2011年4月5日火曜日

「渋の谷への扉」

第3章 三人の男達

 その日、会社に一番早く着いたのは《いたずら師》だった。
 彼は部屋へ入るなり、《知識師》の椅子にいたずらをし、有ろうことか、《装飾師》と《傍観者》の椅子にまで魔の手を伸ばした。
 《装飾師》だけ「うわぁ、高い」と声にしたが、《知識師》は無言でさっさと椅子を直し、同じく《傍観者》も無言で椅子を直した。但し、心の中で、
(本当に《いたずら師》は仕事熱心だな)とつぶやきながらである。
 そんな三人を眺めながら《いたずら師》は
「昨日、NOSのエクセールとワド、取りましたよ、ちょー楽勝っすよ」と言い、
「早く、オフィスグリコーゲンよ来~い」
と続けた。
 そんな《いたずら師》を2秒ほど見つめた《知識師》は、決意を込めた顔でこう言った。
「オフィスグリコーゲン、来ないと思うよ」
「えっ??」
 忽ち涙目になった《いたずら師》は茫然としてその動きを止めた。
「実は、ちょっと気になったんで調べたんですが・・・」
 ここからは《知識師》の独断場である。





「そもそもオフィスグリコーゲンはここ渋の谷の街で、始まった事らしいんですよ」
 自分を見つめる3対6個の眼を見回しながら《知識師》が続ける。
「百年位前の事らしいんですが、当時世の中には無気力と虚無感、厭世感が蔓延していたんだそうです」
「へえー、今とは大違いですね」と《装飾師》が受ける。
「その空気を払拭するために、ある三人の男達が立ち上がったと云われています」
「三人の男達が!」
「格好いいなぁ」
 《装飾師》と《傍観者》がまたまた受ける。
「ところが!」
 調子の上がった《知識師》の話はまだまだ続く。
「目標を達成した時に届けられるオフィスグリコーゲンに人々はやる気を見せ始めたんですが、だんだんオフィスグリコーゲンだけが目当てになり、そのための努力が疎かになっていったんです」
「人間って結果だけを求める生き物ですからね」
 少し寂しそうに《装飾師》が続ける。
「3人の男たちも何か思うところがあったのか、やがてこの風習は廃れていきました」
「なんか、悲しい話ですね」

「ところが!」
 静まり返った部屋の中に《知識師》の声が響く。
「オフィスグリコーゲンが人々に届かなくなって何年か過ぎた頃、オフィスケーキが届き始めたんです」
「オフィスケーキ!?」
 《知識師》を除く三人の声が重なりあい、壁にぶつかって四方へと霧散した。
「ええ、こんな日記みたいなものを記録の底から見付けました」
 そう言って《知識師》は自分の顔の前に半透明のスクリーンを出現させ、古い記録を表示させると裏返して皆に見せた。

『201X年 4月4日 先生がオフィスケーキを持って来てくれた。オフィスグリコーゲンもいいけど、やはりオフィスケーキのほうが美味しい❤』

「おーっ!」
「よくこんな古い記録を見つけましたね」
 《知識師》を見つめる《装飾師》の眼差しが尊敬の念に染まった。
「思うに、三人の男達、あるいはその内の一人かもしれないけど、人々を見捨てたままでは置けなかったんでしょうね、きっと。しかし、貰えた人は数える程だと言うし・・・」
 頬を心持ち赤らめた《知識師》が憶測を述べる。
「しかしこの三人の男達って、いったい何者だったんでしょうね?」
「先に生まれたって書いてあるから、たぶんお爺さんじゃないですかね」
「そうか、お爺さんか・・・」
 皆の頭の中に優しそうな三人のお爺さんの影が通り過ぎた。

「♪ケーキ、ケーキ、オフィスケ~キ」
 無邪気に歌い始めた《いたずら師》を見つめる三人の眼には、優しさに満ちた慈愛の色が浮かんでいた。





 人工太陽の日差しが半球型のドーム越しに傾き始めた頃、今日の業務が終わった。
 すっかりご満悦な様子の《いたずら師》が鼻歌交じりに部屋を飛び出して行き、《知識師》と《装飾師》も満足げな顔で後に続いた。

 一人取り残された《傍観者》は暫くマウスをコロコロ転がして遊んでいたが、やがて「良いな、オフィスケーキ」とつぶやくと、そっと部屋を出た。

 地上に降りた《傍観者》は
(ケーキを食べるとヒゲに生クリームが付いちゃうんだよな。でも、それを最後にペロペロと舐めるのがまた、たまらなく美味しいんだよなぁ・・・)
などと考え考え歩きだしたので、またまたヒゲを付け替えるのを忘れていた。

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