薄ぼんやりとした月明かりの下、藍色の陰影に包まれた小さな橋の下で目覚めた《傍観者》は、両前脚から尖った爪を目一杯突出させて伸びをした。
何処へ行けば良いのか一頻り思い悩んだ末に《傍観者》は、彼の地の番人に聞きに行く事にした。
森の奥へと分け入って行くとふわふわと優雅に漂いながら彼の地の番人が現れたので、《傍観者》は悩み事を尋ねてみた。
「何処へ行けば良いのか分からないんだけど、如何したら良いかな?」
「その前にアメくれよ~」
《傍観者》がアメを二十個渡すと彼の地の番人は美味しそうにそれを舐めながらこう言った。
「分からなかったら何処かへ行けば良いぞよ」
「それが答え?アメ損しちゃったかな」
「今のは単なる助言ぞよ。貰ったアメの分は他にあるぞよ」
彼の地の番人はそう言うと小さな小さな自動車を取り出した。
「うわぁー、車くれるの?」
「車じゃなくてタイムマシンぞよ、出血大サービスぞよ」
「タイムマシン?」
「そうぞよ、地面は走れないが代わりに時空を走れるぞよ」
「・・・デロリアン?」
「・・・何の事かさっぱり分からないぞよ~」
急に小声になった彼の地の番人の事など気にも留めないで《傍観者》は、小さな小さなタイムマシンの周りを嬉しそうにくるくると走り回った。
「ありがとう、番人さん。早速乗って帰るね」
「地面は走れないと言ったぞよ」
「じゃあどうやって持って帰れば良いの?」
「出血大サービスで家まで届けてやるぞよ」
「さっきから出血出血って何処か怪我してるの?」
「・・・・・・」
ちぐはぐな会話を交わした後、彼の地の番人に別れを告げ《傍観者》が家に帰って来ると、既に小さな橋の下にタイムマシンが届けられていた。
(流石、彼の地の番人だね)
ますます嬉しくなった《傍観者》はすぐに出掛けたくなり、いそいそとタイムマシンに乗り込んでみた。
「先ずは・・・古代エジプトへ行ってみようっと」
《傍観者》が目盛りを古代エジプトに合わせ始動スイッチを押すと窓の外が一瞬暗闇に包まれ、次の瞬間にはもう目的地へと到着していた。
「もう着いた、早いなぁ」
眼の前に聳え立つ石造りの豪壮な宮殿をたっぷりと眺めた後、《傍観者》は中へと入って行った。
女王の間まで辿り着いた《傍観者》は、
(旅行者だらけだ)
と驚きを露わにし、その只中に自らも混じり合って行った。
どっしりとした柱や壁、高々とした天井に囲まれたその部屋の上座には、様々な宝石が鏤められた玉座に悠然と座る女王と、大きな羽団扇をゆらゆらと揺らす侍女達の姿が見受けられた。
エジプト王族のかつらを被り、コブラの頭飾りを着け艶然と微笑む女王の高貴な座位に《傍観者》は少し気後れをし、遠くから眺めるだけに留めて置いた。
部屋の隅に宝物庫と書かれた通路を見つけた《傍観者》はわくわくとしながらそちらへ行ってみる事にした。
薄暗い通路を真直ぐ進んでいくと宝物庫の扉が現れ、そこには『問いが解けない者は入室する事無かれ』と書いてあった。
良く見ると宝物庫の扉は8パズルになっており、これは3×3のボードの上で8枚の駒を動かして目的の形を完成させる、という代物である。
何回か失敗した後、漸くパズルを完成させた《傍観者》は宝物庫の中へ脚を踏み入れた瞬間、はっと息を飲み、そして意識が飛んだ。
そこは黄金で作られた王冠や杖、スカラベを模した置物、あるいは見た事も無い様な大きな宝石達が織り成す光と光の饗宴の間であり、真に《傍観者》にして見たら、眼の毒以外の何物でも無かった。
(流石、古代エジプト王朝の宝物庫だけの事はあるな・・・)
暫く静かな時が過ぎ、やっと正気を取り戻した《傍観者》はそんな事を思いながら豪壮な宮殿から外へ出て来た。
すると、古代エジプトの民族衣装を身に付けた女の子が《傍観者》に近付いて来てこう言った。
「神様に捧げる踊りを教えてあげる」
「わーい、ありがとう」
腰を艶めかしく動かし、首を左右にカクカク動かす異国情緒たっぷりのその舞いを、《傍観者》は程なくして完璧に覚える事が出来た。
こうして最後に神様に捧げる踊りをマスターした《傍観者》の古代エジプトへの旅路は全行程終了となった。
タイムマシンに乗り自分の家に戻って来た《傍観者》は、またまたへとへとに疲れていたのでさっさと寝る体制に入った。
《傍観者》の今夜の夢は、光り輝く宝物庫の中で神様に捧げる踊りを舞い続けるという内容であり、頭の中の踊りに連動して右に左に動く長い尻尾はいつまでもその動きを止める事が無かった。
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