暗闇の中に金色の双眸がぱっと花開いたかと思うと、静かに覚醒した《傍観者》は尖った耳を持つ黒い頭を擡げた。
小さな黄色い車体を視界の中に確認し、古代エジプト王朝への冒険を思い起こした《傍観者》はにんまりと笑みを浮かべた。
小さな箱の中から飛び出し、その愛しい黄色い車体を熱い視線で眺めていた《傍観者》は二重に連なる羽音を聞き咎め、天空に眼を向けた。
空に浮かぶ黄金色の月輪をバックに黒いシルエットが二つ、相前後しながら《傍観者》の眼の前に舞い降りて来た。
「なんだ、随分みすぼらしいタイムマシンだな」
「とうとう手に入れたんだ、いいなー」
《いたずら師》はいつもの口調で、《知識師》は素直に感嘆の意を口の端に掲げた。
「あれ?タイムマシンの事、誰から聞いたの?」
「こう言う事は何処からともなく耳に入って来るものなんだよ」
不思議そうな表情を浮かべた《傍観者》に《知識師》が答えた。
「俺様が以前に作らせた豪華絢爛な特注品に比べれば・・・」
《いたずら師》は頭の上に何かもやもやした物を出現させ、黄色い車体の周りをどたどたと走り始めた。
「《知識師》に貸してあげるよ」
聞けば、《知識師》はタイムマシンを持っていない、と言うので《傍観者》がそう提案したが、これには残念そうな響きを伴った言葉が返って来た。
「タイムマシンは持ち主しか乗れないんだ・・・」
幾分肩を落とし気味の《知識師》ともやもやした物を浮かべたままの《いたずら師》は、黄色い車体の上空で何回か旋回すると、あっという間に天空高く舞い上がりその姿を消した。
「さて、今度はどの時代へ行こうかな」
タイムマシンに乗り込んだ《傍観者》は束の間逡巡し、石器時代に目盛りを合わせると始動スイッチを押した。
瞬きを一回するかしないかの短い時間の後に石器時代へと到着した《傍観者》は、近くに村落を見付けそちらへと歩いて行った。
岩山の裾野付近に位置するその村落には大勢の時間旅行者が垣間見られ、集団の中心には石器時代の人々のの姿が散見された。
何の動物の物か、皮の腰巻だけを纏った少年に近付いて行くと、石槍や石斧、石で出来たテーブルなどを売っていた。
一際人々が群れている輪の中心には、トリケラトプスの頭骨の頭飾りを被り動物の骨で作られた装飾品を体中に纏った、如何にも族長然とした男が奇妙な踊りを舞っていた。
「あの噴火の舞を何人かで踊ると何かが起こるんだって」
風に乗って流れて来たそんな言葉を耳にしたのか、見様見真似で噴火の舞を踊る人々が出て来た。
やがて地面が細かく揺れ出し、遠景に雄大に聳え立つ山が真っ赤な火柱を高々と噴出した。
(流石、噴火の舞だな)
お祭り騒ぎの只中、地面と一緒に揺られながら《傍観者》は頭の中で呑気に感想を述べていたが、そうして居られるのも今だけであった。
噴火の舞を踊る人の数が更に増えると、先程の噴火の時とは違う振動が地面を伝わって来た。
ずしんっ、ずしんっ・・・。ずしんっ、ずしんっ・・・。
大地を揺るがす足音を響かせながら生い茂る樹木を掻き分けて現れたのはティラノザウルスみたいな大型の恐竜だった。
「出たーっ!」
「恐竜だー!」
逃げ惑う人、勇敢にも恐竜に立ち向かおうとする人、為す術も無く地面の上下動に翻弄されたまま立ち尽くす人、辺りは阿鼻叫喚の世界へとその姿を変えた。
《傍観者》は恐竜が向かう先とは少しずれた場所に居たので、激震する地面に必死にしがみ付きながらその小山の様な姿態を心行くまで眺める事が出来た。
(うわー、大きいな!頭の上に乗ったら見晴らし良さそう)
ずしんっ、ずしんっ、と歩を進めた恐竜は、村落の中心で一旦立ち止まると、
「ぎゃおーーーっ」
と耳を劈く様な叫び声を発し、地上に張り付く小さな人間達には一切関心を示さず太古の樹木の奥へと帰って行った。
(ふぅー)
短い吐息を漏らした《傍観者》同様に、落ち着きを取り戻した人々が三々五々村落の中心付近に集まって来た。
「石器時代はこうでなくっちゃね」
誰に聞かせるでも無くそう呟いた《傍観者》は、現代に帰るべく太古の時代に別れを告げる事にした。
小さな橋の下に戻って来た《傍観者》は、タイムマシンのお礼も兼ねて彼の地の番人を尋ねる事にした。
「アメくれよ~」
彼の地の番人にアメを渡しながら《傍観者》は古代エジプト王朝や石器時代への時間旅行の話をした。
「凄く楽しかったんだよ、番人さん、ありがとう」
「それは良かったぞよ、今日のはもっと良い物ぞよ」
そう言った彼の地の番人が取り出したのは小さな椅子だった。
「・・・普通の椅子だよね?」
「そうぞよ、普通の普通の椅子ぞよ」
《傍観者》に発言する隙を与えずに彼の地の番人は、森の奥へとふわふわと引き返して行った。
小さな箱の横に持ち帰った来た小さな椅子を並べた《傍観者》は、石器時代で遭遇した巨大な恐竜を回想しながら丸めた体に長い尻尾を巻き付けた。
夢と現の狭間で《傍観者》は恐竜の頭の上に乗っかり、その見事なまでの眺望を楽しんだ。
実際にそんな状況になったら振動が激しくてしがみ付くだけで精一杯だと思うが、夢想の世界ではそんな事は無く、《傍観者》は安穏な空中散歩を十全に堪能せしめた事であろう。
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