《傍観者》が眼を覚ますと、辺りはいつもの様に真夜中だった。
勢い良く小さな箱から飛び出した《傍観者》は、並べられた椅子を数えながら、
(今日も時間旅行をしようかな)
と寝起きの頭で考え込み始めた。
細波の様に遠く近く聞こえる虫の声を背にして一人思索していた《傍観者》は、遥か天空に《知識師》の豆粒程の姿態を見咎めた。
見る見る内に高度を下げた《知識師》は茶色い羽をパタパタ羽ばたかせながら《傍観者》の眼の前に着地した。
「お目覚めのモーニングコーヒーを持って来たよ」
「今、真夜中だよね」
「・・・こほん、言ってみたかっただけだよ」
少し赤面しながら《知識師》はそう言うと、タイムマシンをちらっと眺めながら会話を続けた。
「時間旅行も良いけど、《傍観者》はこの時代で行ってない処がまだまだ沢山有るんだよね」
「うん、有るよ」
「じゃあ、先にそっちの方へ出掛けた方が良いかもね」
「そっか?そうしようかな」
流石、《知識師》。《傍観者》にとっての良い指針である。
納得した《傍観者》は深く頷いた。
「ところで暇だったらうちへ来なよ」
「良いよ」
ふわっと体を浮かせた《知識師》は、
「見せたい物が有るんだ」
と言うが早いか、その身を空高く舞い上げ始めたので、《傍観者》は慌てて後を追う事にした。
立派な佇まいの、同じく立派なドアを開けて中へ入った《傍観者》を茶色い生き物が出迎えた。
「これは・・・タヌキ!」
「そう、三つ子なんだ❤❤❤」
《傍観者》の発した驚きの声に嬉しそうに《知識師》が答えた。
腕白そうなタヌキの子供達が所狭しと部屋中を駆け回りだした。
「名前は、たぬりん」
「どれがたぬりん?」
「全部たぬりんだよ」
「へえー、そうなんだ」
同じ名前だと混乱しないかなと思い、《傍観者》がそう尋ねると、
「大丈夫だよ、いつも一緒に居るから」
と《知識師》は少々的外れな言葉を返し、たぬりんと呼ぶと子だぬき達が彼の傍にやって来てビー玉みたいな瞳で顔を見上げた。
「この間、カジノの大会で二位になって、その賞品として貰ったんだ。この王冠と一緒にね」
《傍観者》が気付くと《知識師》の頭の上にきらきらと輝く王冠が乗っかっていた。
「二位なんて凄いな、《知識師》は!」
羨望の眼差しで王冠を凝視しながら《傍観者》が発した言葉を聞いて、《知識師》は嬉しそうに茶色い羽をぱたぱたさせた。
「男の子が二匹で、後一匹は女の子なんだ」
「見分けが付くの?」
そっくりな姿形の三匹を見ながら《傍観者》が尋ねると、
「勿論だよ、少しづつ顔付きが違うし、一番優しそうなのが女の子だよ」
だが《傍観者》には三面鏡に映したみたいに寸分違わず同じ顔に見えるたぬき達であった。
「でも、たぬきって何を食べるの?」
「何でも食べるよ、肉でも魚でも木の実や穀物も食べるし」
「雑食なんだね」
「そうだよ、それから公園や森や、人の家にも連れて行けるんだ」
「人の家にも!」
「《傍観者》の家にも今度連れて行くからね」
それを聞いてすっかりご機嫌な様子の《傍観者》は、たぬりん達と追っかけっこを始めた。
喜び勇んで走り回る《傍観者》と子だぬき達を思慮深い眼差しで見守りながら、《知識師》は頭上の王冠を手に取ると飾り台の上に大事そうにそっと置いた。
腕白たぬりん達と遊び疲れた《傍観者》は、《知識師》の家を辞した後、彼の地の番人の処へと向かった。
「アメくれよ~」
「はい、今日も椅子でしょ」
「そんなに椅子が欲しいなら、椅子にするぞよ」
彼の地の番人が取り出したのは前のより少し大きいけれど、やはり椅子だった。
「ねえ、《知識師》がたぬきを飼い始めたの知ってる?」
「わしはこの世界が誕生した時から彼の地の番人ぞよ、知らない事は無いぞよ」
胸を張って答える番人に《傍観者》は次の質問をした。
「じゃあ、どれが男の子でどれが女の子か判る?」
「急におなかが空いて来たぞよ~」
眼を逸らした彼の地の番人は慌てふためいたかの様に急いで森の奥へと帰って行ってしまった。
小さな橋の下へと戻って来た《傍観者》は小さな箱の中で丸くなると、
(やっぱりペット欲しいな・・・)
と未だ見ぬペットに思いを馳せていたが、近日中にそれが現実の事になるとは思いも寄らない事であった。



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