第三章 傍観者の小さな庭
小さな橋の下の小さな箱の中で、白い塊がぴくっと身動きをした。
そして、椅子の上の黒い塊が眼を覚ました。
「お早う、ピノコ」
黒い塊、《傍観者》が発した声に、白い塊、ピノコが返事を返した。
「ニィ」
月明かりが差し込む寝所から起き出して来た二匹の耳に、小川の奏でる微かな水音が優しく響く。
ピノコの為にミルクの用意をしていた《傍観者》の前に、腕白たぬりん達を引き連れた《知識師》が現れた。
「パグライフって知ってる?」
開口一番そう言った《知識師》に《傍観者》は知ったか振りをして、こう答えた。
「未だ食べた事無いよ」
「食べ物じゃ無くて、此処彼の地で数日前から提供されたガーデニングのシステムだよ」
「へえー」
ぐるぐると周りを走り回るたぬりん達の中心で《知識師》が続けた。
「最初だけ案内人の処へ顔を出せば、後は自分の家で作業出来るんだ」
「お金必要なの?」
心配そうに聞いて来た《傍観者》に、にやりと笑った《知識師》が答えた。
「特に必要無いよ、今から案内人の処へ連れて行ってあげるよ」
ピノコがミルクを飲み終わったのを確認した《傍観者》は、うん、と元気良く返事をした。
森へ入って行った《知識師》の後に付き従った《傍観者》の眼の前に、草原に覆われた広場が現れた。
「あれが案内人だよ、人じゃ無いけどね」
《知識師》が指差した方向にはのほほんとした顔付きの生き物が居た。
傍に近付くとその生き物が声を掛けて来た。
「僕がパグライフの案内人だよ、吉田君のお父さんて呼んでね!」
「吉田君て誰?」
《傍観者》の問いを無視した吉田君のお父さんは、パグライフの説明を始めた。
「最初にこのガーデニング箱をあげるね」
そう言って吉田君のお父さんは木の箱を取り出し会話を続けた。
「この中には小さなショベルや鍬、如雨露にイチゴの種が入ってるんだ」
「イチゴの種?イチゴって苗から育てるんじゃなかったっけ・・・」
《傍観者》の発した問いに吉田君のお父さんはのんびりとした様子で答えた。
「気にしない、気にしない、ここ彼の地では作物は種から育てるんだよ」
「ふーん」
「イチゴを育てて収穫すると、この箱の中にライフドルって言うガーデニング専用のお金が出現するんだ」
「へえー」
吉田君のお父さんが無邪気な笑顔を振り撒きながら話す内容に、《傍観者》は段々引き込まれていった。
「二回目からイチゴの種を蒔くとライフドルからその代金分が引かれて、収穫するとまたお金が増えるんだ」
「じゃあ、収穫すればする程お金が増えて行くんだね」
「そう言う事だね、それにレベルが上がれば種の種類も増えて行くしね」
「わーい、何だか楽しそう
❤」
《傍観者》の長い尻尾が踊る様に右に左にと揺れ出した。
「料理が出来るレベルになってパグライフ専用のレンジやオーブンが必要になったら、此処に来ればライフドルで買えるからね」
「うん、ありがとう。吉田君のお父さん」
木の箱を手にした《傍観者》が振り向くと、腕白たぬりん達とピノコの面倒を見て居た《知識師》が近付いて来てこう言った。
「じゃあ今度はうちの庭を見せてあげるよ」
六匹が揃って《知識師》の庭へ飛んだ。
《知識師》の立派な家の前は綺麗に耕されトマトやニンジンやジャガイモが整然と植えられていた。
「そろそろ収穫しなくちゃ」
にこにこしながら作物の収穫を始めた《知識師》は、
「《いたずら師》の庭も見てみなよ、何か参考になるかもよ」
と、さり気無く《傍観者》に示唆を与えてくれた。
「うん、行って見るね」
言われた通りに《傍観者》とピノコは《いたずら師》の家へと向かった。
《いたずら師》の重厚な家の前も綺麗に耕され、ニンジンやジャガイモの他に隅にはリンゴやオレンジの木も植えられていた。
「ふーん、レベルが上がると木も植えられるんだ」
ほとほと感心した様子の《傍観者》は、そう呟くと《いたずら師》の姿を探したが留守にして居るのか何処にも見当たらなかった。
「さあピノコ、帰ろう」
オレンジの実を物欲しそうに見上げて居たピノコを促して《傍観者》は家路へと急いだ。
小さな橋の下へと戻って来た《傍観者》は早速ガーデニング箱から小さなショベルを取り出すと、日当たりの良さそうな場所を選んで耕しイチゴの種を蒔いた。
「ピノコ、水を掛けてくれる?」
ニィ、と一声鳴いたピノコは小川で如雨露に水を満たすとふらふらしながら戻って来た。
水を掛けると瞬く間に双葉が顔を覗かせ、ピノコがリズミカルに尻尾を動かし喜びを表した。
「これで良しっと」
水滴を散らしたイチゴの双葉を暫く眺めて居た《傍観者》は、眠たそうな様子のピノコに気付き、
「そろそろ寝ようか」
と言い、小さなショベルや如雨露をガーデニング箱に仕舞った。
小さな箱の中で幸せそうに丸くなったピノコを見やり、《傍観者》も定位置の椅子の上に丸くなった。
《傍観者》とピノコが夢の世界を堪能して居る頃、イチゴがひっそりと花を咲かせた。