第12章 いつもと違う日常 (前)
麗らかな朝の陽光が降り注ぐその日は、《知識師》達が自分の椅子を直した時点までは見慣れた風景だったが、その後がいつもとは違っていた。
先日、部長が発した言葉が各々の頭蓋の中に飛来する。
「来週、皆さんにプレゼンの発表をして貰います」
行き成り飛び出した部長の発言に《知識師》が問い返す。
「プレゼンですか?」
「そうです、それぞれ有る仮定の部署の一員になった心算で行って貰います」
眼を生き生きと輝かせながら《知識師》が続ける。
「有る部署とは、何処ですか?」
「営業部、広報部、人事部です。《いたずら師》と《知識師》はパワフルポイントの資格を持っているんでしたよね」
部長は二人の顔を見ながら少しの間考え込むと、こう続けた。
「《いたずら師》は営業部として、《知識師》と《装飾師》は広報部として事に当たる事にしましょう」
プレゼン作業が苦手な《装飾師》を慮ってか、《知識師》と組ませた部長は、それから《傍観者》に眼をやると戸惑いがちに聞いて来た。
「《傍観者》はパワフルポイントの資格を持っていましたっけ?」
《傍観者》はどぎまぎしながら、小さな声で答えた。
「持っています、もぐりですけど・・・」
「ん?何です、後半良く聞こえなかったですけど、持っているのなら《傍観者》には人事部として取り掛かって貰います」
そう言う訳で皆、朝から各自プレゼンの下準備に取り掛かっているのである。
「営業部って、営業利益を増やす事が第一目標ですよね」
珍しく遣る気を表出させた《いたずら師》が《知識師》に問い掛けた。
「そうじゃないかな、広報部は事業内容や活動状況を広く世間に知らしめる事だと思うし、人事部は優秀な人材を確保する事がその意義だと思うよ」
そう答えた《知識師》は、何やら古めかしいパソコンを足元のバッグの中から取り出すと、
「今のパソコンと互換性が有るか如何か・・・」
と言いながら、秘密めいたソフトを起ち上げた。
「随分昔のパソコンみたいですね、このタイプは記録の中でしか見た事が無いですよ」
眼を丸くした《装飾師》が驚きを露わにして声を張り上げた。
「実は曾爺さんの物です。こっそり借りて来ちゃいました」
「そんなことして怒られないですか?」
心配そうな顔付きになった《装飾師》が《知識師》にそう尋ねた。
「んー、ロンドンマラソンに出場する為に渡英しているから大丈夫ですよ」
「曾爺さんがですか?元気過ぎますね」
《知識師》と《装飾師》のそんな会話を聞きながら《いたずら師》は黙々と営業部のプレゼンの為の資料集めに励んでいた。
さて、《傍観者》であるが見た目は普段通り、ただ皆を傍観している様に見えたかもしれないが、頭の中では人事部としての最適な謳い文句をあれこれ捻出していたのだった。
《傍観者》だって遣る時は遣るのである、外見からじゃ判らないけどね。
お昼御飯を食べた後も、来るプレゼンの発表に向けて皆作業に勤しんでいた。
《いたずら師》は慣れた手付きでプレゼンで使用するスライドを次々と作成して行った。
時々アメンボパグを起動させて忙しそうに通常業務もこなしている《いたずら師》の姿勢は、見る物に感動さえ与える程で有ったであろう。
古いパソコンに向き合っている《知識師》は、描画ソフトで曲線状の物を描いている。
関連する資料集めに四苦八苦しているのは《装飾師》である。
《傍観者》は考えている振りをしながら、のんびりとうたた寝をしていた。
渋の谷の街に緩やかに黄昏が忍び寄って来て今日の業務が終了となった。
《いたずら師》はそそくさと帰って行き、《装飾師》はお疲れ様です、と言いながら次の仕事場へ向かう為に会社を後にした。
凝り性の《知識師》は自分の創作物にとことん手を加えるべく、《傍観者》は単に午後さぼり過ぎた為に居残りをする事にした。
人工の月型衛星が渋の谷を覆うドームの局面を独り占めし始めたのを機に、《知識師》と《傍観者》は帰る事にした。
これ以上遅い時間になるとビルの全ての出入り口が自動的に閉鎖してしまうからである。
地上の歩道に降り立った《知識師》は、
「お疲れ様です」
と《傍観者》に言い、曾爺さんのパソコンが収納された重そうなバッグを掲げると、ふらふらした足取りで立ち去って行った。
その後ろ姿を束の間見守っていた《傍観者》は、自分に反省を促しながらヒゲを付け替えた。
何を反省していたかって?
居残りの最中も殆ど寝ていた事である。
先程の文を訂正しよう。
《傍観者》は遣る時は遣る、しかし遣っているかと思うとあまり遣っていない。
そんな如何でも良い情報が齎されている間に《傍観者》の黒い姿は闇の中に溶け込むように消えていた。
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