2011年6月29日水曜日

「渋の谷への扉」

第14章 似て非なる者

 今日も一番乗りだ、と秘めた闘志を胸に滾らせビルの最上階へと足を踏み入れた《いたずら師》は、《知識師》の後ろ姿に眼を止め意気消沈した。
「・・・おはよーすっ」
 だが、振り返った《知識師》は、ふむふむと口の中で呟きながらこう返した。
「お主が《いたずら師》ぢゃな?」
「・・・お主?・・・ぢゃな?」
 困惑した様子の《いたずら師》に対して、《知識師》は更に続けた。
「よし、都こんぶをやろう」
 《いたずら師》が細長い赤い箱を手にしたまま立ち尽くしている間に、《装飾師》と《傍観者》が部屋に入って来た。
「お早うございます。先に来てたんですね、《知識師》は」
「おお、《装飾師》ぢゃな!よしよし、ソースせんべいをやろう」
 顔中に?マークを浮かび上がらせた《装飾師》を尻目に、今度は《知識師》は《傍観者》に向き合った。
「この黒っこいのは正しく《傍観者》ぢゃ!」
「ぢゃ?」
「《傍観者》には、よっちゃんイカをやろう」
「???」
 きつねに摘ままれた様な感が有る《いたずら師》と《装飾師》、それに《傍観者》は部屋の隅に移動するとひそひそ話を始めた。

「今日の《知識師》、少し変ですよね」
「ぢゃ、とか言ってるし」
「何か悪い物でも食べたのかな?」
「鈴カステラの食い過ぎとか」
「いや、ぽたぽた焼かも」
「それよりも、この駄菓子どうします?」
「お昼に食べようよ」
 誰がどの会話文を口にしたかは特に記さないので、それぞれ好き勝手な顔を思い浮かべて欲しい。
 そんな内緒話は聞こえて無いのか、澄ました表情で《知識師》は物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していた。

 お昼時になると、さあ、四代目大臣へ行くのぢゃ、と言いながら《知識師》は率先して部屋を出て行った。
 後に続いた《いたずら師》達の前を《知識師》が迷う事無く歩いて行く。
 これまた迷う事無く彼の定番の肉じゃが弁当を手にした《知識師》を見て、誰かがぽつりと呟いた。
「いつもの《知識師》に戻ったみたい」

 各々弁当を掲げて会社へ戻って来た時も、誰よりも早く電子レンジに足を向けた《知識師》の振る舞いに、
「やはりいつもの《知識師》ですよ」
と《いたずら師》が納得した様に頷いた。
 《傍観者》も《いたずら師》に同調しそうになったが、古びた電子レンジを愛おしそうに撫でる《知識師》を見るに連れ、そこはかとなく湧き上がってくる違和感を払拭する事は出来なかった。





 弁当を食べ終わった《知識師》が数種類の内服薬を取り出したのに気付いた《装飾師》が疑問を口にした。
「あれ?いつも薬なんか飲んでいましたっけ?」
「わしは毎食後飲んでおるんぢゃ」
 わし、と言う言葉が《装飾師》の耳目に飛び込み、やがて《いたずら師》と《傍観者》をも呑み込み迷宮へと誘って行った。

 疑問が渦巻く部屋の中にも余所と平等に人工太陽はその輝きを減じ、今日の業務は終了となった。
「さらばぢゃ、皆の者」
 そう言い残して去って行く《知識師》の背中を見ながら《いたずら師》がこう言った。
「付けて見ましょうよ」
 即座に賛同した《装飾師》と《傍観者》を加え、ここ渋の谷の街に即席の調査員が三名誕生した。





 姿勢正しく、ゆったりとした歩調で進む《知識師》の後ろに、やや間を開けてぎこちなさの勝る怪しげな影が連なった。
 やがて会社から程近い立体駐車場へ入って行った《知識師》は、レトロなフォルムの自動車に乗って出て来ると颯爽と走り去って行ってしまった。
 斯して誕生したばかりの調査員達はその任を解かれ、一般市民に戻った《いたずら師》がこう言った。
「《知識師》って、車で会社へ来てるんでしたっけ?」
「聞いた事無いですね」
 受け答えた《装飾師》も得心がいかない様子で首を捻る。

 暫くその場に立ち止まり《知識師》が走り去って行った方角を見詰めていた彼等は、誰からともなく、帰りましょうか、と言い合い袂を分けた。
 何か釈然としない、魚の小骨が喉に引っ掛かったままの様な僅かな感情の乱れみたいな物が、《いたずら師》を筆頭に《装飾師》、《傍観者》の胸中を揺さぶり続けていた。

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