寝ぼけ眼で起き出した《傍観者》は、
「イチゴ・・・」
と呟くと、頭を一振りして椅子から飛び降りた。
小さな箱からもそもそと這い出して来たピノコを従え、猫の額程の庭(ん?どの猫だろう)に近付いて行った《傍観者》は、小さな赤い実に気付き破顔した。
「ちゃんと成ってる❤」
「ニィ❤」
ピノコも嬉しそうに追随した。
薄ぼんやりとした月光に照らされながらイチゴを収穫した《傍観者》は、早速それをガーデニング箱の中に入れて蓋をした。
一呼吸分の時を数え蓋を開けて見ると、幾ばくかのライフドルと新たにイチゴの種が垣間見えた。
イチゴの種を取り出し畑に播いた《傍観者》は、ピノコに声を掛けた。
「ピノコ、水を・・・」
だが、《傍観者》が言い終わらない内に如雨露を手にしたピノコは小川へと向かって居た。
気心の知れた《傍観者》とピノコとの、阿吽の呼吸の所作である。
猫なのに阿吽の呼吸とは、これ如何に。
「さて、今日は何処に行こうかな?」
一段落付いてピノコに聞かせるとも無く発した《傍観者》の言葉に、か細い声が返って来た。
「ニィ」
「ん?何、ピノコ」
「ウニィ」
「海?海へ行きたいのか」
円らな瞳のピノコに見詰められながら《傍観者》は、
「どうせなら、沖縄まで行こう」
と声を張り上げた。
沖縄と言っても移動は簡単である。
秒針が六度程傾きを増した間に《傍観者》とピノコは沖縄に着いて居た。
「うわー、日差しが強いな」
じりじりと肌を射す様な日差しに《傍観者》が堪らず声を上げた。
さらさらとした白色の砂浜は裸足の《傍観者》とピノコには熱過ぎて、一ヶ所には立ち止まって居られ無い程であった。
何か気になる事でも有るのか、後ろを振り返って不思議そうな顔をして居るピノコにに気付いた《傍観者》は、その視線を辿り同じ様に不思議そうな顔付きになった。
「足跡が消えて行く・・・」
二匹が見詰める間にも古い足跡から段々と消えて行き、砂浜は元の姿を取り戻しつつあった。
「面白いかも!」
わくわくして来た《傍観者》と、うきうきした様子のピノコは、好き勝手に歩き回ったり足跡で模様を描いたりして、その消えて行く様を時間を忘れて楽しんだ。
散々はしゃぎ合った《傍観者》とピノコは涼を求めて海岸縁に見える樹影に近付いて行った。
火照った体を木陰で冷ましながら《傍観者》が海で泳ぐ人々を見ながら、こう言った。
「海へ入るのには水着が無いと駄目みたいだね」
負け惜しみを含んだ言葉を続けた《傍観者》に、ピノコの慰めを込めた鳴き声が被さった。
「水の中は好きじゃないから、別に良いもんねー」
「ニィ・・・」
強がって見せたものの、やや残念そうに海面を見続けて居た《傍観者》の視界に、水面から気持ち良さそうに飛び上がって来た生き物が飛び込んで来た。
「あっ!イルカ・・・」
気が付けば、あちらこちらでイルカの空中ショーが始まっており、辺りは歓声と叫声に包まれた。
ピノコが前脚をむずむずさせているのを見た《傍観者》は、
「あれは食べ物じゃ無いからね、それに遠いから小さく見えるけど本当はもっと大きいんだから」
と道理を諭してあげた。
十分程続いたショーも終わり、イルカ達が去ったのを潮に《傍観者》とピノコは腰を上げ、お土産物屋を覗いて見る事にした。
店先で麦わら帽子を眺めている《傍観者》の横では、ピノコがシーサーの置物とにらめっこに勤しんでいた。
「お金が無いから、見るだけ、見るだけだよ」
自分に言い聞かせているのか、一人呟いていた《傍観者》を真似る様にピノコが小さく、ニィダケと鳴いた。
「そうそう、彼の地の番人の処へ寄って行かなくちゃ」
沖縄を後にした《傍観者》は家に帰る前に番人の住処が有る森の中へと入って行った。
「アメくれよ~」
ふわふわと漂いながら現れた彼の地の番人に、アメを渡しながら《傍観者》は今日の報告をした。
「さっきまで沖縄に行ってたんだよ」
「随分日に焼けたぞよ、真黒ぞよ~」
「元から黒いんだけど・・・」
決まり悪そうに視線を逸らした番人は、
「こっちは真っ白ぞよ、SPF50+の日焼け止めって感じぞよ」
と、ピノコに声を掛け、その場に小さな椅子を取り出して置くと一目散に森の奥へと引っ込んでしまった。
小さな橋の下へと帰って来た《傍観者》は新たに増えた椅子を端っこに並べ、ピノコはイチゴに水を上げる準備に取り掛かった。
戻って来たピノコは《傍観者》の横に並び、二匹は揃ってヒゲの先に着いた砂を落とし始めた。
やがて小さな箱の中で丸くなったピノコを視認した《傍観者》は、自分も小さな椅子に上がるとその身を休める事にした。
日に焼けて黒ネコに成ってしまったピノコが夢に現れた《傍観者》は、その寝顔に驚愕の表情を張り付けて居た。
反してピノコは、イルカに乗って大海原の上空を舞っている夢でも見て居るのか、幸せそうに安らかな寝息を立てて居た。
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