2011年7月26日火曜日

「渋の谷への扉」

第18章 ある舞台の裏側

 前時代的な電子レンジの前に三つの影が人知れず集まった。




           
               うーん?

●×△?○■・・・
 



「まだマウスの調子が悪いらしいですよ」
 辺りを憚る様に《装飾師》がこそっと言った。
「新しいマウスに変えれば良いのに、きっとお金が無いんですね」
 憐みを表出させた《いたずら師》がそう受けた。
 疲れを滲ませながら、それでも穏やかな表情で《知識師》が口を開いた。
「右クリックが使えなくて、キーボードを使っても如何しても『名前を付けて画像を保存』が出来ないみたいですよ」
「だから今回は以前に使用した画像を挿入してお茶を濁している訳ですか?」
  ずばり確信を突いた《装飾師》の問いに、《知識師》が苦笑いを浮かべた。

「て言うか、この時代にまだマウスを使用して居るなんて!」
 《いたずら師》が呆れた様に声を上げた。 
「折角新しいいたずらを披露しようと思ってたのに・・・」
 心底残念そうな《いたずら師》の心の叫びが四方の壁に木霊した。

「いつまでこの状態が続くのですかね?」
 心配そうに《装飾師》が口元を震わせた。
「さあ、いつまでですかね。ところで・・・」
 一転して楽しそうな声音で《知識師》が続けた。
「良いお店が有るのですが・・・」
 今までの話の内容は瞬く間に何処かに消え去り、三つの影は浮き浮きした様子で酒処の話題に変じて行った。

2011年7月24日日曜日

「続・傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第五章 ある舞台裏

 森の隅に三つの影が人知れず集まった。




「何か、マウスの調子が悪いらしいですよ」
 《装飾師》が徐に切り出した。
「貧乏人はこれだから困るな、大金持ちの俺様を見習えば良いのに」
 不満そうに吐き捨てた《いたずら師》は、そう言うと上空を旋回し始めた。
 少々疲れ気味の《知識師》が話を続けた。
「右クリックが使えなくなったみたいですよ」
「それが使えないと何が不便なんです?」
 《装飾師》の問いに《知識師》が懇切丁寧に答えた。
「イラストをダウンロードする時の『名前を付けて画像を保存』が出来ないみたいです」
 真剣な面持ちで《装飾師》は《知識師》の説明に聞き入っていた。
「キーボードの右側のCtrlキーの左にあるキーで右クリックの代用が可能なのですが、イラストが選択出来ないので今回はその方法は使えないとの事です」
 
 頭の上から《いたずら師》の声が響いて来た。
「折角俺様の釣りチャレンジでの冒険譚を聞かせてやろと思ってたのに・・・」

「つまり新しいイラストを挿入出来ないと言う事ですか」
 残念そうに《装飾師》が口元を歪ませた。
「そう言う事です、ところで・・・」
 一転して調子を変えた《知識師》が続けた。
「良いお店が有るのですが・・・」
 三つの影は浮き浮きした様子で西の空へと飛んで行ってしまった。

2011年7月20日水曜日

「渋の谷への扉」

第17章 ひねもす

 本日は会社がお休みなので、《傍観者》は朝寝坊をしている模様である。
 丁度良いので今回は《傍観者》の休日を追って見る事にしよう。

 彼の地では《傍観者》は小川の上に掛かる小さな橋の下に住んでいるが、現の此の地でも橋の下を寝所として使用していた。
 此の地の橋は公園の中の遊歩道の上に掛かっており、この公園が何処に有るかと言うと、渋の谷の街から遠く離れた南の街に在る。
 渋の谷の街と同じ様に半球型のドームで覆われた南の街は、主に住宅エリアとして使用され幾分のんびりとした空気を感じ取る事が出来るかも知れない。
 何が言いたいのかと言うと、《傍観者》は橋の下が好きだなぁ、と彼の性向が地の文によって吐露されたに過ぎない。





 公園の橋の下の灌木の茂みから、ーーーっ!と言う伸びをする声が聞こえた。
 如何やら《傍観者》が起き出して来た様である。
 茂みの奥に打ち捨てられた様に置かれた木箱から這い出して来た《傍観者》は、左右を一瞥するとゆっくりと遊歩道に出て来た。
 そして彼が向かった先には中位の池がなみなみと水を湛えていた。
 彫像の様に水辺に佇んだ《傍観者》は微動だにしなくなり、静寂だけが水面を漂っていた。
 時が止まったかの様に風景に溶け込んだ《傍観者》であったが、その刹那、右前脚が一閃したかと思うと小さな魚を抑え込んでいた。
 瞬く間に狩った魚を平らげた《傍観者》は池の水で喉の渇きを潤し、何処から取り出したのか仕事用のヒゲとプライベート用のヒゲを舌を使って丹念に掃除し始めた。
 勿論その間は、予備のプライベート用のヒゲを装填していたので、ヒゲの無い《傍観者》の顔を想像しても無駄である。
 入念に手入れをされた正規のプライベート用のヒゲを予備の物と付け替えると、今度は《傍観者》は舌と前脚を使って体中を綺麗に整えていった。
 ・・・ぺろぺろ・・・しゅっしゅ・・・ぺろぺろ・・・しゅっ
 《傍観者》のビロードの様な黒い光沢は、こうして日々保たれて居たのであった。

「これで良しっと」
 水面に映る自分の毛並みに満足したのか、《傍観者》は水際から少し離れると運動の為にヨガを始めた。
 《傍観者》はネコのポーズが大の得意である、と言っても何故だか此れしか出来ないのであるが・・・。
 十分に体が解れた《傍観者》は次にシャドーボクシングを始めた。
 目にも止まらない早さで必殺ネコパンチを繰り出す今の《傍観者》なら、大昔に行われたと言うハリウッドスターの伝説のネコパンチにも対抗し得るであろう。
 黒い顔に薄らと汗を浮かばせた《傍観者》は池の水を二口程飲むと、公園内の散策を開始した。

 たどたどしい足取りの幼子を従えた家族連れや、のんびりと歩む人々の横を澄ました顔付きの《傍観者》が影の様に通り過ぎて行く。
 前から顔見知りの一匹のイヌが飼い主に連れられて歩いて来た。
「よう、《傍観者》、相変わらず黒いな」
「そっちだって真黒じゃん」
 自分の黒い体に目を遣った顔見知りのイヌは、そりゃそうだ、と言い尻尾を一振りすると飼い主の後ろ姿を追い掛けて行ってしまった。
 《傍観者》はイヌ達と非常に仲良しで有る。
 その後もあちこちで散歩に連れられた様々な犬と挨拶を含んだ会話を交わした《傍観者》は、一本の木の下へ来ると身軽に駆け登った。
 横に枝を伸ばしたいつもの場所に落ち着くと、《傍観者》は体の力を抜き寛いだ様子で蹲った。
 《傍観者》が傍観体制に入ったのである。
 一見、単に寛いで居る様に見得るけれど、これは《傍観者》が傍観する時のポーズである。
 自然体で対峙すれば物事の本質が浮き彫りになると言う《傍観者》独自の持論を体現した姿勢である。
 こうして公園を一望出来る木の上から傍観を・・・おや?
 枝の下に四肢と長いしっぽをだらりとぶら下げ、長々と体を伸ばして寝そべっている様を見ると、如何やら単に昼寝をして居ただけの様である。
 まあ、此処はとやかく言わず、そっとして置いてあげ様ではないか・・・。



                
ちょっと寝過ぎちゃった


 夕闇が公園を包み込み、見受けられる人の姿も疎らになった頃、漸く《傍観者》は木の上から降りて来た。
 闇が辺りを支配し始めると《傍観者》の時間が幕を開ける。
 金色の両の眼を爛々と輝かせながら夜陰をその身に纏った《傍観者》は、足音を忍ばせて歩み出した。
 長い尻尾をピンと立て泰然と歩く《傍観者》の背中からは、野生の雲気が滲み出ていた。
 一瞬の後、《傍観者》の小さな姿は闇に呑み込まれ、静寂だけが取り残された。

 《傍観者》が何処へ向かったのかは、誰も知らない・・・。

2011年7月17日日曜日

「続・傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第四章 ウニィへ行こう

 寝ぼけ眼で起き出した《傍観者》は、
「イチゴ・・・」
と呟くと、頭を一振りして椅子から飛び降りた。
 小さな箱からもそもそと這い出して来たピノコを従え、猫の額程の庭(ん?どの猫だろう)に近付いて行った《傍観者》は、小さな赤い実に気付き破顔した。
「ちゃんと成ってる❤」
「ニィ❤」
 ピノコも嬉しそうに追随した。

 薄ぼんやりとした月光に照らされながらイチゴを収穫した《傍観者》は、早速それをガーデニング箱の中に入れて蓋をした。
 一呼吸分の時を数え蓋を開けて見ると、幾ばくかのライフドルと新たにイチゴの種が垣間見えた。
 イチゴの種を取り出し畑に播いた《傍観者》は、ピノコに声を掛けた。
「ピノコ、水を・・・」
 だが、《傍観者》が言い終わらない内に如雨露を手にしたピノコは小川へと向かって居た。
 気心の知れた《傍観者》とピノコとの、阿吽の呼吸の所作である。
 猫なのに阿吽の呼吸とは、これ如何に。

「さて、今日は何処に行こうかな?」
 一段落付いてピノコに聞かせるとも無く発した《傍観者》の言葉に、か細い声が返って来た。
「ニィ」
「ん?何、ピノコ」
「ウニィ」
「海?海へ行きたいのか」
 円らな瞳のピノコに見詰められながら《傍観者》は、
「どうせなら、沖縄まで行こう」
と声を張り上げた。

 沖縄と言っても移動は簡単である。
 秒針が六度程傾きを増した間に《傍観者》とピノコは沖縄に着いて居た。





「うわー、日差しが強いな」
 じりじりと肌を射す様な日差しに《傍観者》が堪らず声を上げた。
 さらさらとした白色の砂浜は裸足の《傍観者》とピノコには熱過ぎて、一ヶ所には立ち止まって居られ無い程であった。
 何か気になる事でも有るのか、後ろを振り返って不思議そうな顔をして居るピノコにに気付いた《傍観者》は、その視線を辿り同じ様に不思議そうな顔付きになった。
「足跡が消えて行く・・・」
 二匹が見詰める間にも古い足跡から段々と消えて行き、砂浜は元の姿を取り戻しつつあった。
「面白いかも!」
 わくわくして来た《傍観者》と、うきうきした様子のピノコは、好き勝手に歩き回ったり足跡で模様を描いたりして、その消えて行く様を時間を忘れて楽しんだ。


 散々はしゃぎ合った《傍観者》とピノコは涼を求めて海岸縁に見える樹影に近付いて行った。
 火照った体を木陰で冷ましながら《傍観者》が海で泳ぐ人々を見ながら、こう言った。
「海へ入るのには水着が無いと駄目みたいだね」
 負け惜しみを含んだ言葉を続けた《傍観者》に、ピノコの慰めを込めた鳴き声が被さった。
「水の中は好きじゃないから、別に良いもんねー」
「ニィ・・・」
 強がって見せたものの、やや残念そうに海面を見続けて居た《傍観者》の視界に、水面から気持ち良さそうに飛び上がって来た生き物が飛び込んで来た。
「あっ!イルカ・・・」
 






 気が付けば、あちらこちらでイルカの空中ショーが始まっており、辺りは歓声と叫声に包まれた。
 ピノコが前脚をむずむずさせているのを見た《傍観者》は、
「あれは食べ物じゃ無いからね、それに遠いから小さく見えるけど本当はもっと大きいんだから」
と道理を諭してあげた。
 十分程続いたショーも終わり、イルカ達が去ったのを潮に《傍観者》とピノコは腰を上げ、お土産物屋を覗いて見る事にした。
 店先で麦わら帽子を眺めている《傍観者》の横では、ピノコがシーサーの置物とにらめっこに勤しんでいた。
「お金が無いから、見るだけ、見るだけだよ」
 自分に言い聞かせているのか、一人呟いていた《傍観者》を真似る様にピノコが小さく、ニィダケと鳴いた。

「そうそう、彼の地の番人の処へ寄って行かなくちゃ」
 沖縄を後にした《傍観者》は家に帰る前に番人の住処が有る森の中へと入って行った。
「アメくれよ~」
 ふわふわと漂いながら現れた彼の地の番人に、アメを渡しながら《傍観者》は今日の報告をした。
「さっきまで沖縄に行ってたんだよ」
「随分日に焼けたぞよ、真黒ぞよ~」
「元から黒いんだけど・・・」
 決まり悪そうに視線を逸らした番人は、
「こっちは真っ白ぞよ、SPF50+の日焼け止めって感じぞよ」
と、ピノコに声を掛け、その場に小さな椅子を取り出して置くと一目散に森の奥へと引っ込んでしまった。

 小さな橋の下へと帰って来た《傍観者》は新たに増えた椅子を端っこに並べ、ピノコはイチゴに水を上げる準備に取り掛かった。
 戻って来たピノコは《傍観者》の横に並び、二匹は揃ってヒゲの先に着いた砂を落とし始めた。
 やがて小さな箱の中で丸くなったピノコを視認した《傍観者》は、自分も小さな椅子に上がるとその身を休める事にした。
 日に焼けて黒ネコに成ってしまったピノコが夢に現れた《傍観者》は、その寝顔に驚愕の表情を張り付けて居た。
 反してピノコは、イルカに乗って大海原の上空を舞っている夢でも見て居るのか、幸せそうに安らかな寝息を立てて居た。
 

2011年7月12日火曜日

「渋の谷への扉」

第16章 装飾師の一番長い日

 目の前の歩道を《いたずら師》が通り過ぎた後、コンビニの店内で五分間の待機に入って居た《知識師》は、傍に佇む《装飾師》が何処か上の空なのに気付いた。
「如何かしたんですか?」
「いえ、仕事が・・・」
「今晩の晩酌の事を考えて居るんだな」
 口を開き掛けた《装飾師》に横から《傍観者》が茶々を入れた。

 ビルの最上階に着き、《いたずら師》に朝の挨拶をしながら椅子の高さを調整した《装飾師》は、先程言い掛けた話を再開した。
「実は今、新しい宇宙服のデザインを考えて居るんですが・・・何か良いのが浮かばなくて」
「宇宙服ですか!」
 目を輝かせた《知識師》が話に飛び付き、暫し考え出した。
 その隙を突いて《いたずら師》が口を挿んで来た。
「背中にスイッチを付けて、それを押されると飛び上がっちゃうってのは如何ですか?」
「何の為に?その意味は何ですか?」
 《装飾師》が発した問いに、しれっとした顔をして《いたずら師》が答えた。
「意味?意味は無いです、いたずらってそう言う物だし」
「それはデザインじゃ無いし、それよりこんなのは?」
 考えが纏まったのか《知識師》が自信有り気に発言した。
「頭に手拭いを乗っけるんです、ヘルメットは無しで。勿論下は浴衣か丹前風にして」
「ヘルメット無しは技術的に難しいかも・・・」
 《知識師》の奇抜な案も《装飾師》の心の琴線には触れなかった様だ。
 黙って三人の話を聞いて居た《傍観者》は、期待を込めた眼差しで自分を見詰めて居る《装飾師》に気付き、少し緊張しながら口を開いた。
「みつばち型の宇宙服は如何かな?背中の羽で飛べる様にして」
「みつばちですか・・・でも何でみつばちなんです?」
 《装飾師》の疑問も尤もである。
 深く考えて居なかった《傍観者》は慌てて取って付けた様な理由を弾き出した。
「彼の地での《装飾師》の姿を思い浮かべただけだよ。この頃余り彼の地で見掛け無いなと思って居たから・・・」
 それを聞いた《装飾師》は悄然と呟いた。
「彼の地ですか・・・当分行けないですね」



みつばち型宇宙服             彼の地での《装飾師》
 

 元気が無くなった《装飾師》を慮ったのか《知識師》が殊更明るい声を上げた。
「ヘルメットをタコ型にしたら?色は赤くして」
 負けじと《いたずら師》も声を張り上げた。
「背中のスイッチを押されると空気が抜けちゃうってのは?」
「そこまで行くともういたずらの範疇じゃないし、それよりも手にト音記号型のステッキを持たせたら」
「スイッチがダメならレバーでも良いし・・・」
 《知識師》と《いたずら師》の丁々発止の遣り取りを聞きながら《装飾師》は小さな溜め息をそっと吐いた。

 お昼御飯用に買って来た四代目大臣の弁当を食べながら《知識師》と《いたずら師》は、未だアイデアを出し合って居た。
「宇宙服を着たまま肉じゃがを食べられる様になれば良いかも」これは《知識師》。
「青々しい汁を飲める様になればもっと良いかも」これは《いたずら師》。
 《傍観者》は(それは宇宙服じゃ無くて宇宙食に関する事だな)などと呑気に思いながら、特製ねこまんまをはぐはぐと食べて居た。

 渋の谷の街を覆う半球型のドームに西方から射す人工太陽の日差しが陰りを見せ始めた頃、今日の業務が終了した。

「今日はもう一つの会社へは行かないで、こっちで残って宇宙服のデザインを検討してみます」
 そう言った《装飾師》を部屋に残し、《知識師》と《いたずら師》は帰って行った。
 《傍観者》は帰る風を装いながら部屋の隅のホワイトボードの後ろに隠れると《装飾師》を傍観し始めた。
 《装飾師》は目の前に半透明のスクリーンを出現させながらも、それは使用せず、手元の紙にラフなスケッチを描いては消し、消しては描き、難渋を極めて居た。

 丸くなって傍観とうたた寝を繰り返して居た《傍観者》は、いつの間にか窓の外が暗くなって居るのに気付き《装飾師》の視界の先へと身を晒した。




                                       


「あれ?帰ったんじゃ無かったんですか」
「仕事をしてた・・・のかな?」
 投げ掛けられた質問に曖昧に答えた《傍観者》に顔を向けた《装飾師》は、尖った耳に視線を止め、次に長い尻尾に注目した。
「ん!これは・・・」
 猛然とスケッチを描き始めた《装飾師》の手元を《傍観者》が覗き込むと、そこには頭の上に尖った耳状の突起物が乗っかりお尻に長い尻尾を付けた人型の宇宙服と、同じ様に耳と尻尾を付けた四つ脚タイプの小さな宇宙服が描かれて居た。
「人型の方の耳はレーダーの役目をします。尻尾は無重力での平衡を保つセンサーです」
 軽く興奮状態の《装飾師》は喜々として説明を続けた。
「小さい方はペット用の宇宙服です」
 描画ソフトを起ち上げた《装飾師》は《傍観者》の存在など意識の外に追い遣られてしまったのか、自分の世界へと没頭し始めた。
「アラミド繊維とCFPRの弾性繊維を・・・」
「ヘルメットの中でヒゲが折れない様にしてね」
 聞こえて居るのか判らない《装飾師》の背中に一声掛けた《傍観者》は、邪魔にならない様にそっと部屋を出て行った。

 地上へと降りて来た《傍観者》は、
(確かに狭い処、紙袋の中とか小さな箱の中とか好きだけど・・・)
と、二、三歩脚を進めながら考え、
「でも宇宙服の中は窮屈そうで、ちょっとね」
と声に出して言って見た。
 そんな《傍観者》の黒い体は徐々に夜の街に溶け込み始め、最後に残った長い尻尾が一揺れしたかと思うと完全に気配を絶ち、後には黒い闇だけが渦巻いて居た。

2011年7月10日日曜日

「続・傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第三章 傍観者の小さな庭

 小さな橋の下の小さな箱の中で、白い塊がぴくっと身動きをした。
 そして、椅子の上の黒い塊が眼を覚ました。
「お早う、ピノコ」
 黒い塊、《傍観者》が発した声に、白い塊、ピノコが返事を返した。
「ニィ」
 月明かりが差し込む寝所から起き出して来た二匹の耳に、小川の奏でる微かな水音が優しく響く。
 ピノコの為にミルクの用意をしていた《傍観者》の前に、腕白たぬりん達を引き連れた《知識師》が現れた。
「パグライフって知ってる?」
 開口一番そう言った《知識師》に《傍観者》は知ったか振りをして、こう答えた。
「未だ食べた事無いよ」
「食べ物じゃ無くて、此処彼の地で数日前から提供されたガーデニングのシステムだよ」
「へえー」
 ぐるぐると周りを走り回るたぬりん達の中心で《知識師》が続けた。
「最初だけ案内人の処へ顔を出せば、後は自分の家で作業出来るんだ」
「お金必要なの?」
 心配そうに聞いて来た《傍観者》に、にやりと笑った《知識師》が答えた。
「特に必要無いよ、今から案内人の処へ連れて行ってあげるよ」
 ピノコがミルクを飲み終わったのを確認した《傍観者》は、うん、と元気良く返事をした。

 森へ入って行った《知識師》の後に付き従った《傍観者》の眼の前に、草原に覆われた広場が現れた。
「あれが案内人だよ、人じゃ無いけどね」
 《知識師》が指差した方向にはのほほんとした顔付きの生き物が居た。
 




 傍に近付くとその生き物が声を掛けて来た。
「僕がパグライフの案内人だよ、吉田君のお父さんて呼んでね!」
「吉田君て誰?」
 《傍観者》の問いを無視した吉田君のお父さんは、パグライフの説明を始めた。
「最初にこのガーデニング箱をあげるね」
 そう言って吉田君のお父さんは木の箱を取り出し会話を続けた。
「この中には小さなショベルや鍬、如雨露にイチゴの種が入ってるんだ」
「イチゴの種?イチゴって苗から育てるんじゃなかったっけ・・・」
 《傍観者》の発した問いに吉田君のお父さんはのんびりとした様子で答えた。
「気にしない、気にしない、ここ彼の地では作物は種から育てるんだよ」
「ふーん」
「イチゴを育てて収穫すると、この箱の中にライフドルって言うガーデニング専用のお金が出現するんだ」
「へえー」
 吉田君のお父さんが無邪気な笑顔を振り撒きながら話す内容に、《傍観者》は段々引き込まれていった。
「二回目からイチゴの種を蒔くとライフドルからその代金分が引かれて、収穫するとまたお金が増えるんだ」
「じゃあ、収穫すればする程お金が増えて行くんだね」
「そう言う事だね、それにレベルが上がれば種の種類も増えて行くしね」
「わーい、何だか楽しそう❤」
 《傍観者》の長い尻尾が踊る様に右に左にと揺れ出した。
「料理が出来るレベルになってパグライフ専用のレンジやオーブンが必要になったら、此処に来ればライフドルで買えるからね」
「うん、ありがとう。吉田君のお父さん」

 木の箱を手にした《傍観者》が振り向くと、腕白たぬりん達とピノコの面倒を見て居た《知識師》が近付いて来てこう言った。
「じゃあ今度はうちの庭を見せてあげるよ」
 六匹が揃って《知識師》の庭へ飛んだ。

 《知識師》の立派な家の前は綺麗に耕されトマトやニンジンやジャガイモが整然と植えられていた。
「そろそろ収穫しなくちゃ」
 にこにこしながら作物の収穫を始めた《知識師》は、
「《いたずら師》の庭も見てみなよ、何か参考になるかもよ」
と、さり気無く《傍観者》に示唆を与えてくれた。
「うん、行って見るね」
 言われた通りに《傍観者》とピノコは《いたずら師》の家へと向かった。

 《いたずら師》の重厚な家の前も綺麗に耕され、ニンジンやジャガイモの他に隅にはリンゴやオレンジの木も植えられていた。
「ふーん、レベルが上がると木も植えられるんだ」
 ほとほと感心した様子の《傍観者》は、そう呟くと《いたずら師》の姿を探したが留守にして居るのか何処にも見当たらなかった。
「さあピノコ、帰ろう」
 オレンジの実を物欲しそうに見上げて居たピノコを促して《傍観者》は家路へと急いだ。

 小さな橋の下へと戻って来た《傍観者》は早速ガーデニング箱から小さなショベルを取り出すと、日当たりの良さそうな場所を選んで耕しイチゴの種を蒔いた。
「ピノコ、水を掛けてくれる?」
 ニィ、と一声鳴いたピノコは小川で如雨露に水を満たすとふらふらしながら戻って来た。






 水を掛けると瞬く間に双葉が顔を覗かせ、ピノコがリズミカルに尻尾を動かし喜びを表した。
「これで良しっと」
 水滴を散らしたイチゴの双葉を暫く眺めて居た《傍観者》は、眠たそうな様子のピノコに気付き、
「そろそろ寝ようか」
と言い、小さなショベルや如雨露をガーデニング箱に仕舞った。
 小さな箱の中で幸せそうに丸くなったピノコを見やり、《傍観者》も定位置の椅子の上に丸くなった。
 《傍観者》とピノコが夢の世界を堪能して居る頃、イチゴがひっそりと花を咲かせた。

2011年7月6日水曜日

「渋の谷への扉」

第15章 その正体は!

 《いたずら師》がビルの最上階の部屋へ入って行くと誰の姿も無かった。
(やりー、一番乗りだ)
 小躍りしながら《いたずら師》が自分の席のすぐ横の椅子に手を伸ばそうとした時、誰あろう、《知識師》が現れた。
「・・・早いですね」
 出鼻を挫かれ悄然とした《いたずら師》に、かっかっかっと笑いながら《知識師》が、
「早起きこそ長生きの極意為り、ぢゃ」
と返した。
 漏れ出しそうな溜息を青々しい汁と一緒に呑み込んだ《いたずら師》は、部屋に入って来る足音を聞き咎め顔を向けた。
 最初に《装飾師》、次に《傍観者》、そしてその後ろに《知識師》が顔を覗かせた。
「えっ?」
 反射的に自分の横を見やった《いたずら師》は、そこにも《知識師》が居るのを確認し目を丸くした。
「お早うござ・・・あれ?」
 朝の挨拶の途中で《装飾師》も異変に気付き、素っ頓狂な声を上げた。
 《傍観者》が皆の心中の言葉を口にした。
「《知識師》が二人いる!」

 二人の《知識師》をその場に残し、《いたずら師》と《装飾師》、《傍観者》はまたまた部屋の隅に集まるとひそひそ話を始めた。

「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「双子じゃないですか?でもそんな話聞いてないし」
「クローンかも・・・いや、それは法律的に認められてないか」
「ドッペルゲンガーかも、ひぇ~」
「まさか『11人いる!』を読んだんじゃ・・・」
「何ですか?それは」
「・・・何でも無い」

 議論が出尽くした三人が振り返ると、睨み合っていた二人の《知識師》の片方が口を開いた。
「散々誤ったじゃない」
 もう片方の《知識師》が返した。
「ふん、わしじゃって偶には渋の谷の街へ来て見たかったんぢゃ!」
 訳が分からず固まっていた三人に、向かって右側に居た《知識師》が話し掛けて来た。
「これは・・・実は曾爺さんです」
「曾爺さん!!!」
 三重唱の驚きの声が上がる中、本物の《知識師》が続ける。
「そうです。プレゼンの時にパソコンを黙って持ち出したので罰として座敷牢に閉じ込められました」
「じゃあ、先日様子が変だったのは・・・曾爺さんだったんだ」
 《装飾師》が納得の声を上げ、《いたずら師》と《傍観者》も追随した。

「さてと・・・本物が現れたんじゃしょうが無い、わしは帰るとするか」
 腰を上げた曾爺さんに《いたずら師》が尋ねた。
「今日も車ですか?」
「バスぢゃ!皆の者、よきに計らえぢゃ」
 意味不明の言葉を残し曾爺さんは悠々と帰って行った。





 《知識師》に曾爺さんの事を色々と聞こうと勢い込んで身を乗り出した三人は、部長が顔を覗かせているのに気付き仕事に没頭する事にした。

 お昼御飯の時間になり四代目大臣の弁当を食べながら皆、質問の鉾先を《知識師》に集中させた。
「曾爺さんと《知識師》は何であんなにそっくりなんですか?」
「たしか百三十歳位ですよね、元気過ぎるし・・・」
「・・・今目の前にに居るのが曾爺さんの方だったりして」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に《知識師》が答えた。
「何か曾爺さんは年取っても若い頃と変わらないんですよね。引退しても知識を渇望する意欲は益々燃え盛るばかりだし・・・」
 こほん、と一つ咳をして《知識師》は続けた。
「それから此処に居るのがいつもの《知識師》だって、毎日顔を突き合わせているんだから判りますよね?」
「うーん?」
 胸を張って辺りに顔を巡らせた《知識師》に《いたずら師》達三人が自信無さげな声を上げた。
 鏡から飛び出して来た様な、否、コピーロボットを使用した様な、否、タイムパラドックスを無視して過去か未来から《知識師》本人が現れた様な、それ程までに瓜二つな曾爺さんとその曾孫が引き起こした騒動に、翻弄されっぱなしの面々であった。

                         





 人工太陽が傾き渋の谷の街にビル群の影が勝り始めた頃、今日の業務が終了した。
 反重力エレベーターで地上階へ降りて来た一同は歩道へ出ると別れの挨拶を交わし合った。
「お疲れ様っす、曾爺さーん❤」
「お疲れ様です、曾爺さん」
「曾爺さん、今日はお疲れ様だったね」
「・・・だから曾爺さんはとっくに帰ったって」
 苦笑しながら去って行く《知識師》を見送りながら《装飾師》が呟いた。
「しかし、そっくりでしたね」
 《いたずら師》も胸中を吐露した。
「会社に残ったのが曾爺さんかもしれませんよね」
「口を開かないと区別出来ないってのがミソだな」
 《傍観者》が発した言葉を最後に三人はそれぞれの方向へと足を向けた。
 一人粛々と脚を繰り出していた《傍観者》は頭の中に《知識師》と曾爺さんの姿を思い浮かべて見たが、ふと或る事に気が付き立ち止まった。
(もしかして・・・爺さんと父親も皆同じ顔なんじゃ・・・)
 背格好の同じ四人の人物の首の上に寸分違わ無い同じ顔を乗っけた時、《傍観者》は混乱して誰が誰だか判別出来なくなった。
 溜息を洩らし視線を落とした《傍観者》は、それ以上想像する事を止めて人混みの中にひっそりと紛れ込んで行った。

2011年7月3日日曜日

「続・傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第二章 フリマへ行こう!

 ピノコの耳がぴくっと動いた。
 相前後して《傍観者》が目を覚ました。
 二匹は同じ様に体全体を使って伸びをすると、挨拶を交わし合った。
「お早う、ピノコ」
「ニィ」
 小さな橋の袂から這い出て来た《傍観者》は、小川の縁へ行きそっと水面を覗いて見た。
 煌々と照らす月明かりを反射している川面に《傍観者》の黒い影が映った、と思うのも束の間、すぐ隣にピノコの影が顔を覗かせた。
「ミルクが欲しいんだね」
 受け皿にミルクを入れてピノコの前に置いてあげた《傍観者》は、先日漏れ聞こえて来た会話を思い出していた。

 それは森の中の公園を散歩している時に通りすがりの人達が話していた事で、どうやらフリーマーケットが開かれている場所が有るらしいと言う内容であった。
 広大なこの森の中で《傍観者》が行った事が有るのは、人々が屯する公園と彼の地の番人が現れるエリアだけである。

「ピノコ、今日はフリマを探しに行こう」
 ミルクを飲み終わったピノコが、ニィと鳴いた。




  
                                 


 森へやって来た《傍観者》とピノコは程無くして、『フリマ、こっちだよ~』と書かれた看板を見付けた。
「こんなの有ったかな?」
 見覚えの無い看板を前にして戸惑いながらも《傍観者》達は森の奥へと進んで行った。
 一際鬱蒼と茂った樹木群を抜けると大勢の人々で盛況なフリマの近景が《傍観者》の眼に飛び込んで来た。
「うわー!本当に有った」
 駆け出しそうな心を抑えた《傍観者》はまず手前端から覗いて見る事にした。
 そこのスペースには『メリーのフリマ』と書かれた看板が立ち、横に居た女の子が声を掛けて来た。
「みてってよ」
 シャツやリュックやサンダルが並べられているのを見る限り、衣服関連のフリマみたいである。
「うーん、必要無いかな」
 《傍観者》は次へと脚を向けた。その後をピノコがちょこちょこと付いて来る。
 
 次のスペースには『源の字のフリマ』と書かれた看板が立ち、だが横に佇むお兄さん風の男は終始無言だった。
「・・・・・・」
 ここには冷蔵庫やガスコンロ、レンジ等、主に電化製品が並べられていた。
「うーん、ここのも必要ないな。電気も来て無いしね」
 《傍観者》は次へと脚を向けた。その後をピノコがひょこひょこと付いて来る。

 次のスペースには『森森のフリマ』と書かれた看板が立ち、傍に居たヒゲを生やしたおじさんがこう言った。
「みどりっていいよね」
 鉢植えばかりが種々雑多に飾られており、スミレや菜の花など良く知られた物の他に、フェニックスロベレニーやエレファンティペスと言う名の《傍観者》が聞いた事も無い物も数多く置いてあった。
 ふと、一隅に置かれた小さな鉢植えに興味を引かれた《傍観者》は近付いて行き、繁々と眺めた。
 白っぽい葉っぱの周りを緑色の縁取りが覆った、カミーラと書かれた名札が付けられた鉢植えを一目見て気に入った《傍観者》は、なけなしのお金を叩いて購入する事にした。
「買い物も偶には良いよね」
 《傍観者》の独り言にピノコが答えた。
「ニィ」

 最後のスペースには『アメのいちぞく のぶのぶのフリマ』と書かれた看板が立ち、若いのか若くないのか良く判らない男が椅子に腰かけて寝ていた。
「ZZZZZZ・・・」
 他と違い一風変わった物が見受けられるこの場所には、きのこの椅子やのぼり、はたまた街灯まで売っていた。

                    
                              



「きのこの椅子はちょっと良いけど、貰った椅子が沢山有るしね」
 《傍観者》とピノコはのんびりと歩きながら、もう一回それぞれの出店を覗き、満足した素振りでフリマの会場を後にした。

「さて、折角森へ来て居るんだから番人さんの処へ寄って行こう」
 フリマの会場から少し離れた彼の地の番人のエリアに到着すると、案の定ふわふわと漂い出て来た影が現れた。
「アメくれよ~」
 《傍観者》が二十個のアメを渡すと番人は、お返しに小さな椅子を取り出した。
「椅子ばっかり・・・ところで番人さんはアメのいちぞくと何か関係有るの?」
「アメのいちぞくを統べる者こそ、わしぞよ」
「へえー、そうなんだ。・・・もしかして今まで貰った椅子はフリマで売れ残った物じゃ・・・」
「あっ電話が鳴っているぞよ~」
 番人はあらぬ方向に眼を遣ると、明らかに何も聞こえない方角へと一直線に去って行ってしまった。

  小さな橋の下の寝床へと帰って来た《傍観者》はピノコの為にミルクの皿を用意してから、沢山有る椅子の中から安定の良さそうな物を一脚選び、その上にカミーラの鉢植えをそっと置いた。
 鉢植えに水を遣り終えた《傍観者》が向き直ると、疲れたのかピノコは小さな箱の中で既に丸くなっていた。
 いつも寝床にしている椅子の上に移った《傍観者》は背中を丸め、カミーラの水滴に濡れた葉っぱを眺めながら夢の世界を彷徨い出した。
 夢の中で《傍観者》はフリマの会場へ戻っており、居眠りをするアメのいちぞくののぶのぶの横で同じ様に居眠りをしていた。
 勿論、更にその横にはピノコがくぅくぅと寝息を立てて居た事であろう。

2011年6月29日水曜日

「渋の谷への扉」

第14章 似て非なる者

 今日も一番乗りだ、と秘めた闘志を胸に滾らせビルの最上階へと足を踏み入れた《いたずら師》は、《知識師》の後ろ姿に眼を止め意気消沈した。
「・・・おはよーすっ」
 だが、振り返った《知識師》は、ふむふむと口の中で呟きながらこう返した。
「お主が《いたずら師》ぢゃな?」
「・・・お主?・・・ぢゃな?」
 困惑した様子の《いたずら師》に対して、《知識師》は更に続けた。
「よし、都こんぶをやろう」
 《いたずら師》が細長い赤い箱を手にしたまま立ち尽くしている間に、《装飾師》と《傍観者》が部屋に入って来た。
「お早うございます。先に来てたんですね、《知識師》は」
「おお、《装飾師》ぢゃな!よしよし、ソースせんべいをやろう」
 顔中に?マークを浮かび上がらせた《装飾師》を尻目に、今度は《知識師》は《傍観者》に向き合った。
「この黒っこいのは正しく《傍観者》ぢゃ!」
「ぢゃ?」
「《傍観者》には、よっちゃんイカをやろう」
「???」
 きつねに摘ままれた様な感が有る《いたずら師》と《装飾師》、それに《傍観者》は部屋の隅に移動するとひそひそ話を始めた。

「今日の《知識師》、少し変ですよね」
「ぢゃ、とか言ってるし」
「何か悪い物でも食べたのかな?」
「鈴カステラの食い過ぎとか」
「いや、ぽたぽた焼かも」
「それよりも、この駄菓子どうします?」
「お昼に食べようよ」
 誰がどの会話文を口にしたかは特に記さないので、それぞれ好き勝手な顔を思い浮かべて欲しい。
 そんな内緒話は聞こえて無いのか、澄ました表情で《知識師》は物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していた。

 お昼時になると、さあ、四代目大臣へ行くのぢゃ、と言いながら《知識師》は率先して部屋を出て行った。
 後に続いた《いたずら師》達の前を《知識師》が迷う事無く歩いて行く。
 これまた迷う事無く彼の定番の肉じゃが弁当を手にした《知識師》を見て、誰かがぽつりと呟いた。
「いつもの《知識師》に戻ったみたい」

 各々弁当を掲げて会社へ戻って来た時も、誰よりも早く電子レンジに足を向けた《知識師》の振る舞いに、
「やはりいつもの《知識師》ですよ」
と《いたずら師》が納得した様に頷いた。
 《傍観者》も《いたずら師》に同調しそうになったが、古びた電子レンジを愛おしそうに撫でる《知識師》を見るに連れ、そこはかとなく湧き上がってくる違和感を払拭する事は出来なかった。





 弁当を食べ終わった《知識師》が数種類の内服薬を取り出したのに気付いた《装飾師》が疑問を口にした。
「あれ?いつも薬なんか飲んでいましたっけ?」
「わしは毎食後飲んでおるんぢゃ」
 わし、と言う言葉が《装飾師》の耳目に飛び込み、やがて《いたずら師》と《傍観者》をも呑み込み迷宮へと誘って行った。

 疑問が渦巻く部屋の中にも余所と平等に人工太陽はその輝きを減じ、今日の業務は終了となった。
「さらばぢゃ、皆の者」
 そう言い残して去って行く《知識師》の背中を見ながら《いたずら師》がこう言った。
「付けて見ましょうよ」
 即座に賛同した《装飾師》と《傍観者》を加え、ここ渋の谷の街に即席の調査員が三名誕生した。





 姿勢正しく、ゆったりとした歩調で進む《知識師》の後ろに、やや間を開けてぎこちなさの勝る怪しげな影が連なった。
 やがて会社から程近い立体駐車場へ入って行った《知識師》は、レトロなフォルムの自動車に乗って出て来ると颯爽と走り去って行ってしまった。
 斯して誕生したばかりの調査員達はその任を解かれ、一般市民に戻った《いたずら師》がこう言った。
「《知識師》って、車で会社へ来てるんでしたっけ?」
「聞いた事無いですね」
 受け答えた《装飾師》も得心がいかない様子で首を捻る。

 暫くその場に立ち止まり《知識師》が走り去って行った方角を見詰めていた彼等は、誰からともなく、帰りましょうか、と言い合い袂を分けた。
 何か釈然としない、魚の小骨が喉に引っ掛かったままの様な僅かな感情の乱れみたいな物が、《いたずら師》を筆頭に《装飾師》、《傍観者》の胸中を揺さぶり続けていた。

2011年6月26日日曜日

「続・傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第一章 今更ながらに

 夜の帳が辺りを包み込み、か細く聞こえる虫の声に微かに響く小川の水音が心落ち着くハーモニーを醸し出している。
 そんな中、小さな橋の下の小さな椅子の上で目覚めた《傍観者》は、精一杯伸びをして顔を洗い出した。
 彼がこの物語の主人公である。
 この世界、つまり彼の地においてはまだまだ初心者であり、日々研鑽を積み重ねている最中である。
 
 《傍観者》とほぼ同時に眼を覚ましたピノコが小さく鳴いた。
「ニィ」
「お早う、ピノコ」
 ミルクを用意した《傍観者》は、それを美味しそうに舐め始めたピノコを眼を細めて見守った。
 ピノコは雨の日に《傍観者》の家へ現れた同居人、いや同居ネコで有る。




 長い尻尾を使って一頻りピノコと遊んだ《傍観者》は《いたずら師》の家へ向かった。
 広々としたお屋敷の豪華なドアを開けて中を覗き込んだ《傍観者》は、
「居ないや」
と呟き、ピノコを促し今度は《知識師》の家に伺う事にした。

 一段と広々としたお屋敷の立派なドアを開けた《傍観者》とピノコを、部屋の中から溢れんばかりの喧騒が包み込んだ。
「やあ、いらっしゃい」
 疲れの滲み出た顔付きの《知識師》が出迎えた。
 その周りを疲れの元凶である三匹の腕白たぬりん達と、《いたずら師》がぐるぐると走り回っていた。

「《知識師》は膨大な知識を所有して居て、新たな知識を吸収する事に無上の喜びを感じて居るんだ。たぬりん達はそんな彼の同居たぬきだよ」
「?」
「《いたずら師》は此処彼の地の王様と公言している様に古くからこの世界に住み着いて、毎日闊歩してるんだ」
「・・・さっきから《傍観者》は誰に向かって話してるの?」
 不思議そうに尋ねた《知識師》に少し赤面した《傍観者》が答えた。
「いや・・・、独り言だよ」
 
「早くしないとカジノの大会に遅れるぞ」
 黒い羽を羽ばたかせどたばたと駆けずり回っていた《いたずら師》がそう叫んだ。
「カジノの大会へ行って来るから、また今度ね」
 茶色い羽を一振りしながらそう言った《知識師》は《いたずら師》と一緒に出掛けて行った。


 


 大金持ちだけが参加するのを許されたその大会には、途轍もなく貧乏な《傍観者》はお呼びで無いのである。
 留守番役のたぬりん達と追っかけっこをして遊んで居たピノコをやっとの事で引き剥がした《傍観者》は、次は《装飾師》の家を訪ねる事にした。

 《装飾師》の簡素な家の普通のドアを開けた《傍観者》は、
「居ないか」
と独り言ちた。
 物珍しそうに部屋の中を歩き回るピノコを見ながら《傍観者》は誰に聞かせると言うのか、《装飾師》に付いての説明を始めた。

「《装飾師》は此の地での仕事が忙しくて彼の地では滅多に会えないんだ」
 ツチノコ並みにね、と云い添えた《傍観者》だが、一度も有った事が無い物と比べるのは酷である。せめて惑星直列位にして置いてあげれば良いのに・・・。

 最後の行き先として《傍観者》は彼の地の番人の所に狙いを定めた。
 森の中へ足を踏み入れた《傍観者》とピノコの前にふわふわと漂いながら彼の地の番人が現れた。
「アメくれよ~」
「これがアメの番人さんだよ、ピノコ」
 アメを番人に渡しながらピノコにそう言った《傍観者》に、
「嘘を教えたらだめぞよ、アメじゃなくて彼の地の番人ぞよ」
と抗議の声が上がった。

「彼の地の番人はこの世界が出来た時から此処に居て、アメを渡すと色々な物をくれるんだ。殆ど椅子だけどね」
 《傍観者》の言葉が横に居るピノコにでは無く、誰か他の人へ向けられて居る様に感じた番人は、
小さな椅子を取り出しながら、
「誰に言っているぞよ?」
と疑問を呈して見た。
「だっ誰でも無いよ」
 慌てふためいた《傍観者》は番人にそそくさと暇を告げた。

 小さな橋の下へ戻って来た《傍観者》は、
「これで主な登場人物の紹介は終わったね」
と言いながら、ピノコと遊び始めた。
 
 以前に記載した登場人物の紹介を、何故また行うのかと首を捻っているあなた・・・、タイトルの頭に『続』と言う文字が付いて居るのに気が付いたかな?
 この言葉が表す意味の様に内容は以前の話の続きである。
 じゃあ『続』の一文字を付けた意義は何かと言うと、それは・・・秘密である。
 この様な些細な事には頓着しないで読み進めて頂けたらと《傍観者》達も願って居る事であろう。

 こんな野暮な文章を書き連ねて居る間に《傍観者》とピノコは寝入ってしまった様である。
 《傍観者》は小さな椅子の上で、ピノコはその横の小さな箱の中で、それぞれ丸まった黒い塊と白い塊は規則正しい寝息を立てて居た。

2011年6月21日火曜日

「渋の谷への扉」

第13章 知識師に聞け!

「お早うございます」
「おはよーすっ」
 朝の挨拶が最上階のフロアに響き渡る。
 最初に椅子の高さを戻し終えた《装飾師》が済まなそうに《知識師》に言った。
「先日は次の仕事場での仕事が押し迫っていて・・・」
 居残りをしてスライドの訂正をした《知識師》を手伝えなかった事への謝罪である。
 椅子の高さを調節しながら《知識師》がにこやかに答えた。
「全然気にしてませんよ、自分で遣りたかっただけですから」
 夕方からも忙しい《装飾師》の状況を良く熟知している《知識師》の、相手の負担を少しでも軽減したいと言う心遣いがこう言う場面に垣間見える。
 そんな遣り取りを聞きながら自分の椅子を直していた《傍観者》はこんな事を考えていた。
(もし椅子の高さを直さなかったら《いたずら師》は次はそれを一番低くするのかな?)


                       ??    ??


 発表会を終えたばかりでのんびりとした空気が流れる中、《いたずら師》が小首を傾げながら発言した。
「右側のエレベーターって変じゃないですか?」
「変?ああ、そう言えばそうですね」
 相槌を打った《装飾師》に《いたずら師》が続けた。
「今朝もブザーが鳴ったし」
 向かって右側のエレベーターは定員の2/3が乗り込むと重量オーバーのブザーが鳴り稼働しなく成ってしまう。勿論、他のエレベーターはそんな事は無い。
「壊れているんですかね」
 そう言いながら《装飾師》が《知識師》の顔を見た。
 釣られて《いたずら師》も《知識師》の顔を見た。
 《傍観者》もそれに倣った時、皆の視線が自分に集中した事に気付いた《知識師》は、
「ええと、それは・・・」
と言い淀み、遠くを見詰める目付きになった。
 『疑問に思ったら《知識師》に聞け!』をスローガンにしている一同は、期待を込めて解答が提示されるのを待った。
「確か、改訂前の裏社訓の捕捉にそれに関する記述が有った様な・・・」
 幾ら《知識師》でも森羅万象全ての物事に精通している訳では無い、がしかし、大抵の質問に答える事が出来るのが《知識師》の知識師たる所以である。

「思い出しましたよ!」
 膨大な知識の抽斗から求める物を探し出した《知識師》が喜びに満ちた声を上げた。
「何でも昔、無理やり定員以上乗ろうとしてエレベーターが壊れた事が有ったそうです」
「昔ってどの位前?」
 《いたずら師》が呈した疑問点に《知識師》が自信無さそうに答えた。
「んー?百年位前だと思う。今のとは違って前時代的なタイプのエレベーターだったろうし」
 黙って聞いていた《傍観者》が口を挿む。
「古いタイプってやたらとスピードが遅くて、ボタンで操作して居たんだっけ?」
「そうです、故障も多々発生して居たみたいですし。今のエレベーターには複数の修復プログラムが組み込まれて居るのでそんな事は無いですけどね」
 皆の注目を集めながら《知識師》は話を続けた。
「当時の事故を戒めにして同じ過ちを繰り返さない様に、右側の物だけ定員数に満たない状態でもブザーが鳴る様に設定して有るそうです」
 誰からともなく、おーっと言う声が上がり、その歓声の中心に居た《知識師》は面映ゆそうに両の眼を瞬かせた。

 午前中の業務をこなし、四代目大臣の弁当を買って帰って来た一同は机の上に置かれたお菓子に眼を止めた。





「またお菓子が置いて有りますね」
「紫のバラの人・・・」
 《装飾師》の発した声に《傍観者》の声が被さる。
「この間もそう言ってましたけど、誰です?」
「紫のバラの人とは・・・」
 訥々とした調子で《傍観者》の口から言葉が紡ぎ出されて行った。
「有る少女の事を陰ながら見守り、時には援助の手を差し伸べてくれる人だよ」
「ほー」
 《知識師》が奇妙な合いの手を入れた。
「それでその正体は?」
 せっかちに投げ掛けられた《装飾師》の問いに《傍観者》が厳かに答えた。
「その正体は・・・誰も知らない」
 拍子抜けした感の有る《装飾師》と《知識師》を横にして、《いたずら師》が変な節を付けて歌い出した。
「む~らさきの~バラの人~♪」

 渋の谷の街を弱まった人工太陽の日差しが柔らかく包み込み、本日の業務が恙無く終了となった。
 地上階へと降り、ビルの前の歩道で向き合い別れの挨拶を交わし合うと、まず《装飾師》が次の仕事場へと向かった。
 《いたずら師》と《知識師》も自分の家へと歩み去り、《傍観者》も素早くヒゲを付け替えると歩き始めた。
 午前中に《いたずら師》が口にした紫のバラの人のフレーズを口遊んでみた《傍観者》は、急に恥ずかしくなり殊更真面目な表情を取り繕うと道を行き交う人々の足の間へと消えて行った。

2011年6月19日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅻ章 ある雨の日に・・・ (後)

 森に到着した《傍観者》は、彼の地の番人が現れないので、おかしいなと思いながら更に奥へと歩を進めてみた。
 雨だと言うのに人々が寛いでいる公園を通り過ぎると、辺りは段々人気が無くなり裏寂しい風景へと変容していった。
「・・・・・・」
 言葉を失ったかの様に黙りこくった《傍観者》がそろりそろりと前進して行くと、やがて前方に彼の地の番人の姿がぼんやりと見えて来た。
「こんな森の奥に居たんだ」
 《傍観者》が声を掛けると彼の地の番人は、
「アメは好きだけど雨は苦手ぞよ、しかし此処まで来るとは流石、黒い生き物ぞよ」
と返した。
「相談に乗って欲しいんだけど・・・」
と言う《傍観者》の問いに彼の地の番人は常套句を掲げた。
「アメくれよ~」
 彼の地の番人にアメを渡した《傍観者》は、相談事の前に周囲を見回すとこんな質問をした。
「此処が番人さんの住処なんだね」
 小さな椅子を取り出しながら彼の地の番人は、鹿爪らしい口調で囁いた。
「他の人には秘密ぞよ」
「番人さんて・・・お化けだよね?」
「お化け?全然似ても似付かないぞよ」





「・・・そうそう、相談事なんだけど」
「わしの知らない事はないぞよ」
「ネコが・・・」
「眼の前に居るぞよ」
「?・・・此処には居ないよ」
 不思議そうな顔付きの《傍観者》と不可思議な表情を浮かべた番人が互いに見詰め合った。

「うちに子ネコが迷い込んで来たんだけど、如何したら良いかな?」
「飼ってやれば良いぞよ」
「ちゃんと飼えるかな?」
 自信無さげな《傍観者》がそう問い返すと、彼の地の番人は帽子の鍔から雨の滴を滴らせながら提言した。
「ミルクを定期的に与えて、良く遊んであげれば大丈夫ぞよ」
「そっか・・・」
 まだ迷っていた《傍観者》の背中を番人の次の言葉が後押しした。
「それに段々芸も覚えて行くぞよ」
「そっか❤じゃあ飼う事にするよ。ありがとう、番人のおじさん」
「失礼ぞよ、わしはまだお兄さんぞよ」
 見た目からは全く年齢が推測できない彼の地の番人は、やんわりと苦言を呈した。
「へえー、そうなんだ。分かったよ、おじさんみたいなお兄さん」
「それはもっと失礼ぞよ~ぞよ~ぞよ~」
 彼の地の番人の言葉尻が空しく木霊を繰り返した時には《傍観者》の姿は消えていた。

 小さな橋の下へ戻って来た《傍観者》の気配に気付いたのか、小さな箱の中で眠っていた子ネコが眼を開けた。
 箱の外へ出て来た子ネコは《傍観者》を見上げて消え入りそうな鳴き声を上げた。
「ニィ・・・」
「ただいま」
 ミルクに満たされた皿を用意した《傍観者》は、それを子ネコの前に置いてやり、そっと告げた。
「此処にずっと居ると良いよ、一緒に住もうよ」
「ニィ・・・」
 先程と同じ鳴き声を発した子ネコであったが、《傍観者》には嬉しさが滲み出たそれに聞こえた。





 美味しそうにミルクを舐め始めた子ネコを前にして《傍観者》は一人呟いた。
「名前を付けてあげなくちゃ」
 束の間逡巡した《傍観者》の頭の中に、ある名前が浮かんだ。
「女の子みたいだから、・・・ピノコしよう!」

 満腹になったピノコは《傍観者》の長い尻尾に戯れ付き始めた。
 やがて遊び疲れたピノコを小さな箱の中に寝かし付けた《傍観者》は、寝心地が良さそうな椅子を選ぶとその上に丸くなり今日有った出来事を思い返していた。
 そして、すやすやと眠るピノコの顔を一瞥すると、安心したのか深い眠りへと落ちて行った。

2011年6月14日火曜日

「渋の谷への扉」

第12章 いつもと違う日常 (後)

 本日はプレゼン発表の日である。
 灰色に淀んだ渦巻く様な雲が辺り一面に立ち込め、強風が道行く人々の足並みを乱している、という事も無く半球型のドームに覆われた渋の谷の街はいつもと変わりない穏やかな朝を迎えた。
 《いたずら師》が恒例となったいたずら、つまり朝一番の仕事を滞りなく済まし、《知識師》達が自分の椅子の高さを調整し終えたとこ迄は見慣れた日常の一コマであった。
 
 ざわついていた部屋に部長が入って来ると、辺りは潮が引く様に静けさを取り戻した。
「お早う御座います。では早速プレゼンの発表に移りたいと思います」
 部長の顔に皆の視線が集まる。
「最初は広報部、次が人事部、最後に営業部の発表にします。では、広報部お願いします」
「はい、分かりました」
 《知識師》が答え、《装飾師》と一緒にホワイトスクリーンの横に並んだ。
 幾分緊張した面持ちの《装飾師》が口火を切った。
「広報部ではクラゲのゆらりんをキャラクターに冠し、我が社の事を広く世間にアピールしたいと思います」



ゆらりん


 スクリーンに映し出されたクラゲのキャラクターは、《知識師》が曾爺さんのパソコンで作成した物に相違無いであろう。
 Web新聞の体を成したスライドを表示させ、その説明を終えた《装飾師》に代わり、今度は《知識師》がその役を担う。
「ゆらりんの認知度を高める為にクラゲ饅頭を販売します。小袋に分けた物と・・・」
 人前で話す事を得意とする《知識師》は、アドリブも交えながら数時間話し続け広報部のプレゼンが終了した。
「後で纏めて批評しますので人事部の発表に移って下さい」
 部長の言を受けて《傍観者》が席を離れ衆目の前にその身を晒した。
「優秀な人材を確保するために、人事部としましては・・・」
 《傍観者》が無い知恵を絞って考えた文言を並べていると、誰かが小さく、あっと声を上げた。
 全身全霊を込めて発表に集中していた《傍観者》は気が付かなかったが、スライドの端に小さな黒い生き物が映り込んで居たのである。
 ちょこまかと現れては消える黒い生き物に皆は注意を殺がれ、《傍観者》の言葉は空しく中を彷徨い人事部のプレゼンが終了した。

 午前中の発表は此処までとしてお昼御飯の時間になった。
 発表を終えた《知識師》達は満腹感を漂わせ食後の時間を満喫していたが、《いたずら師》だけはアメンボパグを起動し通常業務を熟していたのは正に仕事の鬼としか言い様がない。

 食事休憩が済み営業部のプレゼン発表の為に《いたずら師》が腰を上げた。
「営業部では新薬を販売します。その名も『イキカエール』です」
 摩訶不思議な楽曲が流れる中、《いたずら師》が続けた。
「生き返りの為の成分を調合したこの薬に各界からも絶賛の声が上がります、何故なら・・・」
 思わせ振りにたっぷりと間を取った《いたずら師》は、部屋を見回し高らかに告げた。
「一本たったのツーコインで購入出来るからです!」
 そして《いたずら師》は自作の成分表や塩基配列の図を表示させ、更にそれを懇切丁寧に解説し営業部のプレゼンを終了した。

「では寸評から始めます、広報部は固有名詞の誤記が眼に着きました。最悪の場合、これだけで取引が御破算に成る事も有るので気を付けて下さい」
 《知識師》が、しまったと叫び、《装飾師》は小首を傾げた。
「営業部はその値段で利益を捻出する事が可能なのか、また一番の問題は現時点では生き返りの為の薬品が発明されていない事ですね」
 《いたずら師》の顔が凍り付いた。
「人事部は・・・内容は兎も角、変な物が映り込んで居る事に気が付かなかったのですか?」
 何も気付いていなかった《傍観者》は部長の言葉にきょとんとした顔付きで答えるだけであった。

「これから更に細かく指摘して行きます」
 そう言い放った部長はきらりと光らせた眼鏡越しに辺りを睥睨すると、次々と口上を垂れた。
 気温が急激に下がった部屋の中で、《知識師》達は首を縮こまらせて拝聴していた。
 皆、部長が自分達の事を思って厳しい言辞を述べている事が分かっていたので、そのの言葉を有難く頂戴した。

「・・・最後に、参考資料を挿入する時にはその出典先を記する様にして下さい」
 長かった部長という名の嵐が通り過ぎ、ほっと一安心した《知識師》達に裁定の声が投げ掛けられた。
「今回はプレゼンとは関係の無い変な物が映り込んでいた人事部に、罰としてこの部屋の大掃除を命じます」

 そこはかと無く倦怠感が漂い出し、高度を下げた人工の日差しが窓から垣間見られる様になり今日の業務が終了となった。 





「お疲れ様っす」
 過ぎ去った事はあまりくよくよ悩まない《いたずら師》が元気良く帰って行った。
「お疲れ様です」
 次の仕事場へと気持ちを切り替えた《装飾師》が忙しそうにその後に続いた。
 《知識師》は昼間部長に指摘された箇所を訂正すべく、既に居残りの態勢に入っていた。
 何処から掃除を始めるか考え込んでいた《傍観者》は、《いたずら師》の椅子に眼を止めるとそっと近付いて行った。
 何気無い顔をしてその椅子の高さを一番上まで上げた《傍観者》は、本格的に掃除に取り掛かる為に気を入れ直した。
 掃除に身が入り興が乗って来た《傍観者》は《知識師》の靴まで磨いてあげたが、パワフルポイントのスライドの訂正に没頭していた《知識師》はそれに気付いた様子も無かった。
 この日、ビルの最上階の窓辺には夜遅くまで明かりが灯っていた。

2011年6月12日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅻ章 ある雨の日に・・・ (前)

 少し肌寒さを覚えながら小さな橋の下の小さな箱の中で目覚めた《傍観者》は、いつもと違う周辺の景色に気が付き茫然とした。
(雨が降っている・・・)
 曇天の闇夜から盛んにしとどに雨が降りそぼっている。
(彼の地でも雨が降る事が有るんだ・・・)
 初めて目にする異邦の地での雨模様に《傍観者》は時を忘れ、水煙に霞む草叢を、そして水量が増えた小さな川の水面を飽きる事無く眺め続けていた。
 ふと、何者かの気配を感じ取り振り返った《傍観者》は、橋桁の後ろに半身を隠す様に佇む小さな白い影を見咎めた。
「あっ!子ネコ・・・」
 あどけなさの残る顔付きに円らな瞳が印象的な小さな小さなネコが、《傍観者》の事をじっと見詰めていた。








 何故か狼狽してしまった《傍観者》は如何して良いか分からず、その子ネコを見詰め返していたが、やがて意を決して近付いて行った。
「何処から来たの?」
 《傍観者》が発した問いに白い子ネコは短く鳴くだけであった。
「ニィ・・・」
 雨に濡れたのか、子ネコの寒そうに震えている様子に気付いた《傍観者》は、
「そこに居ると濡れちゃうからこっちにおいでよ」
と言い、自分の寝床にしている小さな箱へと導いてあげた。
「今何か食べる物を買って来てあげるよ」
 そう言い残した《傍観者》は、大急ぎでネコカイ牧場へと向かった。
 
 ネコカイ牧場でアメと交換してネコ用のミルクを手に入れた《傍観者》は、小さな橋の下へ帰って来て小さな箱を覗き込み、子ネコの姿を確認すると安堵に胸を撫で下ろした。
「良かった、未だ居た!」
 《傍観者》がミルクの皿を差し出すと、子ネコは余程お腹が空いていたのか、貪り付く様にそれを飲み干した。
 お代わりしたミルクを今度はゆっくりとぴちゃぴちゃと舐め終えた子ネコは、安心したのか小さな箱の中で丸くなると寝息を立て始めた。
(さて、如何したものか・・・)
 自分だけで考えて居ても埒が明かないので、《傍観者》は《いたずら師》に意見を尋ねてみる事にした。

 《傍観者》が重厚なドアを開けて部屋の中に入ると、どたどたと走り回っていた《いたずら師》が振り向いてこう言った。
「俺様はこれから雨パーティーに出掛けるから忙しいのだ」
「子ネコが・・・」
 《傍観者》が言い切らない内に《いたずら師》が続けた。
「雨だからアメオス(アディオス)」
 掻き消す様に姿を消して行く《いたずら師》を見守っていた《傍観者》は、外に出ると雨空を見上げた。
 関心の無い出来事には全く興味を示さないと言う《いたずら師》の性質を熟知していた《傍観者》にとっては予想通りの展開だったので、その口元に思わず苦笑いが浮かんだ程であった。
(《知識師》にも尋ねてみよう)
と次の行き先に照準を定めた《傍観者》は雨の中へ飛び出した。






 外にまで騒がしさが伝わるその家の立派なドアを開けた《傍観者》を、所狭しと駆けずり回るたぬき達とてんてこ舞い状態の《知識師》が出迎えた。
 色々な物が散らかった部屋の状態と一時もじっとして居ない腕白たぬりん達を交互に眺めていた《傍観者》は、
(これは話を聞いてもらうどころじゃないな)
と思い、次は久しぶりに《装飾師》の家を訪ねる事にした。

 普通のドアを開けて《装飾師》の家に入った《傍観者》の眼には、椅子とテーブルだけが置かれた誰も居ない部屋が映った。
(やはり居ないか・・・)
 がらんとした人気の無い部屋で簡素な椅子に座り一休みした《傍観者》は、雫を垂らすピンと張ったヒゲを前脚で擦りながら窓枠に切り取られた雨に煙る夜空を眺めた。
 ドアを開けて雨脚の強さに辟易しながら《傍観者》は最後の行き先を決めた。
(ちょっととぼけているけど、彼の地の番人に聞いてみようっと)
 《傍観者》が彼の地の番人の所へ向かった後には閉め忘れたのか、開けっ放しの状態のドアが残っていたが、何処からか一陣の柔らかな風が吹いて来ると音も無くすーと閉まって行った。
 後には間断無く降り続く雨と、それに全ての音を呑み込まれた彼の地の風景だけが残っていた。

2011年6月8日水曜日

「渋の谷への扉」

第12章 いつもと違う日常 (前)

 麗らかな朝の陽光が降り注ぐその日は、《知識師》達が自分の椅子を直した時点までは見慣れた風景だったが、その後がいつもとは違っていた。
 先日、部長が発した言葉が各々の頭蓋の中に飛来する。

「来週、皆さんにプレゼンの発表をして貰います」
 行き成り飛び出した部長の発言に《知識師》が問い返す。
「プレゼンですか?」
「そうです、それぞれ有る仮定の部署の一員になった心算で行って貰います」
 眼を生き生きと輝かせながら《知識師》が続ける。
「有る部署とは、何処ですか?」
「営業部、広報部、人事部です。《いたずら師》と《知識師》はパワフルポイントの資格を持っているんでしたよね」
 部長は二人の顔を見ながら少しの間考え込むと、こう続けた。
「《いたずら師》は営業部として、《知識師》と《装飾師》は広報部として事に当たる事にしましょう」
 プレゼン作業が苦手な《装飾師》を慮ってか、《知識師》と組ませた部長は、それから《傍観者》に眼をやると戸惑いがちに聞いて来た。
「《傍観者》はパワフルポイントの資格を持っていましたっけ?」
 《傍観者》はどぎまぎしながら、小さな声で答えた。
「持っています、もぐりですけど・・・」
「ん?何です、後半良く聞こえなかったですけど、持っているのなら《傍観者》には人事部として取り掛かって貰います」

 そう言う訳で皆、朝から各自プレゼンの下準備に取り掛かっているのである。
「営業部って、営業利益を増やす事が第一目標ですよね」
 珍しく遣る気を表出させた《いたずら師》が《知識師》に問い掛けた。
「そうじゃないかな、広報部は事業内容や活動状況を広く世間に知らしめる事だと思うし、人事部は優秀な人材を確保する事がその意義だと思うよ」
 そう答えた《知識師》は、何やら古めかしいパソコンを足元のバッグの中から取り出すと、
「今のパソコンと互換性が有るか如何か・・・」
と言いながら、秘密めいたソフトを起ち上げた。





「随分昔のパソコンみたいですね、このタイプは記録の中でしか見た事が無いですよ」
 眼を丸くした《装飾師》が驚きを露わにして声を張り上げた。
「実は曾爺さんの物です。こっそり借りて来ちゃいました」
「そんなことして怒られないですか?」
 心配そうな顔付きになった《装飾師》が《知識師》にそう尋ねた。
「んー、ロンドンマラソンに出場する為に渡英しているから大丈夫ですよ」
「曾爺さんがですか?元気過ぎますね」
 《知識師》と《装飾師》のそんな会話を聞きながら《いたずら師》は黙々と営業部のプレゼンの為の資料集めに励んでいた。
 さて、《傍観者》であるが見た目は普段通り、ただ皆を傍観している様に見えたかもしれないが、頭の中では人事部としての最適な謳い文句をあれこれ捻出していたのだった。
 《傍観者》だって遣る時は遣るのである、外見からじゃ判らないけどね。

 お昼御飯を食べた後も、来るプレゼンの発表に向けて皆作業に勤しんでいた。
 《いたずら師》は慣れた手付きでプレゼンで使用するスライドを次々と作成して行った。
 時々アメンボパグを起動させて忙しそうに通常業務もこなしている《いたずら師》の姿勢は、見る物に感動さえ与える程で有ったであろう。
 古いパソコンに向き合っている《知識師》は、描画ソフトで曲線状の物を描いている。
 関連する資料集めに四苦八苦しているのは《装飾師》である。
 《傍観者》は考えている振りをしながら、のんびりとうたた寝をしていた。

 渋の谷の街に緩やかに黄昏が忍び寄って来て今日の業務が終了となった。
 《いたずら師》はそそくさと帰って行き、《装飾師》はお疲れ様です、と言いながら次の仕事場へ向かう為に会社を後にした。
 凝り性の《知識師》は自分の創作物にとことん手を加えるべく、《傍観者》は単に午後さぼり過ぎた為に居残りをする事にした。





 人工の月型衛星が渋の谷を覆うドームの局面を独り占めし始めたのを機に、《知識師》と《傍観者》は帰る事にした。
 これ以上遅い時間になるとビルの全ての出入り口が自動的に閉鎖してしまうからである。
 地上の歩道に降り立った《知識師》は、
「お疲れ様です」
と《傍観者》に言い、曾爺さんのパソコンが収納された重そうなバッグを掲げると、ふらふらした足取りで立ち去って行った。
 その後ろ姿を束の間見守っていた《傍観者》は、自分に反省を促しながらヒゲを付け替えた。
 何を反省していたかって?
 居残りの最中も殆ど寝ていた事である。
 先程の文を訂正しよう。
 《傍観者》は遣る時は遣る、しかし遣っているかと思うとあまり遣っていない。
 そんな如何でも良い情報が齎されている間に《傍観者》の黒い姿は闇の中に溶け込むように消えていた。
 

2011年6月5日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅺ章 知識師の家にいたのは・・・

 《傍観者》が眼を覚ますと、辺りはいつもの様に真夜中だった。
 勢い良く小さな箱から飛び出した《傍観者》は、並べられた椅子を数えながら、
(今日も時間旅行をしようかな)
と寝起きの頭で考え込み始めた。
 細波の様に遠く近く聞こえる虫の声を背にして一人思索していた《傍観者》は、遥か天空に《知識師》の豆粒程の姿態を見咎めた。
 見る見る内に高度を下げた《知識師》は茶色い羽をパタパタ羽ばたかせながら《傍観者》の眼の前に着地した。
「お目覚めのモーニングコーヒーを持って来たよ」
「今、真夜中だよね」
「・・・こほん、言ってみたかっただけだよ」
 少し赤面しながら《知識師》はそう言うと、タイムマシンをちらっと眺めながら会話を続けた。
「時間旅行も良いけど、《傍観者》はこの時代で行ってない処がまだまだ沢山有るんだよね」
「うん、有るよ」
「じゃあ、先にそっちの方へ出掛けた方が良いかもね」
「そっか?そうしようかな」
 流石、《知識師》。《傍観者》にとっての良い指針である。
 納得した《傍観者》は深く頷いた。

「ところで暇だったらうちへ来なよ」
「良いよ」
 ふわっと体を浮かせた《知識師》は、
「見せたい物が有るんだ」
 と言うが早いか、その身を空高く舞い上げ始めたので、《傍観者》は慌てて後を追う事にした。

 立派な佇まいの、同じく立派なドアを開けて中へ入った《傍観者》を茶色い生き物が出迎えた。
「これは・・・タヌキ!」
「そう、三つ子なんだ❤❤❤」
 《傍観者》の発した驚きの声に嬉しそうに《知識師》が答えた。





 腕白そうなタヌキの子供達が所狭しと部屋中を駆け回りだした。
「名前は、たぬりん」
「どれがたぬりん?」
「全部たぬりんだよ」
「へえー、そうなんだ」
 同じ名前だと混乱しないかなと思い、《傍観者》がそう尋ねると、
「大丈夫だよ、いつも一緒に居るから」
と《知識師》は少々的外れな言葉を返し、たぬりんと呼ぶと子だぬき達が彼の傍にやって来てビー玉みたいな瞳で顔を見上げた。
「この間、カジノの大会で二位になって、その賞品として貰ったんだ。この王冠と一緒にね」
 《傍観者》が気付くと《知識師》の頭の上にきらきらと輝く王冠が乗っかっていた。
「二位なんて凄いな、《知識師》は!」
 羨望の眼差しで王冠を凝視しながら《傍観者》が発した言葉を聞いて、《知識師》は嬉しそうに茶色い羽をぱたぱたさせた。

「男の子が二匹で、後一匹は女の子なんだ」
「見分けが付くの?」
 そっくりな姿形の三匹を見ながら《傍観者》が尋ねると、
「勿論だよ、少しづつ顔付きが違うし、一番優しそうなのが女の子だよ」
 だが《傍観者》には三面鏡に映したみたいに寸分違わず同じ顔に見えるたぬき達であった。

「でも、たぬきって何を食べるの?」
「何でも食べるよ、肉でも魚でも木の実や穀物も食べるし」
「雑食なんだね」
「そうだよ、それから公園や森や、人の家にも連れて行けるんだ」
「人の家にも!」
「《傍観者》の家にも今度連れて行くからね」
 それを聞いてすっかりご機嫌な様子の《傍観者》は、たぬりん達と追っかけっこを始めた。
 喜び勇んで走り回る《傍観者》と子だぬき達を思慮深い眼差しで見守りながら、《知識師》は頭上の王冠を手に取ると飾り台の上に大事そうにそっと置いた。

 

           


 腕白たぬりん達と遊び疲れた《傍観者》は、《知識師》の家を辞した後、彼の地の番人の処へと向かった。
「アメくれよ~」
「はい、今日も椅子でしょ」
「そんなに椅子が欲しいなら、椅子にするぞよ」
 彼の地の番人が取り出したのは前のより少し大きいけれど、やはり椅子だった。
「ねえ、《知識師》がたぬきを飼い始めたの知ってる?」
「わしはこの世界が誕生した時から彼の地の番人ぞよ、知らない事は無いぞよ」
 胸を張って答える番人に《傍観者》は次の質問をした。
「じゃあ、どれが男の子でどれが女の子か判る?」
「急におなかが空いて来たぞよ~」
 眼を逸らした彼の地の番人は慌てふためいたかの様に急いで森の奥へと帰って行ってしまった。

 小さな橋の下へと戻って来た《傍観者》は小さな箱の中で丸くなると、
(やっぱりペット欲しいな・・・)
と未だ見ぬペットに思いを馳せていたが、近日中にそれが現実の事になるとは思いも寄らない事であった。