミに取り囲まれており、何回前脚を伸ばしても捕まえられない、というものだった。
 結局一匹も捕まえられないまま、《傍観者》の意識は混沌の世界へと旅立って行った。

2011年5月10日火曜日

「渋の谷への扉」

第8章 三杯のワイン

 ここ最近いたずら、つまり朝一番の仕事が思う様に出来なくて鬱憤が溜まっていた《いたずら師》は、今日こそはという強固な意志とともに会社へ足を踏み入れた。
 誰もいない部屋を見回して顔面にはち切れそうな笑みを浮かべた《いたずら師》は、まず《知識師》の椅子に手を伸ばした。
 丁寧な手付きで椅子の高さを一番上まで上げ、《装飾師》と《傍観者》の椅子へも同じ様に仕事を施した《いたずら師》は、その出来具合に満足したのか一つ大きく頷いた。

 《装飾師》と《傍観者》と連れ立って部屋に入って来た《知識師》は、一人ほくそ笑む《いたずら師》の顔を見た瞬間に(あっ、やられたな)と思い、口ではこう言った。
「もっと早く来ようかな」
 その言葉を聞いた途端に曇り出した《いたずら師》の表情にいち早く気付いた《装飾師》が、
「やはり《いたずら師》が最初に会社へ来た方が良いんじゃないですか?」
と穏やかに発言し、《傍観者》も、
「そうそう、その方が良いよ」
と続けた。
「そっか・・・」
 納得した様子の《知識師》に安心したのか、《いたずら師》に笑顔が戻って来た。
 そんな《いたずら師》を眺め3人は(これからは《いたずら師》より早く会社へ着かない様に気を付けなくちゃ)と心に固く誓ったのであった。



                                     

《いたずら師》より
先に着いちゃダメってね

 《知識師》達のそんな心中を知ってか知らずか、《いたずら師》は自分の顔の前に半透明のスクリーンを出現させ、アメンボパグを始めようとしていた。

 アメンボパグとは何ぞや?
 アメンボパグとは株式会社サイバーエージェントルマンが運営するWebサイト上のサービスである。
 仮想空間で自由にチャットなどが出来るこのサイトに《いたずら師》と《知識師》は以前から参加しており、《装飾師》と《傍観者》もつい先日これに加わる様になった。
 この仮想空間、人呼んで「彼の地」の事は、また別の機会にでも語るとし、今は渋の谷の街「此の地」での出来事に戻るとしよう。

「部長に見つからない様にしなよ、ばればれだけど」
 《知識師》の忠告に《いたずら師》がおざなりな返事を返した。
「うぃーすっ」
 
「今日は、ぱっとサイゼリヤに行きましょう」
 午前中アメンボパグを堪能し、元気いっぱいの《いたずら師》の提案に、
「ぱっとサイゼリヤか・・・、たまには良いか」
と《知識師》が賛同し、皆でそこへ食事に行く事になった。

 《知識師》はイカの墨入りスパゲッティを、《装飾師》は森のきのこのスパゲッティを、《いたずら師》はバルマ風スパゲッティの大盛を、《傍観者》はネコまんまスパゲッティを選んだ。
 ふと《傍観者》が気が付くと、三人ともワインまで注文していた。
(大丈夫かな・・・)
 《傍観者》の心配が的中したのか、まず何でも飲める筈の《いたずら師》が《知識師》にこう言った。
「もう飲めないっす。飲んで下さい」
 それを見た《装飾師》も、
「僕ももう飲めないですね、後は《知識師》に任せます」
と続けた。
 かくして《知識師》の前にワイングラスが三個並んだ。
「何で三「杯も・・・」
と言いながらも全部飲みほした《知識師》の顔は赤く染まり、忽ち眼つきがトロンとしてきた。

 すっかりほろ酔い気分で会社へ向かう《知識師》の頭の上に、三「人はそれぞれ勝手な音符を想像して楽しんでいた事はここだけの秘密である。
「あれは、ドですね」
「ミじゃないですか?」
「絶対、ラだよ」




 まったりとした(特に《知識師》にとって)時間が経ち、斜めに差し込む人工太陽の日差しが弱まり始めた頃、業務は終了となった。
 
 昼間のワインが効いているのか《知識師》は今日は居残りをしないで帰る事にしたらしい。
 揃って地上へ降りて来た面々だが、まず《知識師》が、
「お疲れ様です」
と別れの挨拶を口にすると、他の三「人はこう返した。
「お疲れっす、あまり飲みすぎない様に」
「お疲れ様です、昼間飲みすぎましたね」
「飲みすぎだな・・・」
 何か言いたそうな《知識師》をその場に残し皆それぞれの方角へと散会した。
 十数歩脚を進めた《傍観者》が振り向くと、以外にしっかりした足取りで小さくなって行く《知識師》の後ろ姿が眼に入った。
(あれなら大丈夫そうだな)
 いつの間に付け替えたのか、前を向いた《傍観者》のヒゲはプライベート用のそれに取り替わっており、昼間食べた熱々のネコまんまスパゲッティで痛めた舌を気にしながらこう思った。
(何で熱々の料理を食べると舌を火傷しちゃうんだろう、不思議だな?)
 恐らく他の者はその理由が分かってると思うが、一人合点がいかない《傍観者》は頸を捻り捻り歩を進め、人混みの中へと欠き消えて行った。

2011年5月8日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅶ章 いたずら師にお呼ばれ

 ひっそりと静まり返った小さな橋の下で目覚めた《傍観者》は、寝床にしている小さな箱から出て来ると傍に置いてある小さな椅子に座った。
 前脚で入念に顔を洗い、ヒゲの先端まで形を整え終わった《傍観者》は椅子を降り、喉の渇きを癒すために小さな川へと向かった。
 水面に顔を近づけて今まさに水を飲もうとした刹那、背後にばさばさと羽音がし《いたずら師》が現れた。
「ご馳走してやるから、俺様の城に来るのだ」
 そう言った《いたずら師》は、橋の上を駆け回ったり、そこから飛び降りたり、一頻りどたばたした後、黒い羽を一振りし頭上高く舞い上がるとその姿を消した。
「全く《いたずら師》はいつも唐突だな」
 やれやれと首を振った《傍観者》は、小さな川から水を二口飲むと《いたずら師》の家へと向かった。





 重厚なドアを開けて部屋の中へ入って行った《傍観者》にお約束のシャンペン・シャワーが浴びせ掛けられた。
「別に何のお祝いでもないんだよね」
「そうだ、良く分かったな?」
と答えた《いたずら師》は、周りを見回しこう続けた。
「部屋の模様替えをしたぞ。どうだ、俺様にぴったりの豪華な意匠だろう」
 なるほど確かに部屋の様子が前と違っていた。
 以前は無秩序に置かれていたカラフルな四角い置き物が、大きな正方形を形作る様に綺麗に並べられ、同じ様に無秩序に床に転がっていた宝石達も飾り棚の上に整然と鎮座ましましていた。
 そして部屋の真ん中にあった大きなダイヤモンドは隅の方に追いやられており、その代わりにそこには、なんと、宝船がでんと置かれていた。

「宝船・・・」
「ほんの特注品だ、有り余っている金の一部を・・・」
 宝船の中に積まれたきらきらと輝く宝の山に目を奪われていた《傍観者》には、《いたずら師》の声は半分しか届いていなかった。
 《傍観者》は何故かきらきらと輝く物に弱く、、特に本物の輝きを放つ代物に出会うと我を忘れてしまうのであった。

 ふと《傍観者》が気が付くと《いたずら師》の独白はまだ続いていた。
「前に特注で作らせたタイムマシンを間違って売ってしまったのだ・・・」
 いつもの自信満々な様子は影を潜め、代わりに悔しさと悲しみが入り混じった表情が《いたずら師》の顔を覆い、その頭上には何かもやもやとしたモノが浮かび上がっていた。

 やがて気を取り直した《いたずら師》は、
「忘れてた!ご馳走するんだったな」
と言いながら、豪華なテーブルの上に活きの良さそうな魚を2匹並べた。
 魚と侮るなかれ、《傍観者》にとって何物にも代えがたいご馳走とは、まさにそれなのであった。
「わーい❤二匹も!」
 一匹は俺様のだ、と《いたずら師》が言う間も与えず《傍観者》は二匹の魚ともぺろりと食いらげてしまった。






「俺様の分が・・・」
 空になった皿を見やり、続いて満腹そうな《傍観者》に視線を向けた《いたずら師》は、
「まあ、良いか。俺様は大金持ちだからな」
と鷹揚な態度を見せた。

「色々な処へ出掛けるのだ、《傍観者》よ。これは彼の地の王様としての俺様の助言だ」
「うん、そうするよ。今日はありがとう」
 長い尻尾をピンと立て一振りしてそれに答えた《傍観者》は《いたずら師》の家を辞去する事にした。

「そうそう、アメをあげに行かなくちゃ」
 森へと入って行った《傍観者》は彼の地の番人より先んじて口を開いた。
「アメくれよ~、でしょ」
「先に言ったらダメぞよ、アメくれよ~」
 アメを貰った彼の地の番人は、またまた前のとは違う小さな椅子を《傍観者》に渡した。
「椅子ばっかしだね」
 森の奥にふわふわと小さくなって行く彼の地の番人に《傍観者》の声が届いていたかどうかは定かではない。

 小さな橋の下の寝床へと戻って来た《傍観者》は今日貰った小さな椅子を並べ終えると、《いたずら師》の家にあった宝船を思い浮かべた。
(あの宝の山に埋もれて昼寝が出来たら、どんな気分だろうな・・・)
 小さな箱の中で丸くなってそんな空想を楽しんでいた《傍観者》だったが、段々とその頭の中の風景は薄れ始め、やがて辺りは静けさに包まれて行った。

2011年5月3日火曜日

「渋の谷への扉」

第7章 花見、かな?

 《いたずら師》が会社へ着くと他の三人はもう既に自分の椅子に着席しており、いたずら、つまり朝一番の仕事が出来なかった。
 少し気落ちした《いたずら師》は、
「おはよーすっ」
と言いながら、しぶしぶ自分の椅子へ座った。
 何処から取り出したのか、青々しい汁を口にし、手持無沙汰に辺りを見回していた《いたずら師》に《知識師》が声を掛けた。
「本当にアクセク取るの?」
「取らないっす」
 平然と答えた《いたずら師》に《装飾師》の驚きの声が被る。
「えっ?取らないんですか、この前取ろうかなって言ってたんじゃ・・・」
「嘘です」
「そうか、取らないのか、ふっふっふっ」
 これは《知識師》である。
 《傍観者》はそんな三人の様子を傍観しながら、
(しかし《いたずら師》は取らないって言って置きながら、こっそり取るっていう習性があるからな)
と思い、さらに、
(じゃあ、取るって言った場合は取らない・・・のかな?)
と模索し、取りあえず頭の中の傍観リストの《いたずら師》の項目に書き留めて置く事にした。






 

取らないときは取る
取る時は取らないってね
  
    

「そうだ、今日花見をしましょう!」
 唐突に《いたずら師》が提案した。
「いいね、行こう行こう」
 《知識師》が阿吽の呼吸ですぐに返した。
「出向先の会社へ今日は行けない旨を連絡しなくちゃ」
 《装飾師》まで大乗り気の塩梅である。

 今では一年中完璧な空調で管理されている渋の谷の街だが、四季折々に連れ多少気温が変化する。
 よって季節に関係なく花見が出来るのだが、やはりこの時期に行う人が多いのが現状である。

 否も応も無く参加させられる事になった《傍観者》を尻目に三人は花見談議に没頭していった。

 本日の業務が終了した後、四人は会社の前の坂道を下り、宮の下公園へ赴いた。
 満開に花開いた桃色の衣装を纏った老木達をちらっと見やった《いたずら師》がこう言った。
「さあ、飲みに行きましょう」
「えっ?花を見るんじゃ・・・」
 訝しげな表情の《傍観者》に他の三人の声が覆い被さる様に降って来た。
「見たでしょ、今」
「見た見た!」
「確かに見ましたね」
 もうお酒の事で頭がいっぱいな三人は《傍観者》を引きずる様にしてさっさとその場を後にした。





 居酒屋ダイニング四代目おだいどころに腰を落ち着けた一行は、《知識師》の次の言葉で乾杯をした。
「さっき部長に飲み放題のクーポンを貰ったから、今日は飲み飲み放~題」
「おお、飲み放題❤」
「部長に感謝ですね」

 《知識師》は無類の焼酎好きである。小豆焼酎とかを進んで試すチャレンジャーでもある。
 《装飾師》はとにかくビール一筋で、ビールさえあれば他は何もいらない。
 《いたずら師》jは何でも飲み、飲み放題という言葉が大好きである。
 《傍観者》はお酒が飲めないので、ホットミルクをちびちびと舐めていた。

 《知識師》の熱の入った蘊蓄に耳を傾けたり、《装飾師》の零したビールの後片付けをしたり、《いたずら師》のもう何度目かになる「三十杯はイケますよ」という言葉に「はいはい、今十七杯目ね」と返したり、一人素面の《傍観者》はてんてこ舞いだった。
 まさにネコの手も借りたい状態だったが、もう既に借りている事に気付かない《傍観者》であった。

「そうだ、余った料理持って帰ろう」
 徐にビニール袋を取り出し料理を詰め込み始めた《いたずら師》に、
「お店の人に見つからない様にしなよ」
と《知識師》が囁き、飲み会は終了となった。

「お疲れでぇ~す」
「お疲れ・・・さま・・・れす」
「三十杯はイケますって」
 皆、自分勝手な挨拶を交わし合い街中へ消えて行った。

 酔っ払い軍団からやっと解放された《傍観者》は、「ふぅー」と一息付き、宮の下公園の方を仰ぎ見た。
(もっと花を見たかったのに・・・)
 ヒゲの先に着いたミルクを前脚で掃除しながら《傍観者》はそう思い、綺麗になったヒゲに満足したのか、やがて何処ともなく闇に紛れて行った。

2011年5月1日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅵ章 装飾師とお出かけ

 小さな橋の下を一陣の風が通り過ぎると同時に《傍観者》は眼を覚ました。
 月の光の下へ出て来た《傍観者》の体は、まるで黒々としたビロードを羽織っている様に光り輝いて見えた。
 風上に耳を向け、微かに聞こえる虫の声を楽しんだ《傍観者》は、
(はて?何処へ行こうかな・・・)
と思い悩んだが、以前に一度だけ会った事がある《装飾師》の顔を思い浮かべ、自然と笑顔になった。
(この間は留守だったけど、今日は居るかな?)
 もし留守だったら何処へ行こうかな、などと考えながら取りあえず《傍観者》は《装飾師》の家へ向かう事にした。

 小ぢんまりとした家に到着し中へ入って行った《傍観者》を《装飾師》が心地よく出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい」
 黄色い体に黒い縞の対比が鮮やかな《装飾師》に思わず見とれてしまった《傍観者》は、挨拶を返すのが少し遅れて仕舞うほどだった。





「どうぞ中へ、と言っても椅子とテーブルしかないですけどね」
 《装飾師》の言に従い部屋の中へ入った《傍観者》はこう言った。
「この間一度来たんだけど、留守だったよ」
「そうなんですよ。此の地の仕事が忙しくて、なかなか彼の地へ来れなくて・・・」
 《傍観者》は《装飾師》が此の地で忙しくしているのを知っているので、さり気なく話題を変えた。
「もうどこかへ出かけた?」
「まだ《いたずら師》と《知識師》の家へ行っただけです」
「そっか。じゃあ一緒に出かけてみようよ」
 そう言った《傍観者》も数ヶ所しか行った事がなく、自ずと候補地は限られてしまうのであった。
「カジノは時間がかかるし、そうだ!釣りへ行こうよ」
 そして《傍観者》は《知識師》に連れられて行った釣りの顛末を《装飾師》に話して聞かせた。
「なんか面白そうですね」
「うん、面白いよ」
 そう言う訳で《傍観者》と《装飾師》は釣りをしに行く事になった。

「ここは何処ですか?」
「日本海だよ」
 以前、《傍観者》が《知識師》にした質問と全く同じ質問を《装飾師》が口にした。
「そこの河童みたいなおじさんが釣り竿と餌をくれるよ」
 《傍観者》に言われるままに《装飾師》がおじさんに近づいて行くと、
「よーしよし、初めてだな、きゅっきゅっきゅっ」
と言ってしょぼい釣り竿としょぼい餌をくれた。





 《傍観者》は《知識師》に教えられた通りに《装飾師》に釣りの手順を教えて挙げ、並んで座り海原へ釣り糸を垂らした。
 数回魚に逃げられた《装飾師》だったが、《傍観者》より先に一匹の魚を釣り上げた。
「やるなあ、《装飾師》は!」
「何とか釣れましたね」
 嬉しそうな《装飾師》につられ、《傍観者》の顔にも笑顔がこぼれた。
 それから《傍観者》と《装飾師》は、魚を釣り上げたり、逃げられたりしながら日本海の風景をたっぷりと楽しんだ。

 十分釣りを堪能した後、バケツの中の魚を海へ戻してやり、それから《傍観者》の勧めで《装飾師》は彼の地の番人の処へ行く事にした。

「アメくれよ~」
 森の奥からふわふわと漂い出て来た彼の地の番人にアメを二十個渡した《傍観者》は、前のとは違う小さな椅子を受け取り、ご満悦の様子だ。
 彼の地の番人は今度は《装飾師》に近づき、こう言った。
「アメくれよ~」
「僕アメを持ってないんです」
 残念そうな様子の《装飾師》に彼の地の番人はアメの増やし方を色々と教えてくれた。
「今度来るときはアメを持って来ますね」
 森の奥へと帰って行く彼の地の番人の背中に《装飾師》がそう声を掛けた。
 《傍観者》と《装飾師》はここで別れる事にして、それぞれの家へと向かった。

 小さな橋の下の以前貰った小さな椅子の横に今日貰った小さな椅子を並べ終え、《傍観者》は小さな箱の中で丸くなった。
(此の地での仕事が忙しい《装飾師》と次に会えるのはいつになるかな・・・)
 ウトウトしながらそんな事を考えていた《傍観者》の瞳はやがて完全に閉じられ、その黒い姿は周囲の闇と混じり合い見分けが付かなくなっていった。