2011年6月29日水曜日

「渋の谷への扉」

第14章 似て非なる者

 今日も一番乗りだ、と秘めた闘志を胸に滾らせビルの最上階へと足を踏み入れた《いたずら師》は、《知識師》の後ろ姿に眼を止め意気消沈した。
「・・・おはよーすっ」
 だが、振り返った《知識師》は、ふむふむと口の中で呟きながらこう返した。
「お主が《いたずら師》ぢゃな?」
「・・・お主?・・・ぢゃな?」
 困惑した様子の《いたずら師》に対して、《知識師》は更に続けた。
「よし、都こんぶをやろう」
 《いたずら師》が細長い赤い箱を手にしたまま立ち尽くしている間に、《装飾師》と《傍観者》が部屋に入って来た。
「お早うございます。先に来てたんですね、《知識師》は」
「おお、《装飾師》ぢゃな!よしよし、ソースせんべいをやろう」
 顔中に?マークを浮かび上がらせた《装飾師》を尻目に、今度は《知識師》は《傍観者》に向き合った。
「この黒っこいのは正しく《傍観者》ぢゃ!」
「ぢゃ?」
「《傍観者》には、よっちゃんイカをやろう」
「???」
 きつねに摘ままれた様な感が有る《いたずら師》と《装飾師》、それに《傍観者》は部屋の隅に移動するとひそひそ話を始めた。

「今日の《知識師》、少し変ですよね」
「ぢゃ、とか言ってるし」
「何か悪い物でも食べたのかな?」
「鈴カステラの食い過ぎとか」
「いや、ぽたぽた焼かも」
「それよりも、この駄菓子どうします?」
「お昼に食べようよ」
 誰がどの会話文を口にしたかは特に記さないので、それぞれ好き勝手な顔を思い浮かべて欲しい。
 そんな内緒話は聞こえて無いのか、澄ました表情で《知識師》は物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していた。

 お昼時になると、さあ、四代目大臣へ行くのぢゃ、と言いながら《知識師》は率先して部屋を出て行った。
 後に続いた《いたずら師》達の前を《知識師》が迷う事無く歩いて行く。
 これまた迷う事無く彼の定番の肉じゃが弁当を手にした《知識師》を見て、誰かがぽつりと呟いた。
「いつもの《知識師》に戻ったみたい」

 各々弁当を掲げて会社へ戻って来た時も、誰よりも早く電子レンジに足を向けた《知識師》の振る舞いに、
「やはりいつもの《知識師》ですよ」
と《いたずら師》が納得した様に頷いた。
 《傍観者》も《いたずら師》に同調しそうになったが、古びた電子レンジを愛おしそうに撫でる《知識師》を見るに連れ、そこはかとなく湧き上がってくる違和感を払拭する事は出来なかった。





 弁当を食べ終わった《知識師》が数種類の内服薬を取り出したのに気付いた《装飾師》が疑問を口にした。
「あれ?いつも薬なんか飲んでいましたっけ?」
「わしは毎食後飲んでおるんぢゃ」
 わし、と言う言葉が《装飾師》の耳目に飛び込み、やがて《いたずら師》と《傍観者》をも呑み込み迷宮へと誘って行った。

 疑問が渦巻く部屋の中にも余所と平等に人工太陽はその輝きを減じ、今日の業務は終了となった。
「さらばぢゃ、皆の者」
 そう言い残して去って行く《知識師》の背中を見ながら《いたずら師》がこう言った。
「付けて見ましょうよ」
 即座に賛同した《装飾師》と《傍観者》を加え、ここ渋の谷の街に即席の調査員が三名誕生した。





 姿勢正しく、ゆったりとした歩調で進む《知識師》の後ろに、やや間を開けてぎこちなさの勝る怪しげな影が連なった。
 やがて会社から程近い立体駐車場へ入って行った《知識師》は、レトロなフォルムの自動車に乗って出て来ると颯爽と走り去って行ってしまった。
 斯して誕生したばかりの調査員達はその任を解かれ、一般市民に戻った《いたずら師》がこう言った。
「《知識師》って、車で会社へ来てるんでしたっけ?」
「聞いた事無いですね」
 受け答えた《装飾師》も得心がいかない様子で首を捻る。

 暫くその場に立ち止まり《知識師》が走り去って行った方角を見詰めていた彼等は、誰からともなく、帰りましょうか、と言い合い袂を分けた。
 何か釈然としない、魚の小骨が喉に引っ掛かったままの様な僅かな感情の乱れみたいな物が、《いたずら師》を筆頭に《装飾師》、《傍観者》の胸中を揺さぶり続けていた。

2011年6月26日日曜日

「続・傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第一章 今更ながらに

 夜の帳が辺りを包み込み、か細く聞こえる虫の声に微かに響く小川の水音が心落ち着くハーモニーを醸し出している。
 そんな中、小さな橋の下の小さな椅子の上で目覚めた《傍観者》は、精一杯伸びをして顔を洗い出した。
 彼がこの物語の主人公である。
 この世界、つまり彼の地においてはまだまだ初心者であり、日々研鑽を積み重ねている最中である。
 
 《傍観者》とほぼ同時に眼を覚ましたピノコが小さく鳴いた。
「ニィ」
「お早う、ピノコ」
 ミルクを用意した《傍観者》は、それを美味しそうに舐め始めたピノコを眼を細めて見守った。
 ピノコは雨の日に《傍観者》の家へ現れた同居人、いや同居ネコで有る。




 長い尻尾を使って一頻りピノコと遊んだ《傍観者》は《いたずら師》の家へ向かった。
 広々としたお屋敷の豪華なドアを開けて中を覗き込んだ《傍観者》は、
「居ないや」
と呟き、ピノコを促し今度は《知識師》の家に伺う事にした。

 一段と広々としたお屋敷の立派なドアを開けた《傍観者》とピノコを、部屋の中から溢れんばかりの喧騒が包み込んだ。
「やあ、いらっしゃい」
 疲れの滲み出た顔付きの《知識師》が出迎えた。
 その周りを疲れの元凶である三匹の腕白たぬりん達と、《いたずら師》がぐるぐると走り回っていた。

「《知識師》は膨大な知識を所有して居て、新たな知識を吸収する事に無上の喜びを感じて居るんだ。たぬりん達はそんな彼の同居たぬきだよ」
「?」
「《いたずら師》は此処彼の地の王様と公言している様に古くからこの世界に住み着いて、毎日闊歩してるんだ」
「・・・さっきから《傍観者》は誰に向かって話してるの?」
 不思議そうに尋ねた《知識師》に少し赤面した《傍観者》が答えた。
「いや・・・、独り言だよ」
 
「早くしないとカジノの大会に遅れるぞ」
 黒い羽を羽ばたかせどたばたと駆けずり回っていた《いたずら師》がそう叫んだ。
「カジノの大会へ行って来るから、また今度ね」
 茶色い羽を一振りしながらそう言った《知識師》は《いたずら師》と一緒に出掛けて行った。


 


 大金持ちだけが参加するのを許されたその大会には、途轍もなく貧乏な《傍観者》はお呼びで無いのである。
 留守番役のたぬりん達と追っかけっこをして遊んで居たピノコをやっとの事で引き剥がした《傍観者》は、次は《装飾師》の家を訪ねる事にした。

 《装飾師》の簡素な家の普通のドアを開けた《傍観者》は、
「居ないか」
と独り言ちた。
 物珍しそうに部屋の中を歩き回るピノコを見ながら《傍観者》は誰に聞かせると言うのか、《装飾師》に付いての説明を始めた。

「《装飾師》は此の地での仕事が忙しくて彼の地では滅多に会えないんだ」
 ツチノコ並みにね、と云い添えた《傍観者》だが、一度も有った事が無い物と比べるのは酷である。せめて惑星直列位にして置いてあげれば良いのに・・・。

 最後の行き先として《傍観者》は彼の地の番人の所に狙いを定めた。
 森の中へ足を踏み入れた《傍観者》とピノコの前にふわふわと漂いながら彼の地の番人が現れた。
「アメくれよ~」
「これがアメの番人さんだよ、ピノコ」
 アメを番人に渡しながらピノコにそう言った《傍観者》に、
「嘘を教えたらだめぞよ、アメじゃなくて彼の地の番人ぞよ」
と抗議の声が上がった。

「彼の地の番人はこの世界が出来た時から此処に居て、アメを渡すと色々な物をくれるんだ。殆ど椅子だけどね」
 《傍観者》の言葉が横に居るピノコにでは無く、誰か他の人へ向けられて居る様に感じた番人は、
小さな椅子を取り出しながら、
「誰に言っているぞよ?」
と疑問を呈して見た。
「だっ誰でも無いよ」
 慌てふためいた《傍観者》は番人にそそくさと暇を告げた。

 小さな橋の下へ戻って来た《傍観者》は、
「これで主な登場人物の紹介は終わったね」
と言いながら、ピノコと遊び始めた。
 
 以前に記載した登場人物の紹介を、何故また行うのかと首を捻っているあなた・・・、タイトルの頭に『続』と言う文字が付いて居るのに気が付いたかな?
 この言葉が表す意味の様に内容は以前の話の続きである。
 じゃあ『続』の一文字を付けた意義は何かと言うと、それは・・・秘密である。
 この様な些細な事には頓着しないで読み進めて頂けたらと《傍観者》達も願って居る事であろう。

 こんな野暮な文章を書き連ねて居る間に《傍観者》とピノコは寝入ってしまった様である。
 《傍観者》は小さな椅子の上で、ピノコはその横の小さな箱の中で、それぞれ丸まった黒い塊と白い塊は規則正しい寝息を立てて居た。

2011年6月21日火曜日

「渋の谷への扉」

第13章 知識師に聞け!

「お早うございます」
「おはよーすっ」
 朝の挨拶が最上階のフロアに響き渡る。
 最初に椅子の高さを戻し終えた《装飾師》が済まなそうに《知識師》に言った。
「先日は次の仕事場での仕事が押し迫っていて・・・」
 居残りをしてスライドの訂正をした《知識師》を手伝えなかった事への謝罪である。
 椅子の高さを調節しながら《知識師》がにこやかに答えた。
「全然気にしてませんよ、自分で遣りたかっただけですから」
 夕方からも忙しい《装飾師》の状況を良く熟知している《知識師》の、相手の負担を少しでも軽減したいと言う心遣いがこう言う場面に垣間見える。
 そんな遣り取りを聞きながら自分の椅子を直していた《傍観者》はこんな事を考えていた。
(もし椅子の高さを直さなかったら《いたずら師》は次はそれを一番低くするのかな?)


                       ??    ??


 発表会を終えたばかりでのんびりとした空気が流れる中、《いたずら師》が小首を傾げながら発言した。
「右側のエレベーターって変じゃないですか?」
「変?ああ、そう言えばそうですね」
 相槌を打った《装飾師》に《いたずら師》が続けた。
「今朝もブザーが鳴ったし」
 向かって右側のエレベーターは定員の2/3が乗り込むと重量オーバーのブザーが鳴り稼働しなく成ってしまう。勿論、他のエレベーターはそんな事は無い。
「壊れているんですかね」
 そう言いながら《装飾師》が《知識師》の顔を見た。
 釣られて《いたずら師》も《知識師》の顔を見た。
 《傍観者》もそれに倣った時、皆の視線が自分に集中した事に気付いた《知識師》は、
「ええと、それは・・・」
と言い淀み、遠くを見詰める目付きになった。
 『疑問に思ったら《知識師》に聞け!』をスローガンにしている一同は、期待を込めて解答が提示されるのを待った。
「確か、改訂前の裏社訓の捕捉にそれに関する記述が有った様な・・・」
 幾ら《知識師》でも森羅万象全ての物事に精通している訳では無い、がしかし、大抵の質問に答える事が出来るのが《知識師》の知識師たる所以である。

「思い出しましたよ!」
 膨大な知識の抽斗から求める物を探し出した《知識師》が喜びに満ちた声を上げた。
「何でも昔、無理やり定員以上乗ろうとしてエレベーターが壊れた事が有ったそうです」
「昔ってどの位前?」
 《いたずら師》が呈した疑問点に《知識師》が自信無さそうに答えた。
「んー?百年位前だと思う。今のとは違って前時代的なタイプのエレベーターだったろうし」
 黙って聞いていた《傍観者》が口を挿む。
「古いタイプってやたらとスピードが遅くて、ボタンで操作して居たんだっけ?」
「そうです、故障も多々発生して居たみたいですし。今のエレベーターには複数の修復プログラムが組み込まれて居るのでそんな事は無いですけどね」
 皆の注目を集めながら《知識師》は話を続けた。
「当時の事故を戒めにして同じ過ちを繰り返さない様に、右側の物だけ定員数に満たない状態でもブザーが鳴る様に設定して有るそうです」
 誰からともなく、おーっと言う声が上がり、その歓声の中心に居た《知識師》は面映ゆそうに両の眼を瞬かせた。

 午前中の業務をこなし、四代目大臣の弁当を買って帰って来た一同は机の上に置かれたお菓子に眼を止めた。





「またお菓子が置いて有りますね」
「紫のバラの人・・・」
 《装飾師》の発した声に《傍観者》の声が被さる。
「この間もそう言ってましたけど、誰です?」
「紫のバラの人とは・・・」
 訥々とした調子で《傍観者》の口から言葉が紡ぎ出されて行った。
「有る少女の事を陰ながら見守り、時には援助の手を差し伸べてくれる人だよ」
「ほー」
 《知識師》が奇妙な合いの手を入れた。
「それでその正体は?」
 せっかちに投げ掛けられた《装飾師》の問いに《傍観者》が厳かに答えた。
「その正体は・・・誰も知らない」
 拍子抜けした感の有る《装飾師》と《知識師》を横にして、《いたずら師》が変な節を付けて歌い出した。
「む~らさきの~バラの人~♪」

 渋の谷の街を弱まった人工太陽の日差しが柔らかく包み込み、本日の業務が恙無く終了となった。
 地上階へと降り、ビルの前の歩道で向き合い別れの挨拶を交わし合うと、まず《装飾師》が次の仕事場へと向かった。
 《いたずら師》と《知識師》も自分の家へと歩み去り、《傍観者》も素早くヒゲを付け替えると歩き始めた。
 午前中に《いたずら師》が口にした紫のバラの人のフレーズを口遊んでみた《傍観者》は、急に恥ずかしくなり殊更真面目な表情を取り繕うと道を行き交う人々の足の間へと消えて行った。

2011年6月19日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅻ章 ある雨の日に・・・ (後)

 森に到着した《傍観者》は、彼の地の番人が現れないので、おかしいなと思いながら更に奥へと歩を進めてみた。
 雨だと言うのに人々が寛いでいる公園を通り過ぎると、辺りは段々人気が無くなり裏寂しい風景へと変容していった。
「・・・・・・」
 言葉を失ったかの様に黙りこくった《傍観者》がそろりそろりと前進して行くと、やがて前方に彼の地の番人の姿がぼんやりと見えて来た。
「こんな森の奥に居たんだ」
 《傍観者》が声を掛けると彼の地の番人は、
「アメは好きだけど雨は苦手ぞよ、しかし此処まで来るとは流石、黒い生き物ぞよ」
と返した。
「相談に乗って欲しいんだけど・・・」
と言う《傍観者》の問いに彼の地の番人は常套句を掲げた。
「アメくれよ~」
 彼の地の番人にアメを渡した《傍観者》は、相談事の前に周囲を見回すとこんな質問をした。
「此処が番人さんの住処なんだね」
 小さな椅子を取り出しながら彼の地の番人は、鹿爪らしい口調で囁いた。
「他の人には秘密ぞよ」
「番人さんて・・・お化けだよね?」
「お化け?全然似ても似付かないぞよ」





「・・・そうそう、相談事なんだけど」
「わしの知らない事はないぞよ」
「ネコが・・・」
「眼の前に居るぞよ」
「?・・・此処には居ないよ」
 不思議そうな顔付きの《傍観者》と不可思議な表情を浮かべた番人が互いに見詰め合った。

「うちに子ネコが迷い込んで来たんだけど、如何したら良いかな?」
「飼ってやれば良いぞよ」
「ちゃんと飼えるかな?」
 自信無さげな《傍観者》がそう問い返すと、彼の地の番人は帽子の鍔から雨の滴を滴らせながら提言した。
「ミルクを定期的に与えて、良く遊んであげれば大丈夫ぞよ」
「そっか・・・」
 まだ迷っていた《傍観者》の背中を番人の次の言葉が後押しした。
「それに段々芸も覚えて行くぞよ」
「そっか❤じゃあ飼う事にするよ。ありがとう、番人のおじさん」
「失礼ぞよ、わしはまだお兄さんぞよ」
 見た目からは全く年齢が推測できない彼の地の番人は、やんわりと苦言を呈した。
「へえー、そうなんだ。分かったよ、おじさんみたいなお兄さん」
「それはもっと失礼ぞよ~ぞよ~ぞよ~」
 彼の地の番人の言葉尻が空しく木霊を繰り返した時には《傍観者》の姿は消えていた。

 小さな橋の下へ戻って来た《傍観者》の気配に気付いたのか、小さな箱の中で眠っていた子ネコが眼を開けた。
 箱の外へ出て来た子ネコは《傍観者》を見上げて消え入りそうな鳴き声を上げた。
「ニィ・・・」
「ただいま」
 ミルクに満たされた皿を用意した《傍観者》は、それを子ネコの前に置いてやり、そっと告げた。
「此処にずっと居ると良いよ、一緒に住もうよ」
「ニィ・・・」
 先程と同じ鳴き声を発した子ネコであったが、《傍観者》には嬉しさが滲み出たそれに聞こえた。





 美味しそうにミルクを舐め始めた子ネコを前にして《傍観者》は一人呟いた。
「名前を付けてあげなくちゃ」
 束の間逡巡した《傍観者》の頭の中に、ある名前が浮かんだ。
「女の子みたいだから、・・・ピノコしよう!」

 満腹になったピノコは《傍観者》の長い尻尾に戯れ付き始めた。
 やがて遊び疲れたピノコを小さな箱の中に寝かし付けた《傍観者》は、寝心地が良さそうな椅子を選ぶとその上に丸くなり今日有った出来事を思い返していた。
 そして、すやすやと眠るピノコの顔を一瞥すると、安心したのか深い眠りへと落ちて行った。

2011年6月14日火曜日

「渋の谷への扉」

第12章 いつもと違う日常 (後)

 本日はプレゼン発表の日である。
 灰色に淀んだ渦巻く様な雲が辺り一面に立ち込め、強風が道行く人々の足並みを乱している、という事も無く半球型のドームに覆われた渋の谷の街はいつもと変わりない穏やかな朝を迎えた。
 《いたずら師》が恒例となったいたずら、つまり朝一番の仕事を滞りなく済まし、《知識師》達が自分の椅子の高さを調整し終えたとこ迄は見慣れた日常の一コマであった。
 
 ざわついていた部屋に部長が入って来ると、辺りは潮が引く様に静けさを取り戻した。
「お早う御座います。では早速プレゼンの発表に移りたいと思います」
 部長の顔に皆の視線が集まる。
「最初は広報部、次が人事部、最後に営業部の発表にします。では、広報部お願いします」
「はい、分かりました」
 《知識師》が答え、《装飾師》と一緒にホワイトスクリーンの横に並んだ。
 幾分緊張した面持ちの《装飾師》が口火を切った。
「広報部ではクラゲのゆらりんをキャラクターに冠し、我が社の事を広く世間にアピールしたいと思います」



ゆらりん


 スクリーンに映し出されたクラゲのキャラクターは、《知識師》が曾爺さんのパソコンで作成した物に相違無いであろう。
 Web新聞の体を成したスライドを表示させ、その説明を終えた《装飾師》に代わり、今度は《知識師》がその役を担う。
「ゆらりんの認知度を高める為にクラゲ饅頭を販売します。小袋に分けた物と・・・」
 人前で話す事を得意とする《知識師》は、アドリブも交えながら数時間話し続け広報部のプレゼンが終了した。
「後で纏めて批評しますので人事部の発表に移って下さい」
 部長の言を受けて《傍観者》が席を離れ衆目の前にその身を晒した。
「優秀な人材を確保するために、人事部としましては・・・」
 《傍観者》が無い知恵を絞って考えた文言を並べていると、誰かが小さく、あっと声を上げた。
 全身全霊を込めて発表に集中していた《傍観者》は気が付かなかったが、スライドの端に小さな黒い生き物が映り込んで居たのである。
 ちょこまかと現れては消える黒い生き物に皆は注意を殺がれ、《傍観者》の言葉は空しく中を彷徨い人事部のプレゼンが終了した。

 午前中の発表は此処までとしてお昼御飯の時間になった。
 発表を終えた《知識師》達は満腹感を漂わせ食後の時間を満喫していたが、《いたずら師》だけはアメンボパグを起動し通常業務を熟していたのは正に仕事の鬼としか言い様がない。

 食事休憩が済み営業部のプレゼン発表の為に《いたずら師》が腰を上げた。
「営業部では新薬を販売します。その名も『イキカエール』です」
 摩訶不思議な楽曲が流れる中、《いたずら師》が続けた。
「生き返りの為の成分を調合したこの薬に各界からも絶賛の声が上がります、何故なら・・・」
 思わせ振りにたっぷりと間を取った《いたずら師》は、部屋を見回し高らかに告げた。
「一本たったのツーコインで購入出来るからです!」
 そして《いたずら師》は自作の成分表や塩基配列の図を表示させ、更にそれを懇切丁寧に解説し営業部のプレゼンを終了した。

「では寸評から始めます、広報部は固有名詞の誤記が眼に着きました。最悪の場合、これだけで取引が御破算に成る事も有るので気を付けて下さい」
 《知識師》が、しまったと叫び、《装飾師》は小首を傾げた。
「営業部はその値段で利益を捻出する事が可能なのか、また一番の問題は現時点では生き返りの為の薬品が発明されていない事ですね」
 《いたずら師》の顔が凍り付いた。
「人事部は・・・内容は兎も角、変な物が映り込んで居る事に気が付かなかったのですか?」
 何も気付いていなかった《傍観者》は部長の言葉にきょとんとした顔付きで答えるだけであった。

「これから更に細かく指摘して行きます」
 そう言い放った部長はきらりと光らせた眼鏡越しに辺りを睥睨すると、次々と口上を垂れた。
 気温が急激に下がった部屋の中で、《知識師》達は首を縮こまらせて拝聴していた。
 皆、部長が自分達の事を思って厳しい言辞を述べている事が分かっていたので、そのの言葉を有難く頂戴した。

「・・・最後に、参考資料を挿入する時にはその出典先を記する様にして下さい」
 長かった部長という名の嵐が通り過ぎ、ほっと一安心した《知識師》達に裁定の声が投げ掛けられた。
「今回はプレゼンとは関係の無い変な物が映り込んでいた人事部に、罰としてこの部屋の大掃除を命じます」

 そこはかと無く倦怠感が漂い出し、高度を下げた人工の日差しが窓から垣間見られる様になり今日の業務が終了となった。 





「お疲れ様っす」
 過ぎ去った事はあまりくよくよ悩まない《いたずら師》が元気良く帰って行った。
「お疲れ様です」
 次の仕事場へと気持ちを切り替えた《装飾師》が忙しそうにその後に続いた。
 《知識師》は昼間部長に指摘された箇所を訂正すべく、既に居残りの態勢に入っていた。
 何処から掃除を始めるか考え込んでいた《傍観者》は、《いたずら師》の椅子に眼を止めるとそっと近付いて行った。
 何気無い顔をしてその椅子の高さを一番上まで上げた《傍観者》は、本格的に掃除に取り掛かる為に気を入れ直した。
 掃除に身が入り興が乗って来た《傍観者》は《知識師》の靴まで磨いてあげたが、パワフルポイントのスライドの訂正に没頭していた《知識師》はそれに気付いた様子も無かった。
 この日、ビルの最上階の窓辺には夜遅くまで明かりが灯っていた。

2011年6月12日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅻ章 ある雨の日に・・・ (前)

 少し肌寒さを覚えながら小さな橋の下の小さな箱の中で目覚めた《傍観者》は、いつもと違う周辺の景色に気が付き茫然とした。
(雨が降っている・・・)
 曇天の闇夜から盛んにしとどに雨が降りそぼっている。
(彼の地でも雨が降る事が有るんだ・・・)
 初めて目にする異邦の地での雨模様に《傍観者》は時を忘れ、水煙に霞む草叢を、そして水量が増えた小さな川の水面を飽きる事無く眺め続けていた。
 ふと、何者かの気配を感じ取り振り返った《傍観者》は、橋桁の後ろに半身を隠す様に佇む小さな白い影を見咎めた。
「あっ!子ネコ・・・」
 あどけなさの残る顔付きに円らな瞳が印象的な小さな小さなネコが、《傍観者》の事をじっと見詰めていた。








 何故か狼狽してしまった《傍観者》は如何して良いか分からず、その子ネコを見詰め返していたが、やがて意を決して近付いて行った。
「何処から来たの?」
 《傍観者》が発した問いに白い子ネコは短く鳴くだけであった。
「ニィ・・・」
 雨に濡れたのか、子ネコの寒そうに震えている様子に気付いた《傍観者》は、
「そこに居ると濡れちゃうからこっちにおいでよ」
と言い、自分の寝床にしている小さな箱へと導いてあげた。
「今何か食べる物を買って来てあげるよ」
 そう言い残した《傍観者》は、大急ぎでネコカイ牧場へと向かった。
 
 ネコカイ牧場でアメと交換してネコ用のミルクを手に入れた《傍観者》は、小さな橋の下へ帰って来て小さな箱を覗き込み、子ネコの姿を確認すると安堵に胸を撫で下ろした。
「良かった、未だ居た!」
 《傍観者》がミルクの皿を差し出すと、子ネコは余程お腹が空いていたのか、貪り付く様にそれを飲み干した。
 お代わりしたミルクを今度はゆっくりとぴちゃぴちゃと舐め終えた子ネコは、安心したのか小さな箱の中で丸くなると寝息を立て始めた。
(さて、如何したものか・・・)
 自分だけで考えて居ても埒が明かないので、《傍観者》は《いたずら師》に意見を尋ねてみる事にした。

 《傍観者》が重厚なドアを開けて部屋の中に入ると、どたどたと走り回っていた《いたずら師》が振り向いてこう言った。
「俺様はこれから雨パーティーに出掛けるから忙しいのだ」
「子ネコが・・・」
 《傍観者》が言い切らない内に《いたずら師》が続けた。
「雨だからアメオス(アディオス)」
 掻き消す様に姿を消して行く《いたずら師》を見守っていた《傍観者》は、外に出ると雨空を見上げた。
 関心の無い出来事には全く興味を示さないと言う《いたずら師》の性質を熟知していた《傍観者》にとっては予想通りの展開だったので、その口元に思わず苦笑いが浮かんだ程であった。
(《知識師》にも尋ねてみよう)
と次の行き先に照準を定めた《傍観者》は雨の中へ飛び出した。






 外にまで騒がしさが伝わるその家の立派なドアを開けた《傍観者》を、所狭しと駆けずり回るたぬき達とてんてこ舞い状態の《知識師》が出迎えた。
 色々な物が散らかった部屋の状態と一時もじっとして居ない腕白たぬりん達を交互に眺めていた《傍観者》は、
(これは話を聞いてもらうどころじゃないな)
と思い、次は久しぶりに《装飾師》の家を訪ねる事にした。

 普通のドアを開けて《装飾師》の家に入った《傍観者》の眼には、椅子とテーブルだけが置かれた誰も居ない部屋が映った。
(やはり居ないか・・・)
 がらんとした人気の無い部屋で簡素な椅子に座り一休みした《傍観者》は、雫を垂らすピンと張ったヒゲを前脚で擦りながら窓枠に切り取られた雨に煙る夜空を眺めた。
 ドアを開けて雨脚の強さに辟易しながら《傍観者》は最後の行き先を決めた。
(ちょっととぼけているけど、彼の地の番人に聞いてみようっと)
 《傍観者》が彼の地の番人の所へ向かった後には閉め忘れたのか、開けっ放しの状態のドアが残っていたが、何処からか一陣の柔らかな風が吹いて来ると音も無くすーと閉まって行った。
 後には間断無く降り続く雨と、それに全ての音を呑み込まれた彼の地の風景だけが残っていた。

2011年6月8日水曜日

「渋の谷への扉」

第12章 いつもと違う日常 (前)

 麗らかな朝の陽光が降り注ぐその日は、《知識師》達が自分の椅子を直した時点までは見慣れた風景だったが、その後がいつもとは違っていた。
 先日、部長が発した言葉が各々の頭蓋の中に飛来する。

「来週、皆さんにプレゼンの発表をして貰います」
 行き成り飛び出した部長の発言に《知識師》が問い返す。
「プレゼンですか?」
「そうです、それぞれ有る仮定の部署の一員になった心算で行って貰います」
 眼を生き生きと輝かせながら《知識師》が続ける。
「有る部署とは、何処ですか?」
「営業部、広報部、人事部です。《いたずら師》と《知識師》はパワフルポイントの資格を持っているんでしたよね」
 部長は二人の顔を見ながら少しの間考え込むと、こう続けた。
「《いたずら師》は営業部として、《知識師》と《装飾師》は広報部として事に当たる事にしましょう」
 プレゼン作業が苦手な《装飾師》を慮ってか、《知識師》と組ませた部長は、それから《傍観者》に眼をやると戸惑いがちに聞いて来た。
「《傍観者》はパワフルポイントの資格を持っていましたっけ?」
 《傍観者》はどぎまぎしながら、小さな声で答えた。
「持っています、もぐりですけど・・・」
「ん?何です、後半良く聞こえなかったですけど、持っているのなら《傍観者》には人事部として取り掛かって貰います」

 そう言う訳で皆、朝から各自プレゼンの下準備に取り掛かっているのである。
「営業部って、営業利益を増やす事が第一目標ですよね」
 珍しく遣る気を表出させた《いたずら師》が《知識師》に問い掛けた。
「そうじゃないかな、広報部は事業内容や活動状況を広く世間に知らしめる事だと思うし、人事部は優秀な人材を確保する事がその意義だと思うよ」
 そう答えた《知識師》は、何やら古めかしいパソコンを足元のバッグの中から取り出すと、
「今のパソコンと互換性が有るか如何か・・・」
と言いながら、秘密めいたソフトを起ち上げた。





「随分昔のパソコンみたいですね、このタイプは記録の中でしか見た事が無いですよ」
 眼を丸くした《装飾師》が驚きを露わにして声を張り上げた。
「実は曾爺さんの物です。こっそり借りて来ちゃいました」
「そんなことして怒られないですか?」
 心配そうな顔付きになった《装飾師》が《知識師》にそう尋ねた。
「んー、ロンドンマラソンに出場する為に渡英しているから大丈夫ですよ」
「曾爺さんがですか?元気過ぎますね」
 《知識師》と《装飾師》のそんな会話を聞きながら《いたずら師》は黙々と営業部のプレゼンの為の資料集めに励んでいた。
 さて、《傍観者》であるが見た目は普段通り、ただ皆を傍観している様に見えたかもしれないが、頭の中では人事部としての最適な謳い文句をあれこれ捻出していたのだった。
 《傍観者》だって遣る時は遣るのである、外見からじゃ判らないけどね。

 お昼御飯を食べた後も、来るプレゼンの発表に向けて皆作業に勤しんでいた。
 《いたずら師》は慣れた手付きでプレゼンで使用するスライドを次々と作成して行った。
 時々アメンボパグを起動させて忙しそうに通常業務もこなしている《いたずら師》の姿勢は、見る物に感動さえ与える程で有ったであろう。
 古いパソコンに向き合っている《知識師》は、描画ソフトで曲線状の物を描いている。
 関連する資料集めに四苦八苦しているのは《装飾師》である。
 《傍観者》は考えている振りをしながら、のんびりとうたた寝をしていた。

 渋の谷の街に緩やかに黄昏が忍び寄って来て今日の業務が終了となった。
 《いたずら師》はそそくさと帰って行き、《装飾師》はお疲れ様です、と言いながら次の仕事場へ向かう為に会社を後にした。
 凝り性の《知識師》は自分の創作物にとことん手を加えるべく、《傍観者》は単に午後さぼり過ぎた為に居残りをする事にした。





 人工の月型衛星が渋の谷を覆うドームの局面を独り占めし始めたのを機に、《知識師》と《傍観者》は帰る事にした。
 これ以上遅い時間になるとビルの全ての出入り口が自動的に閉鎖してしまうからである。
 地上の歩道に降り立った《知識師》は、
「お疲れ様です」
と《傍観者》に言い、曾爺さんのパソコンが収納された重そうなバッグを掲げると、ふらふらした足取りで立ち去って行った。
 その後ろ姿を束の間見守っていた《傍観者》は、自分に反省を促しながらヒゲを付け替えた。
 何を反省していたかって?
 居残りの最中も殆ど寝ていた事である。
 先程の文を訂正しよう。
 《傍観者》は遣る時は遣る、しかし遣っているかと思うとあまり遣っていない。
 そんな如何でも良い情報が齎されている間に《傍観者》の黒い姿は闇の中に溶け込むように消えていた。
 

2011年6月5日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅺ章 知識師の家にいたのは・・・

 《傍観者》が眼を覚ますと、辺りはいつもの様に真夜中だった。
 勢い良く小さな箱から飛び出した《傍観者》は、並べられた椅子を数えながら、
(今日も時間旅行をしようかな)
と寝起きの頭で考え込み始めた。
 細波の様に遠く近く聞こえる虫の声を背にして一人思索していた《傍観者》は、遥か天空に《知識師》の豆粒程の姿態を見咎めた。
 見る見る内に高度を下げた《知識師》は茶色い羽をパタパタ羽ばたかせながら《傍観者》の眼の前に着地した。
「お目覚めのモーニングコーヒーを持って来たよ」
「今、真夜中だよね」
「・・・こほん、言ってみたかっただけだよ」
 少し赤面しながら《知識師》はそう言うと、タイムマシンをちらっと眺めながら会話を続けた。
「時間旅行も良いけど、《傍観者》はこの時代で行ってない処がまだまだ沢山有るんだよね」
「うん、有るよ」
「じゃあ、先にそっちの方へ出掛けた方が良いかもね」
「そっか?そうしようかな」
 流石、《知識師》。《傍観者》にとっての良い指針である。
 納得した《傍観者》は深く頷いた。

「ところで暇だったらうちへ来なよ」
「良いよ」
 ふわっと体を浮かせた《知識師》は、
「見せたい物が有るんだ」
 と言うが早いか、その身を空高く舞い上げ始めたので、《傍観者》は慌てて後を追う事にした。

 立派な佇まいの、同じく立派なドアを開けて中へ入った《傍観者》を茶色い生き物が出迎えた。
「これは・・・タヌキ!」
「そう、三つ子なんだ❤❤❤」
 《傍観者》の発した驚きの声に嬉しそうに《知識師》が答えた。





 腕白そうなタヌキの子供達が所狭しと部屋中を駆け回りだした。
「名前は、たぬりん」
「どれがたぬりん?」
「全部たぬりんだよ」
「へえー、そうなんだ」
 同じ名前だと混乱しないかなと思い、《傍観者》がそう尋ねると、
「大丈夫だよ、いつも一緒に居るから」
と《知識師》は少々的外れな言葉を返し、たぬりんと呼ぶと子だぬき達が彼の傍にやって来てビー玉みたいな瞳で顔を見上げた。
「この間、カジノの大会で二位になって、その賞品として貰ったんだ。この王冠と一緒にね」
 《傍観者》が気付くと《知識師》の頭の上にきらきらと輝く王冠が乗っかっていた。
「二位なんて凄いな、《知識師》は!」
 羨望の眼差しで王冠を凝視しながら《傍観者》が発した言葉を聞いて、《知識師》は嬉しそうに茶色い羽をぱたぱたさせた。

「男の子が二匹で、後一匹は女の子なんだ」
「見分けが付くの?」
 そっくりな姿形の三匹を見ながら《傍観者》が尋ねると、
「勿論だよ、少しづつ顔付きが違うし、一番優しそうなのが女の子だよ」
 だが《傍観者》には三面鏡に映したみたいに寸分違わず同じ顔に見えるたぬき達であった。

「でも、たぬきって何を食べるの?」
「何でも食べるよ、肉でも魚でも木の実や穀物も食べるし」
「雑食なんだね」
「そうだよ、それから公園や森や、人の家にも連れて行けるんだ」
「人の家にも!」
「《傍観者》の家にも今度連れて行くからね」
 それを聞いてすっかりご機嫌な様子の《傍観者》は、たぬりん達と追っかけっこを始めた。
 喜び勇んで走り回る《傍観者》と子だぬき達を思慮深い眼差しで見守りながら、《知識師》は頭上の王冠を手に取ると飾り台の上に大事そうにそっと置いた。

 

           


 腕白たぬりん達と遊び疲れた《傍観者》は、《知識師》の家を辞した後、彼の地の番人の処へと向かった。
「アメくれよ~」
「はい、今日も椅子でしょ」
「そんなに椅子が欲しいなら、椅子にするぞよ」
 彼の地の番人が取り出したのは前のより少し大きいけれど、やはり椅子だった。
「ねえ、《知識師》がたぬきを飼い始めたの知ってる?」
「わしはこの世界が誕生した時から彼の地の番人ぞよ、知らない事は無いぞよ」
 胸を張って答える番人に《傍観者》は次の質問をした。
「じゃあ、どれが男の子でどれが女の子か判る?」
「急におなかが空いて来たぞよ~」
 眼を逸らした彼の地の番人は慌てふためいたかの様に急いで森の奥へと帰って行ってしまった。

 小さな橋の下へと戻って来た《傍観者》は小さな箱の中で丸くなると、
(やっぱりペット欲しいな・・・)
と未だ見ぬペットに思いを馳せていたが、近日中にそれが現実の事になるとは思いも寄らない事であった。