2011年7月6日水曜日

「渋の谷への扉」

第15章 その正体は!

 《いたずら師》がビルの最上階の部屋へ入って行くと誰の姿も無かった。
(やりー、一番乗りだ)
 小躍りしながら《いたずら師》が自分の席のすぐ横の椅子に手を伸ばそうとした時、誰あろう、《知識師》が現れた。
「・・・早いですね」
 出鼻を挫かれ悄然とした《いたずら師》に、かっかっかっと笑いながら《知識師》が、
「早起きこそ長生きの極意為り、ぢゃ」
と返した。
 漏れ出しそうな溜息を青々しい汁と一緒に呑み込んだ《いたずら師》は、部屋に入って来る足音を聞き咎め顔を向けた。
 最初に《装飾師》、次に《傍観者》、そしてその後ろに《知識師》が顔を覗かせた。
「えっ?」
 反射的に自分の横を見やった《いたずら師》は、そこにも《知識師》が居るのを確認し目を丸くした。
「お早うござ・・・あれ?」
 朝の挨拶の途中で《装飾師》も異変に気付き、素っ頓狂な声を上げた。
 《傍観者》が皆の心中の言葉を口にした。
「《知識師》が二人いる!」

 二人の《知識師》をその場に残し、《いたずら師》と《装飾師》、《傍観者》はまたまた部屋の隅に集まるとひそひそ話を始めた。

「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「双子じゃないですか?でもそんな話聞いてないし」
「クローンかも・・・いや、それは法律的に認められてないか」
「ドッペルゲンガーかも、ひぇ~」
「まさか『11人いる!』を読んだんじゃ・・・」
「何ですか?それは」
「・・・何でも無い」

 議論が出尽くした三人が振り返ると、睨み合っていた二人の《知識師》の片方が口を開いた。
「散々誤ったじゃない」
 もう片方の《知識師》が返した。
「ふん、わしじゃって偶には渋の谷の街へ来て見たかったんぢゃ!」
 訳が分からず固まっていた三人に、向かって右側に居た《知識師》が話し掛けて来た。
「これは・・・実は曾爺さんです」
「曾爺さん!!!」
 三重唱の驚きの声が上がる中、本物の《知識師》が続ける。
「そうです。プレゼンの時にパソコンを黙って持ち出したので罰として座敷牢に閉じ込められました」
「じゃあ、先日様子が変だったのは・・・曾爺さんだったんだ」
 《装飾師》が納得の声を上げ、《いたずら師》と《傍観者》も追随した。

「さてと・・・本物が現れたんじゃしょうが無い、わしは帰るとするか」
 腰を上げた曾爺さんに《いたずら師》が尋ねた。
「今日も車ですか?」
「バスぢゃ!皆の者、よきに計らえぢゃ」
 意味不明の言葉を残し曾爺さんは悠々と帰って行った。





 《知識師》に曾爺さんの事を色々と聞こうと勢い込んで身を乗り出した三人は、部長が顔を覗かせているのに気付き仕事に没頭する事にした。

 お昼御飯の時間になり四代目大臣の弁当を食べながら皆、質問の鉾先を《知識師》に集中させた。
「曾爺さんと《知識師》は何であんなにそっくりなんですか?」
「たしか百三十歳位ですよね、元気過ぎるし・・・」
「・・・今目の前にに居るのが曾爺さんの方だったりして」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に《知識師》が答えた。
「何か曾爺さんは年取っても若い頃と変わらないんですよね。引退しても知識を渇望する意欲は益々燃え盛るばかりだし・・・」
 こほん、と一つ咳をして《知識師》は続けた。
「それから此処に居るのがいつもの《知識師》だって、毎日顔を突き合わせているんだから判りますよね?」
「うーん?」
 胸を張って辺りに顔を巡らせた《知識師》に《いたずら師》達三人が自信無さげな声を上げた。
 鏡から飛び出して来た様な、否、コピーロボットを使用した様な、否、タイムパラドックスを無視して過去か未来から《知識師》本人が現れた様な、それ程までに瓜二つな曾爺さんとその曾孫が引き起こした騒動に、翻弄されっぱなしの面々であった。

                         





 人工太陽が傾き渋の谷の街にビル群の影が勝り始めた頃、今日の業務が終了した。
 反重力エレベーターで地上階へ降りて来た一同は歩道へ出ると別れの挨拶を交わし合った。
「お疲れ様っす、曾爺さーん❤」
「お疲れ様です、曾爺さん」
「曾爺さん、今日はお疲れ様だったね」
「・・・だから曾爺さんはとっくに帰ったって」
 苦笑しながら去って行く《知識師》を見送りながら《装飾師》が呟いた。
「しかし、そっくりでしたね」
 《いたずら師》も胸中を吐露した。
「会社に残ったのが曾爺さんかもしれませんよね」
「口を開かないと区別出来ないってのがミソだな」
 《傍観者》が発した言葉を最後に三人はそれぞれの方向へと足を向けた。
 一人粛々と脚を繰り出していた《傍観者》は頭の中に《知識師》と曾爺さんの姿を思い浮かべて見たが、ふと或る事に気が付き立ち止まった。
(もしかして・・・爺さんと父親も皆同じ顔なんじゃ・・・)
 背格好の同じ四人の人物の首の上に寸分違わ無い同じ顔を乗っけた時、《傍観者》は混乱して誰が誰だか判別出来なくなった。
 溜息を洩らし視線を落とした《傍観者》は、それ以上想像する事を止めて人混みの中にひっそりと紛れ込んで行った。

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