これは、彼の地での《傍観者》の成長と旅立ちの物語である。
登場人物は主に四人。
一人目は、《傍観者》。この物語の主人公であるが、生まれたばかりなので彼の地の事を良く知らない。
二人目は、《いたずら師》。彼は100年前から彼の地で暮らしており、自分の家の庭のようにこの世界を闊歩している。
三人目は、《知識師》。彼は50年前から彼の地で暮らしており、その名の示す通りに膨大な知識を所有している。
四人目は、《装飾師》。彼は《傍観者》とほぼ同じ頃に彼の地に生まれ、また、同じ様に彼の地の事を良く知らない。
第Ⅰ章 AP2111年 目覚めの刻
《傍観者》が目覚めると、そこは小さな橋の下の小さな箱の中だった。
箱の縁から顔だけ出して周りを見回した《傍観者》は、
「何もない」
と小さくつぶやいた。
軽く伸びをして、長い尻尾をピンと立てた《傍観者》は箱の外へ出てみたが、冬風にそよぐ柔らかそうな草叢と小さな小川が目に映るばかりだった。
(これからどうしたら良いのだろう・・・)
生まれたばかりの《傍観者》に分かるはずもなく、仕方なく彼は箱の中に戻り小さな体に長い尻尾を巻き付けて浅い眠りに就いた。
こうして《傍観者》の彼の地での一日目は終わりを迎えた。
草叢をせかせかと踏みしめる足音に《傍観者》が目覚めさせられると、そこには《いたずら師》がいた。
「俺様は《いたずら師》だ。彼の地の王様だ」と言いながら《いたずら師》は、黒い羽を羽ばたかせ黒い角を振り回しながら大きな岩でリフティングを始めた。
「僕は《知識師》。彼の地での事を色々教えてあげるよ」
驚いた《傍観者》が振り向くとそこには、穏やかな顔付きで知的な眼差しをして片手に大きな本を持った《知識師》がいた。
「どこか行きたい所はない?」
と《知識師》が聞いてきたので、
「カジノ!」
と《傍観者》がすかさず答えると、
「では、俺様に付いて来るがよい」
黒い羽を大きく羽ばたかせ《いたずら師》が空高く飛んで行った。
「僕に付いておいでよ」
今度は《知識師》が茶色い羽を羽ばたかせ、《傍観者》が付いて来やすいようにゆっくりと空へ飛んで行った。
《傍観者》は後ろを振り返り小さな箱を1秒だけ見つめ、遅れてなるものかと既に小さくなった《知識師》の影を求めて走り始めた。
二人の影を見失わないように気を付けながら《傍観者》が煌びやかなネオンが瞬く建物の前に到着すると、こんな声が聞こえてきた。
「俺様がさっき《装飾師》の家に行ったら誰も居なかったぞ」
「まだ生まれたばかりなのに、どこに行ったのかな?」
どうやらもう一人《装飾師》という人が居るらしいが、(今日は会えないみたいだな、まあその内会えるだろう)と《傍観者》が呑気に考えている間にいつの間にか建物の中に入っていた。
「俺様は大金持ちの王様だ」と叫びながら《いたずら師》が黒い角を振り回し大きな岩でリフティングをしながら走り回りだした。
「そこのサングラスのおじさんからストーンを貰ったら、スロットの椅子に座るといいよ」
と《知識師》が教えてくれたので、《傍観者》は早速その通りにしてスロットマシンの椅子に座った。
「左のトランクの中にストーンを入れたらスロットができるよ」
だがトランクが見つからない。
まごつく《傍観者》に
「一緒に探してあげるよ」
と《知識師》がやさしく声を掛ける。
大きな木の後ろに隠れるように置かれたトランクをやっと見つけた《傍観者》は、お礼の念を込めて《知識師》の持っている大きな本を長い尻尾でひと撫でした。
それから《傍観者》の前を三つ子や四つ子の男の子や、女の子や、サングラスのおじさんや、雪だるまが何人も何人も通り過ぎていった。
「今度はBJ(ブラックジャック)をやろうよ」
と言った《知識師》の後ろに、黒い羽を大きく羽ばたかせながら《いたずら師》が舞い降りてきて加わった。
彼等は大金持ちである。黒い羽や茶色い羽をひと振りする度に次々と勝ち進んでいった。
喜々として振る舞う二人を暫く眺めていた眺めていた《傍観者》は、やがて「もう帰らなくちゃ」と独り言ち、長い尻尾をピンと立てながらカジノを後にした。
小さな橋の下の小さな箱の中に戻った《傍観者》は、小さな体に長い尻尾を巻き付けながら今日あった出来事を反芻しているうちに深い眠りへと落ちていった。
0 件のコメント:
コメントを投稿