いつものように夜遅く目覚めた《傍観者》は、小さな箱から外へ出てまず伸びをした。
風の匂いを嗅ぎ、小さな川に映る黄金色の月を追いかけて少し遊んだ《傍観者》は、
「今日はどこへ行こうかな」
と一人呟き、、
「そうだ、《いたずら師》の家へ行ってみよう」
と続けた。
《いたずら師》の家に着いた《傍観者》はその豪華な佇まいに圧倒されながら中へと入って行った。
重厚なドアを開けて部屋の中へ脚を踏み入れた《傍観者》の耳に、
「これは俺様からのお祝いだ」
と《いたずら師》の声が届き、同時にシャンペン・シャワーを浴びせられた。
びしょ濡れになりシャンペンを滴らせたまま、
「なんのお祝い?」
と尋ねた《傍観者》に《いたずら師》は、
「別に意味はないぞ。金が余りすぎて困るから無駄遣いしているだけだ」
と答えた。
「俺様はこれからパーティーに出かけるぞ」
い言ったかと思うと《いたずら師》は黒い羽を一振りし、次の瞬間にはその姿は消えていた。
部屋の中央の大きなダイヤを一瞥した後、《傍観者》は、
「忘れていた、彼の地の番人の処へ行かなくちゃ」
と言いながら《いたずら師》と同じ様にその姿を消した。
「アメくれよ~」
森の中へ入って行った《傍観者》にふわふわと近づいて来た彼の地の番人が言った。
今日は何を貰えるのかなと、わくわくしながら《傍観者》がアメを渡すと、
「これをやるぞよ」
と小さな椅子を取り出した彼の地の番人は、それを《傍観者》へと渡した。
森の奥へとふわふわと帰っていく彼の地の番人に、お礼を言いながら見送った《傍観者》は、
(《知識師》はどうしているかな?)
と思いながら彼の家へと向かった。
立派なドアを開けて家の中へ入ろうとした《傍観者》の頭上から《知識師》の声がした。
「やあ、よく来たね」
見上げた《傍観者》の眼に、月の光を浴び、庭の木の上に佇む《知識師》の姿が映った。
「もう、釣りへは行った?」
「まだ行ったことないよ」
「じゃあこれから行こう。付いておいでよ」
茶色い羽を一振りした《知識師》の姿が消え始めたので、あわてて《傍観者》はその後を追った。
「ここは、何処なの?」
「日本海だよ」
堤防越しに見える大海原に眼を奪われた《傍観者》が尋ねると、《知識師》が教えてくれた。
「そこのおじさんに話しかけると良いよ」
そう言った《知識師》の指の先には、どう見ても河童らしい生き物がいた。
(河童って、川の生き物なんじゃ・・・)と思ったことは御くびにも出さず《傍観者》が話しかけると、
「よしよし、初めてだな。これをあげよう、きゅっきゅっきゅっ」
と変な笑い声をあげながら河童みたいなおじさんは、しょぼい釣り竿としょぼい餌をくれた。
「まず、竿に餌を装備してそこの海岸縁の座布団の上に座るんだ」
言われた通りにして《傍観者》は座布団の上に座った。
「次に海面に釣り糸を垂らして魚が掛かるまで待つんだ」
唯々諾々と従っていた《傍観者》に《知識師》が続ける。
「魚が掛かったら、長押しして。そうすると白い輪がだんだん狭まって来るから、なるべく円の中心に近い処で放すんだ」
「?」
「それを繰り返せば、だんだん魚が弱って来て釣り上げる事が出来るよ」
隣りの座布団に座って釣り糸を垂らしていた《知識師》は次々と魚を釣り上げていった。
(釣りキチ三平かっ!)と心の中で小さく突っ込みを入れていた《傍観者》の竿にも魚が掛かった。
なるほど、《知識師》が教えてくれた通り幾つかの同心円が現れ、長押しをすると外側から白い輪が狭まって行き、円の中心付近で放すと確かに魚が弱って行くようだ。
夢中になって奮闘していた《傍観者》は、最後に魚に逃げられ小さな肩を落とした。
「最初からは上手くいかないよ、慣れれば釣れるようになるよ」
《知識師》の言葉に励まされながら《傍観者》はまた海面に糸を垂らした。
その後何度か《傍観者》の竿に魚が掛かったが一匹も釣れない。
ふと、隣りの《知識師》のバケツを見やると釣った魚で溢れんばかりになっていた。
「ちょっと出かけて来るから、まだここに居てね」
《知識師》はそう言うと、茶色い羽を一振り二振りすると空に舞い上がり、その姿を消した。
(気を使わせちゃったかな・・・)
《傍観者》は自分のバケツの中のまだ見ぬ魚に思いを馳せながら、
(《知識師》が戻って来るまでにせめて1匹は釣れるように頑張ろう)
と心に誓った。
それから何匹、釣り逃がした事であろう。
引いては寄せる波の音と気持ち良い潮風に晒されながら、必死に眠気と闘いながら釣り糸を垂らしていた《傍観者》は、やっとの事で一匹釣る事が出来た。
一陣の風と共に舞い降りてきた《知識師》は、
「どう、釣れた?」
と《傍観者》のバケツを覗き込んだ。
「うん、でも魚じゃないよ」
と答えた《傍観者》のバケツの中には小さなヒトデが一匹入っているだけだった。
小さなヒトデを海に帰してやった《傍観者》に《知識師》が、
「要は慣れだよ。千匹位釣れば上手く釣れる様になるよ」
と慰みの言葉を掛け、二人は家路へと向かった。
小さな橋の下の小さな箱へと帰って来た《傍観者》は、早速彼の地の番人から貰った椅子を置いてみた。勿論、箱の中へは入らないので、箱の横にである。
小さな箱の中からその椅子を眺めながら《傍観者》は、小さなヒトデが嬉しそうに海へ帰って行く様を思い起こしながら、いつのまにか眠りの世界へと旅立って行った。
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