2011年4月26日火曜日

「渋の谷への扉」

第6章 まっくろなもの

 いつもの就業開始時間よりだいぶ早く会社へ着いた《装飾師》は、溜まっている仕事を片付けるために眼の前に企画書を展開し、早速それに執りかかった。
 邪魔する物が誰もいない部屋の中で黙々と企画書の作成に励んでいた《装飾師》の耳に、やがて朝の挨拶が飛び込んできた。
「お早うございます」
「おはよーすっ」
 《知識師》と《いたずら師》の姿を認め、朝の挨拶を返した《装飾師》は、いつの間にか隣りの席に座っていた《傍観者》に気付き、心臓が止まるかと思った。
 《傍観者》は何故か脚音がしないので、知らない間に傍にいる事が良くあるのだった。

「もう仕事してる!」
 驚きを含んだ調子の《いたずら師》の言葉に《知識師》が続けた。
「仕事忙しそうですね。ところで・・・取りましたよ、パワフルポイント」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 無言で見つめ合う《いたずら師》と《知識師》の視線の交差する辺りに激しい火花が散るのを見てしまった《傍観者》は、その勢いに呑み込まれ、知らず知らずの内に背中の毛を逆立てていた。




 《知識師》の背中に激しく羽ばたく茶色い羽を、そして《いたずら師》の背中にも同じ様に激しく羽ばたく黒い羽を《傍観者》は見たような気がしたが、きっとそれは気のせいだろう。

 ふと《傍観者》が気付くと二人はいつもの様子に戻っており、《装飾師》が《知識師》にこう問うた。
「たしか、《知識師》はこの後さらにアクセクかアウトルックルックこんにちはを取るって言ってましたよね?」
「そうなんです。その他にもITパスポートサイズかスーパー簿記も如何しようか考え中です」
「えっ、そんなに!」
「その以外にも、フェレット訓練士や、きき焼酎師の資格も気になってるし・・・」
 声も無い三人を尻目に情熱を込めた《知識師》の独白はまだまだ続くのであった・・・。

 お昼になり四代目大臣でお弁当を買って会社へ戻って来た四人は、電子レンジで二人分づつ温めることにした。
 この電子レンジは、おかず、おかず、ご飯、ご飯と四個積み上げると丁度入る大きさなのであった。
「そう言えば、これも曾爺さんから聞いたんですけど・・・」
 
 《知識師》の曾爺さんは確か百三十歳を超えている筈だが未だ健在で、日々精力的に歩き回っているらしい。
 なんでも今の《知識師》と同じ位の年に此処の会社で働いていた事があるらしく、たまに昔語りで色々な事を教えてくれるそうだ。

「百年位前この電子レンジに、まっくろくろすけが出たそうです」
「まっくろくろすけ?」
「それって、どんなの?」
 《知識師》が発した謎の名前に皆、首を捻った。
「曾爺さんは詳しく教えてくれなかったので、だけど当時は大変な騒ぎになるとこだったらしいですよ」
「黒いのかな?」
「たぶん黒いんじゃ・・・」
 三人の視線が自然と《傍観者》に集まった。
 慌てて首を振った《傍観者》は、
「きっと恐ろしそうな生き物じゃない?」
と言って鉾先をかわした。
「恐ろしいのかな?」
「そうかも」
「黒くて、しかも恐ろしいなんて!」
 四人はそれぞれ恐ろしそうな姿を想像して少し怖くなった。





 天空に浮かぶ太陽の人工の日差しが弱まり始め、業務は平穏無事に終了した。
 
 昼間の話が頭に残っているのか、四人はさっさと帰り支度を始めた。
「お疲れっす」
「お疲れ様です」
 挨拶を交わし合い三人と別れた《傍観者》は、ヒゲを付け替えながらこう思った。
(まっくろくろすけか、黒いなら会ってみたいな)
 他の三人はいざ知らず、《傍観者》だけは、まっくろくろすけに少なからず親近感を覚えていたのだった。

2011年4月24日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅴ章 ネコカイ牧場

 月の光が煌々と差し込み、小さな川のせせらぎを乗せた風が通り抜けて行く橋の下の小さな箱の中で目覚めた《傍観者》は、
「―― っ!」
と、軽く伸びをして箱の外へ出てきた。
 傍に置かれた小さな椅子の存在を確認してほっと一安心した《傍観者》は、月明かりの下へ姿を現し橋の上に上がってみた。
 誰の処へ行こうかと逡巡した後、真ん丸い月を見上げ、すっと細長い虹彩になり、
(最初は、彼の地の番人の処へ行こう)
と結論を下した《傍観者》は、森へと向かうことにした。

 森の中へ入って行った《傍観者》にふわふわと近づいて来た彼の地の番人は、お決まりの挨拶を寄こした。
「アメくれよ~」
「はい、アメ二十個」
 美味しそうにアメを舐め始めた彼の地の番人は、小さな二人掛けのソファーを取り出し《傍観者》に渡すとこう言った。
「また、アメを持ってくるとよいぞよ」
「番人さん、ありがとう」
 森の奥にふわふわと漂いながら薄れて行く彼の地の番人にお礼を言うと、《傍観者》は一旦ソファーを置きに家へと戻ることにした。





 小さな椅子の横に二人掛けのソファーを並べ満足した《傍観者》は、以前に森の奥の公園で会ったトラの子を連れた女の子を思い出した。
(たしか、カジノでトラの子を買ったって言ってたっけ、それに北海道へ行けばネコやイヌもいるって・・・)
 《傍観者》は以前に行ったことがあるカジノを思い出し、まず、そこへ行ってみることにした。

 煌びやかなネオンが瞬き夜中だというのに活気に溢れたカジノへ入って行った《傍観者》は、係りの人にトラの子の事を聞いてみた。
「確かにここでトラの子を買えるけど、大金持ちでなきゃ無理だね」
 予想していた答えが返って来たので《傍観者》は気落ちすることなく北海道へ向かうことにした。

 初めての遠出に少しわくわくしながら北海道へ着いた《傍観者》は、なだらかな起伏一面に広がる草原の中の一本道の奥の奥にその牧場を見付けた。
 『ネコカイ牧場』という看板が掲げられ、周りを簡単な柵で覆われたやや小振りな牧場へ入って行った《傍観者》は、忽ち仲の様子に眼を奪われた。
 そこには走り回ったり、思い思いの格好で寝そべったりしているネコの子やイヌの子がたくさんいた。
「わぁ、ネコの子だらけー❤ イヌの子もー」
 白や黒のネコの子、はたまた茶色や白黒のブチのイヌの子の間に分け入った《傍観者》は、忽ち他のネコの子の姿と混ざり合い、見分けが付かなくなってしまった。
 自分とそっくりな黒ネコの子と追いかけっこをしたり、二匹の白ネコの子の間に入って「白黒白だー」と笑い合ったり、イヌの子とはにらめっこをした後じゃれ合ったりして、《傍観者》は至福の時をここで過ごした。

 遊び疲れて一息付いた《傍観者》の眼の前を緑色の生き物が通り過ぎた。
「あっ、カエル、ウリ坊もいる」
 《傍観者》はカエルとジャンプ競争をし、ウリ坊とは駆けっこをしまたまた至福の時を過ごすことが出来た。




 ふと気が付くと、牧場主らしいおじさんが《傍観者》に近づいて来た。
「まだペットを買うのが無理なら、ここへ遊びに来るといいよ、いつでも好きな時に来れば良いから」
 牧場主のネコカイさんは流石に牧場主だけあって、《傍観者》と他のネコの子との見分けが付くらしく、《傍観者》に向かってそう言うと、納屋の方向へ戻って行った。
「うん、そうするよ」
と返した《傍観者》の声はネコカイさんの耳朶に届いて消えた。

「そろそろ帰らなくちゃ」
 寂しげな表情の《傍観者》は、ネコの子やイヌの子、カエルやウリ坊とお別れをした。
 名残惜しげな様子で《傍観者》は、何度も後ろを振り返り、また振り返り、牧場の姿が点としか見えなくなった頃に家路に向かう脚を速めた。

 やっとの事で小さな橋の下の小さな箱へと帰って来た《傍観者》は、疲れたのか他へは行こうとせずに早々に眠りの態勢に入って行った。
(カエルも良かったけど、やっぱり黒ネコの子が可愛かったな・・・)
 小さな箱の中で小さな体に長い尻尾を巻き付けた《傍観者》は、そんな事を思いながらウトウトし始め、その頭の中には2匹の黒い子ネコがいつまでも、いつまでも駆け回っていた。

2011年4月19日火曜日

「渋の谷への扉」

第5章 今日のお昼は

 いつもの様に朝一番に《知識師》の椅子へいたずらをしようと、仕事熱心な《いたずら師》が会社へやって来たが、部屋の中に《知識師》の姿を認めその足を止めた。
 どうしようか逡巡している《いたずら師》の後ろから《装飾師》と《傍観者》もやって来て、三人は席に着いた。
 決意を込めた表情の《知識師》が三人の顔を順繰りに見ながらこう言った。
「パワフルポイント、来週取りますよ。これで《いたずら師》に追い付くし・・・」
「でも先に取った方が偉いっすよね」
 《いたずら師》が受けて立った。
「二人とも凄いですね、本当に」
 《装飾師》の称賛の言葉を聞き、満足そうな表情の二人を眺めながら《傍観者》は、
(この二人は本当に、本当に頑張るな。《知識師》はともかく、《いたずら師》は一体いつNOSの試験勉強をしていたんだろう?)
と思ったが、その言葉は彼が《傍観者》故に口に出されることは無く、胸の奥底へと仕舞いこまれていった。

「この後は、NOSのAcceqq(アクセク)2107かOutlooklookこんにちは(アウトルックルックこんにちは)2107を取ろうかどうしようか、迷ってんですよ」
「まだ資格を取るんですか!」
 驚いた《装飾師》の声が響き渡る。
「じゃあ、俺もアクセク取ろうかな、アウトルックルックこんにちはなんか取っても意味無いし」
 そう言った《いたずら師》に《知識師》は静かに闘志を燃やし、《装飾師》はますます驚嘆の念を深めていった。
 だが、《傍観者》だけは、
(これは《いたずら師》の家に代々受け継がれていると言われている、幻の秘儀のいたずら言葉じゃないかな)
と心密かに思い、《いたずら師》の横顔をそっと盗み見たが、その判断は付かなかった。

 お昼になると《いたずら師》が皆にこう言った。
「今日は青の山大学へ食べに行きましょう」
「青の山大学?うーん、そう言えば曾爺さんが昔、青の山大学でお昼を食べた事があるって言ってたっけ」
 《知識師》の言葉を聞き、今日のお昼は青の山大学で食べることになった。





 会社から歩いて数分程の処にある青の山大学へ着くと、すっと入って行った三人とは違い《傍観者》だけは(自分だけ撮み出されるじゃないかな)と、おっかなびっくりだったがその心配は杞憂に終わった。
 正式名称を青の山学院大学と云うこの大学は、老巧化に伴い二年前から順次建て直しが行われており、歴史を感じさせる意匠が施された建物と近代的な外観の建物が混在している。

「確か、七号館の地下って聞いたような・・・」
 うろ覚えながらも《知識師》の情報は正確で、七号館と表記された古めかしい建物の地下に降りて行くと食堂が広がっていた。
 そこには大学生と思しき姿や、初等部、中等部、はたまたスーツ姿の男女など、種々雑多な人々が屯していた。

「がっつり定食、大盛りで」
と叫んだ《いたずら師》に、
「これこれ、肉そば肉そば❤」
「じゃあ僕はタンメンにします」
と《知識師》と《装飾師》の声が続く。
 《傍観者》は迷うことなくネコまんま定食だ(こんなのまであるのか!)。

 一心不乱にがっつり定食を貪る《いたずら師》を前にしながら、
「肉そば、美味いなぁ」
「タンメンもイケますよ、安いし」
と《知識師》と《装飾師》の味チェックが始まった。

「あー美味しかった」
「会社へ戻るの、面倒くさいな」
 まだ建て替え途中の校舎棟の横を通り過ぎながら、口調とは裏腹に会社へ向かう四人の足取りは軽かった。何故なら、皆会社が大好きだったからである。



  



 傾いた人工太陽の柔らかな日差しが、半球型のドーム越しに会社の窓を照らし始めると同時に今日の業務が終了となる。
 今日は《知識師》は居残りをしないらしく、四人一緒に地上へと降りた。
「お疲れ様です」
「お疲れっす」
 思い思いの方向へと脚を向けた三人を見送りながら《傍観者》は、そそくさと仕事用のヒゲとプライベート用のヒゲを付け替え、そしてそれから四代目大臣の方角を見やった。
(やっぱりネコまんまは四代目大臣のが一番だな、よし、明日は絶対に四代目女将の特製ネコまんまを食べよう)
 そう思いながら歩き出した《傍観者》の姿は人波に呑まれ、やがていつの間にか消えていった。

2011年4月17日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅳ章 傍観者と釣り

  いつものように夜遅く目覚めた《傍観者》は、小さな箱から外へ出てまず伸びをした。
 風の匂いを嗅ぎ、小さな川に映る黄金色の月を追いかけて少し遊んだ《傍観者》は、
「今日はどこへ行こうかな」
と一人呟き、、
「そうだ、《いたずら師》の家へ行ってみよう」
と続けた。

 《いたずら師》の家に着いた《傍観者》はその豪華な佇まいに圧倒されながら中へと入って行った。
 重厚なドアを開けて部屋の中へ脚を踏み入れた《傍観者》の耳に、
「これは俺様からのお祝いだ」
と《いたずら師》の声が届き、同時にシャンペン・シャワーを浴びせられた。
 びしょ濡れになりシャンペンを滴らせたまま、
「なんのお祝い?」
と尋ねた《傍観者》に《いたずら師》は、
「別に意味はないぞ。金が余りすぎて困るから無駄遣いしているだけだ」
と答えた。
「俺様はこれからパーティーに出かけるぞ」
い言ったかと思うと《いたずら師》は黒い羽を一振りし、次の瞬間にはその姿は消えていた。
 部屋の中央の大きなダイヤを一瞥した後、《傍観者》は、
「忘れていた、彼の地の番人の処へ行かなくちゃ」
と言いながら《いたずら師》と同じ様にその姿を消した。

「アメくれよ~」
 森の中へ入って行った《傍観者》にふわふわと近づいて来た彼の地の番人が言った。
 今日は何を貰えるのかなと、わくわくしながら《傍観者》がアメを渡すと、
「これをやるぞよ」
と小さな椅子を取り出した彼の地の番人は、それを《傍観者》へと渡した。
 森の奥へとふわふわと帰っていく彼の地の番人に、お礼を言いながら見送った《傍観者》は、
(《知識師》はどうしているかな?)
と思いながら彼の家へと向かった。





 立派なドアを開けて家の中へ入ろうとした《傍観者》の頭上から《知識師》の声がした。
「やあ、よく来たね」
 見上げた《傍観者》の眼に、月の光を浴び、庭の木の上に佇む《知識師》の姿が映った。
「もう、釣りへは行った?」
「まだ行ったことないよ」
「じゃあこれから行こう。付いておいでよ」
 茶色い羽を一振りした《知識師》の姿が消え始めたので、あわてて《傍観者》はその後を追った。

「ここは、何処なの?」
「日本海だよ」
 堤防越しに見える大海原に眼を奪われた《傍観者》が尋ねると、《知識師》が教えてくれた。
「そこのおじさんに話しかけると良いよ」
 そう言った《知識師》の指の先には、どう見ても河童らしい生き物がいた。
(河童って、川の生き物なんじゃ・・・)と思ったことは御くびにも出さず《傍観者》が話しかけると、
「よしよし、初めてだな。これをあげよう、きゅっきゅっきゅっ」
と変な笑い声をあげながら河童みたいなおじさんは、しょぼい釣り竿としょぼい餌をくれた。

「まず、竿に餌を装備してそこの海岸縁の座布団の上に座るんだ」
 言われた通りにして《傍観者》は座布団の上に座った。
「次に海面に釣り糸を垂らして魚が掛かるまで待つんだ」
 唯々諾々と従っていた《傍観者》に《知識師》が続ける。
「魚が掛かったら、長押しして。そうすると白い輪がだんだん狭まって来るから、なるべく円の中心に近い処で放すんだ」
「?」
「それを繰り返せば、だんだん魚が弱って来て釣り上げる事が出来るよ」

 隣りの座布団に座って釣り糸を垂らしていた《知識師》は次々と魚を釣り上げていった。
(釣りキチ三平かっ!)と心の中で小さく突っ込みを入れていた《傍観者》の竿にも魚が掛かった。
 なるほど、《知識師》が教えてくれた通り幾つかの同心円が現れ、長押しをすると外側から白い輪が狭まって行き、円の中心付近で放すと確かに魚が弱って行くようだ。
 夢中になって奮闘していた《傍観者》は、最後に魚に逃げられ小さな肩を落とした。
「最初からは上手くいかないよ、慣れれば釣れるようになるよ」
 《知識師》の言葉に励まされながら《傍観者》はまた海面に糸を垂らした。
 
 その後何度か《傍観者》の竿に魚が掛かったが一匹も釣れない。
 ふと、隣りの《知識師》のバケツを見やると釣った魚で溢れんばかりになっていた。
「ちょっと出かけて来るから、まだここに居てね」
 《知識師》はそう言うと、茶色い羽を一振り二振りすると空に舞い上がり、その姿を消した。
(気を使わせちゃったかな・・・)
 《傍観者》は自分のバケツの中のまだ見ぬ魚に思いを馳せながら、
(《知識師》が戻って来るまでにせめて1匹は釣れるように頑張ろう)
と心に誓った。

 それから何匹、釣り逃がした事であろう。
 引いては寄せる波の音と気持ち良い潮風に晒されながら、必死に眠気と闘いながら釣り糸を垂らしていた《傍観者》は、やっとの事で一匹釣る事が出来た。



       


 一陣の風と共に舞い降りてきた《知識師》は、
「どう、釣れた?」
と《傍観者》のバケツを覗き込んだ。
「うん、でも魚じゃないよ」
と答えた《傍観者》のバケツの中には小さなヒトデが一匹入っているだけだった。
 小さなヒトデを海に帰してやった《傍観者》に《知識師》が、
「要は慣れだよ。千匹位釣れば上手く釣れる様になるよ」
と慰みの言葉を掛け、二人は家路へと向かった。

 小さな橋の下の小さな箱へと帰って来た《傍観者》は、早速彼の地の番人から貰った椅子を置いてみた。勿論、箱の中へは入らないので、箱の横にである。
 小さな箱の中からその椅子を眺めながら《傍観者》は、小さなヒトデが嬉しそうに海へ帰って行く様を思い起こしながら、いつのまにか眠りの世界へと旅立って行った。

2011年4月12日火曜日

「渋の谷への扉」

第4章 四人の好むもの

 《いたずら師》の朝一番の仕事は、《知識師》の椅子にいたずらをする事である。
 その内容はと言うと、椅子の高さを一番高くしておく事である。
 
 その日、一番に会社へ来た《いたずら師》はいつもの様に《知識師》の椅子へいたずらをし終わると、辺りを見回し《装飾師》と《傍観者》の椅子へもいたずらを施した。
 二番目に会社へ来た《傍観者》は、
「あれっ?」
と言いながら、心の中では(本当に《いたずら師》は朝早くから頑張るな)と思いながら自分の椅子を直し、その後に会社へ来た《装飾師》は、
「なんか椅子が高いですね」
と言いながら爽やかに椅子を直した。
 最後に会社へやって来た《知識師》は、一度自分の椅子へ座ってから苦笑いをしつつ、しかしその事には触れずに椅子を直しながらこう言った。
「近いうちに僕もパワフルポイントを取りますよ」
 《傍観者》の耳がぴくっと動いた。
(《知識師》の知識欲旺盛さには頭が下がるな)
 頭の中で思いながら《傍観者》は三人を傍観し始めた。
 
 《装飾師》は細身の体に仕立ての良いスーツを纏い、いかにも仕事が出来そうに見える。
 現に、見えるだけではなくバリバリ仕事をこなしているのであった。
 ここの会社が終わってから出向くもう一つの会社でも非常に忙しく、いつも新しい企画書を練ったり、プレゼン用の資料作成に追われていて、見た目共々一番働いていると言えるであろう。
 こちらの会社が休みの時も、あちらの会社で朝から仕事が詰まっているらしいので体を壊さないか少し心配である。
 
 次に働いているように見えるのは、もちろん《知識師》である。
 彼は膨大な知識を蓄えるために、今流行りの無電源パソコンを駆使するのは無論のこと、古い書物まで紐解いて日々忙しさに身を任せているのだ。
 因みに、彼のご愛用の衣装はウニクロ(UNI-QLO)である。これは彼の家の曾爺さんから続く因習である。
 
 次に働いているように見えるのは、いや、ここまで来ると働いているようには見えないが、三番目は《いたずら師》である。
 彼はその職種ゆえか、傍目にはいたずらをしているようにしか見えないが、彼もまた非常に熱心に自分の仕事を全うしている男なのであった。
 彼はカジュアルな服装を好み、まだ学生と言っても十分通用しそうである。

 最後は《傍観者》である。
 彼は傍観することこそが仕事なのであり、《いたずら師》以上に仕事をしているようには見えない。
 背中を丸めぬくぬくと寝ているように見えても、尖った耳がピクッとと動いたり、長い尻尾が右に左にパタンパタンと動くことが、彼が仕事の最中であることの証なのであった。
 彼の服装は・・・、裸である。ただ、どういう訳かそれを気にする者は誰もいない。

「さあ、お昼にしよう」
 誰からともなく声が上がり、四人はいつものように四代目大臣へと向かった。
 《装飾師》は肉よりも魚が好みの様で非常にヘルシー志向である。
 《知識師》はとにかく肉じゃがに眼がない。これもまた曾爺さんから続く因習である。
 《いたずら師》は質よりも量で、若さゆえの特権か二人前買う事がある。
 《傍観者》は四代目女将に作って貰う特製ネコまんま、オンリーである。



        




 気だるげな午後が進み、半球型のドームが人工太陽の日差しで金色に輝き始めた頃、業務は終わりを迎える。
 まず《いたずら師》が
「♪も~い~くつ寝~る~と、オフィスケ~キ~❤」
と調子外れの歌を歌いながら飛びだして行った。
 次いで《装飾師》が
「お疲れ様です」
と颯爽と後に続いた。
 《傍観者》が《知識師》の顔をちらっと見ると、
「もちろん今日も残りますよ。千里の道も一里からですから」
と、なぜか嬉しそうに言った《知識師》は、早速パワフルポイントの試験へ向けての勉強を始めた。
 《傍観者》は《知識師》の邪魔にならないように部屋の隅のホワイトボードの陰に身を隠すと、愛用のマウスを取り出し、夢中になってコロコロと弄び始めた。




 はっと我に返った《傍観者》が窓の外を見ると、人工太陽はとうに沈み、空には人口の月型衛星がその姿を見せ始めていた。
 周囲を見回すとまだ《知識師》は勉強を続けており、《傍観者》は邪魔をしないように忍び脚でそっと部屋を後にした。
 今日は低速用の反重力エレベーターで一階に降りた《傍観者》は、お昼に食べた特製ネコまんまに入っていた帆立の味を反芻しながら歩き始めた。
 違和感を感じて数歩踏み出した脚を止めた《傍観者》は、
「・・・ヒゲだ!」
と叫び、その場で後ろを向いた。
 すぐさま前へ向き直った《傍観者》のヒゲは見た目には分からないがプライベート用のヒゲに変わっており、満足そうに小さく頷いた《傍観者》の影は、やがて人混みの中へと消えてい行った。
 
 

2011年4月10日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅲ章 誰もいない夜

 小さな橋の下の小さな箱の中でいつものように《傍観者》が目覚めると、辺りはまたまた夜色に染まっていた。
 小さな箱の中から草叢へと脚を踏み出した《傍観者》は、藍色の空を見上げ一人こうつぶやいた。
「いつも夜なんだな・・・」
 しかし、それに答える声はなく、一陣の風が通り過ぎて行っただけだった。
 誰か来ないかと暫くあちこちをウロチョロしていた《傍観者》だが、
「今日は誰も来ないな。じゃあ、こっちから行ってみよう」
と口の中で小さく言うと、まず《知識師》の家へと向かった。

 瞬間的に《知識師》の家に付いた《傍観者》は、立派なドアを開けて中へと入って行った。
「誰もいない」
 無人の部屋を煌々と照らす暖炉の前に来ると《傍観者》は、
(誰もいないのに、暖炉の火を燃やしっぱなしでいいのかな?)
と思ったが、冷えた体が温まり始めるにつれ気にならなくなった。
 十分に体が温まった《傍観者》は少し眠気を覚え、小さく欠伸をしながら部屋の隅にあるベッドへと向かった。
 天蓋付きのベッドの隅で、申し訳なさげに小さな体を丸めてうとうとしていた《傍観者》は、はっと目を覚まし、
「よし、《いたずら師》の家へ行ってみよう」
と思い立ち、瞬間移動を始めた。

 《いたずら師》の家の重厚なドアを開けて部屋の中へと入って行った《傍観者》は、
「ここも留守か・・・」
と辺りを見回しながら溜息をついた。
 やがて部屋の中に散乱している色々なモノを右に左に避けながら中央に置いてある大きなダイヤの前まで来た《傍観者》は、うっとりとした眼差しでそれを眺め始めた。
 夢見心地でおおよそ十分程大きなダイヤを見詰めていた《傍観者》は、はっと我に返り、
「つぎは《装飾師》の家だ」
と自分に言い聞かせるように言うと、次の瞬間にはもう移動を始めていた。

 《装飾師》の家の普通のドアを開けて部屋の中へと入って行った《傍観者》は、
「やっぱり誰もいないか、最初からそんな気がしていたけどね」
と、嘯いた。

 一抹の寂しさを覚えた《傍観者》は
「そうだ、森へ行ってみよう」
とわざと元気よく声に出して呟いた。





 長い尻尾をピンと立てて森へと歩いて行った《傍観者》は、眼の端にふわふわと浮かぶ妙なモノを認め脚を止めた。
「アメくれよ~」
「?」
「わしはここ彼の地の番人じゃ」
「番人?」
「そうじゃ、アメをくれたら良いものをやるぞよ」
 言われた通りに《傍観者》が持っていたアメをあげると、彼の地の番人は美味しそうになめ始めた。
「アメをくれた代わりに、これをやるぞよ」
 どこからか取り出した小さな帽子を《傍観者》に渡し、番人は続けてこう言った。
「アメをくれたらこれからも良いものをやるぞよ。ただし、一日一回だけぞよ」
「そんなにっぱいアメ持ってないよ」
 《傍観者》が答えると番人は良いことを教えてくれた。
「人がいっぱいいる処へ行くぞよ。そして相手からグッパグされるとアメが増えるのじゃ。こちらからグッパグすると相手のアメが増えるのじゃ」
 グッパグの仕方を教えてくれた番人に
「ありがとう、番人さん」
とお礼を言い、《傍観者》はその場を後にした。

 やがて公園へ行き当たった《傍観者》は、そこにいる人々にグッパグされたり、したりしていたが、隅にいた一匹の小さなネコに気付くと傍に近付いて行った。
「ネコ大好き~❤かわいいなぁ」
 自分の姿も顧みず《傍観者》が目の前の小さなネコをなでなでしてると、
「それ、トラだよ」
と声がした。

 


「えっ!」
 驚いた《傍観者》が辺りを見回すと、傍のベンチに座っていた女の子と眼が遭った。
 恥ずかしさのあまり、真っ赤になった《傍観者》の顔になぜか気付かず女の子が続けた。
「まあ、トラもネコの一種みたいなものだからいいか」
「この子、君が飼っているの?」
「そうだよ、カジノで買ったの」
「へぇー、いいなー」
「結構高かったんだ、餌代もかかるし」
 そう言って女の子が教えてくれた金額は《傍観者》の眼の球が飛び出るほど高かった。
「とても無理だなぁ」
「北海道へ行けば、ネコとかイヌも売ってるよ」
 だが、女の子が教えてくれた金額にはまだまだ手が届かなかったので
「当分買えそうもないや、いろいろ教えてくれてありがとう」
と言いながら、《傍観者》は小さなトラの頭をなでなでしながら自分の家へと向かった。

 小さな橋の下の小さな箱の中へと戻って来た《傍観者》は、小さな体を丸めて長い尻尾を巻き付けながら、
(いいなー、ネコ飼いたいなぁ)
と思いながら夢の世界へと旅立って行った。
 もちろん今夜の夢は、小さなネコを連れて公園を散歩している満足そうな《傍観者》の姿だったが、その姿はどっちがどっちを連れているのか見分けが付かなかった。

2011年4月5日火曜日

「渋の谷への扉」

第3章 三人の男達

 その日、会社に一番早く着いたのは《いたずら師》だった。
 彼は部屋へ入るなり、《知識師》の椅子にいたずらをし、有ろうことか、《装飾師》と《傍観者》の椅子にまで魔の手を伸ばした。
 《装飾師》だけ「うわぁ、高い」と声にしたが、《知識師》は無言でさっさと椅子を直し、同じく《傍観者》も無言で椅子を直した。但し、心の中で、
(本当に《いたずら師》は仕事熱心だな)とつぶやきながらである。
 そんな三人を眺めながら《いたずら師》は
「昨日、NOSのエクセールとワド、取りましたよ、ちょー楽勝っすよ」と言い、
「早く、オフィスグリコーゲンよ来~い」
と続けた。
 そんな《いたずら師》を2秒ほど見つめた《知識師》は、決意を込めた顔でこう言った。
「オフィスグリコーゲン、来ないと思うよ」
「えっ??」
 忽ち涙目になった《いたずら師》は茫然としてその動きを止めた。
「実は、ちょっと気になったんで調べたんですが・・・」
 ここからは《知識師》の独断場である。





「そもそもオフィスグリコーゲンはここ渋の谷の街で、始まった事らしいんですよ」
 自分を見つめる3対6個の眼を見回しながら《知識師》が続ける。
「百年位前の事らしいんですが、当時世の中には無気力と虚無感、厭世感が蔓延していたんだそうです」
「へえー、今とは大違いですね」と《装飾師》が受ける。
「その空気を払拭するために、ある三人の男達が立ち上がったと云われています」
「三人の男達が!」
「格好いいなぁ」
 《装飾師》と《傍観者》がまたまた受ける。
「ところが!」
 調子の上がった《知識師》の話はまだまだ続く。
「目標を達成した時に届けられるオフィスグリコーゲンに人々はやる気を見せ始めたんですが、だんだんオフィスグリコーゲンだけが目当てになり、そのための努力が疎かになっていったんです」
「人間って結果だけを求める生き物ですからね」
 少し寂しそうに《装飾師》が続ける。
「3人の男たちも何か思うところがあったのか、やがてこの風習は廃れていきました」
「なんか、悲しい話ですね」

「ところが!」
 静まり返った部屋の中に《知識師》の声が響く。
「オフィスグリコーゲンが人々に届かなくなって何年か過ぎた頃、オフィスケーキが届き始めたんです」
「オフィスケーキ!?」
 《知識師》を除く三人の声が重なりあい、壁にぶつかって四方へと霧散した。
「ええ、こんな日記みたいなものを記録の底から見付けました」
 そう言って《知識師》は自分の顔の前に半透明のスクリーンを出現させ、古い記録を表示させると裏返して皆に見せた。

『201X年 4月4日 先生がオフィスケーキを持って来てくれた。オフィスグリコーゲンもいいけど、やはりオフィスケーキのほうが美味しい❤』

「おーっ!」
「よくこんな古い記録を見つけましたね」
 《知識師》を見つめる《装飾師》の眼差しが尊敬の念に染まった。
「思うに、三人の男達、あるいはその内の一人かもしれないけど、人々を見捨てたままでは置けなかったんでしょうね、きっと。しかし、貰えた人は数える程だと言うし・・・」
 頬を心持ち赤らめた《知識師》が憶測を述べる。
「しかしこの三人の男達って、いったい何者だったんでしょうね?」
「先に生まれたって書いてあるから、たぶんお爺さんじゃないですかね」
「そうか、お爺さんか・・・」
 皆の頭の中に優しそうな三人のお爺さんの影が通り過ぎた。

「♪ケーキ、ケーキ、オフィスケ~キ」
 無邪気に歌い始めた《いたずら師》を見つめる三人の眼には、優しさに満ちた慈愛の色が浮かんでいた。





 人工太陽の日差しが半球型のドーム越しに傾き始めた頃、今日の業務が終わった。
 すっかりご満悦な様子の《いたずら師》が鼻歌交じりに部屋を飛び出して行き、《知識師》と《装飾師》も満足げな顔で後に続いた。

 一人取り残された《傍観者》は暫くマウスをコロコロ転がして遊んでいたが、やがて「良いな、オフィスケーキ」とつぶやくと、そっと部屋を出た。

 地上に降りた《傍観者》は
(ケーキを食べるとヒゲに生クリームが付いちゃうんだよな。でも、それを最後にペロペロと舐めるのがまた、たまらなく美味しいんだよなぁ・・・)
などと考え考え歩きだしたので、またまたヒゲを付け替えるのを忘れていた。

2011年4月2日土曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅱ章 みんなの家と傍観者の小さな箱

 《傍観者》が目覚めると、そこは小さな橋の下の見覚えのある小さな箱の中だった。
 たっぷりと日が暮れた暗闇の中で《傍観者》が伸びをしようとしたとき、計っていたかのように現れた《知識師》がこう言った。
「今日は僕の家に連れてってあげるよ」
「俺様の城に先に連れて行こうと思ってたのに」
 僅差で現れた《いたずら師》が黒い羽をバタつかせながら喚いたが、《知識師》の
「先に僕の家に行って、その後、《いたずら師》の家に行けばいいよ」という言葉に、しぶしぶ矛先を収めた。

 


 



 悠々と空を飛んでいく二人に遅れまじと、長い尻尾を振りながら一生懸命走り続けた《傍観者》は、《知識師》の家に入ると思わず、
「うわぁ」
と声をあげた。
 そこは毛脚の長い絨毯が敷き詰められたとても広いお屋敷だった。
 赤々と炎を揺らす暖炉に、天蓋付きのベット、高級そうなピアノに猫脚のバスタブまである。
 前脚で絨毯のふかふかの感触を味わっていた《傍観者》に
「その内、和風の家にしてみるつもりなんだ」
と《知識師》が言う。
 《知識師》の家で我が物顔でドタバタと走り回っていた《いたずら師》が
「今度は俺様の城へ来るのだ。俺様の城はもっともっと金が掛かっているぞ」
と横槍を入れた。

 黒い羽をバサバサと揺らしながら空を飛んでいく《いたずら師》と、茶色い羽をパタパタさせながら飛んでいく《知識師》を追いかけて、またまた《傍観者》はひたすら草原を駆けていった。
 家の前で待っていた二人にやっと追い付いた《傍観者》に
「さあ、俺様の城をとくと堪能するがよい」
と《いたずら師》が叫ぶ。
 恐る恐る家の中に入った《傍観者》は、思わず、
「なに、これ?」
と声をあげた。
 そこは《知識師》の家と負けず劣らずとても広いお屋敷だったが、部屋中にカラフルな四角い置き物が無秩序に置かれ、やたら椅子ばかりが多い部屋だった。
 よく見るとそれらの間にとても大きな宝石が無造作に転がっており、部屋の真ん中にはひと際大きなダイヤモンドが鎮座ましましていた。
 「そのダイヤはとても高くて、まさに俺様にぴったりの代物だな」
と嘯く《いたずら師》の声は《傍観者》の耳には届いていなかった。
 なぜならその時《傍観者》は、一抱えもあるギラギラと輝くダイヤモンドと、同じように眼をギラギラとさせながら、にらめっこの真っ最中だったからである。

 いつまでも眼をギラつかせている《傍観者》に痺れを切らしたのか、
「さあ、次は《装飾師》の家に行こうよ」
と《知識師》が言った。

(また、走るのか)と思いながら2人の影をを追い求めて駆け続けていた《傍観者》は、彼らがある家へ向かって高度を下げ始めたのを眼にしてほっとした。



                        


「ようこそ僕の家へ、《装飾師》です。よろしくね」
 三人を出迎えてくれた《装飾師》の姿を見て、《傍観者》は声にならない声をあげた。
(なんて綺麗な生き物なんだ!)
 黄金色に輝く細身の体に、墨痕鮮やかな縞を持つ《装飾師》は、透き通るような薄い羽をフルフル震わせながら三人を家の中に迎え入れた。
 そこはあまり広くなく家具も少ししかないが、綺麗に片付けられた清潔そうな部屋だった。

「まだ、何もなくて・・・」
「生まれたばかりだもの、しょうがないよ」
「俺様の城が一番立派だな」

「色々揃えたいとは思っているんですが・・・」
「大丈夫だよ、知らない間に集まるもんだから」
「今度はダイヤの城でも建ててやるか」

 三人がそんな会話を交わしている間《傍観者》は、《いたずら師》の家にあったダイヤを自分の寝床に置いた様を想像して悦に入っていた。

「そうだ、良いことを教えてあげるよ」
 《知識師》が手にした厚い本を捲りながら続けた。
「これで三人の家や、今いる処へ好きな時に瞬間的に移動できるようになるし、そこから自分の家にもすぐ移動出来るようになるよ」
「本当に?」
「本当だよ」

 教えられた通りに三人と別れ瞬間的に自分の寝床へ戻ってきた《傍観者》は、
(お金が貯まったら、この小さな箱の中に渇いた干し草をいっぱい敷き詰めるんだ)
と思いながら深い眠りに落ちって言った。

 ピクッピクッと動いていた尖った耳がその動きを止めた頃、《傍観者》は大きなダイヤの夢を視ていた。