第2章 《傍観者》が持って来たモノ
眠たい眼を前脚で擦りながら、《傍観者》が会社へ着くと、今日はまだ誰も来ていなかった。
何処からか取り出した、掌にすっぽり収まるサイズの楕円形をした底が平らな、あるモノを《傍観者》は弄び始めた。
夢中になって爪を立てていた《傍観者》は連れだって入って来た《いたずら師》と《装飾師》に気付き、少し恥ずかしくなった。
「お早うございます」「おはよーすっ」
好き勝手な挨拶を交わし合い、各自席に着くと早速仕事を始めた。
《いたずら師》は隣の席の《装飾師》の席に、
「♪グリコーゲン、グリコーゲン」と歌いながらいつものいたずらを始めた。
《装飾師》はパワースーツの企画書を新しく練り始めた。
目の前の空間に半透明のスクリーンを出現させた《装飾師》は、自分の指と声を使って着々と作業を進めていった。
「お早うございます」
部屋に入って来た《知識師》が諦観を込めた表情で椅子を直しながら、「エクセールとワド、受かりました」とにこやかに言った。
「でも、俺の勝ち~、♪グリ~コゲ~ン」と変な節を付けて鼻歌を歌いだした《いたずら師》を無視した《知識師》は、
「もう仕事を始めてるんですか?」と《装飾師》に聞いた。
「ええ、仕事が忙しくて、忙しくて大変なんです」
仕事の手を休めず、《装飾師》が答える。
持って生まれたセンスを必要とする《装飾師》という職業は、その適正ゆえか、人数が少なく一人当たりの仕事量がとても多いのだった。
「ところで、それはもしかして・・・」
《知識師》が語尾を濁したので、《いたずら師》と手を休めた《装飾師》が一斉に顔を向けた。
訝しげな表情を浮かべた《知識師》が見つめていたのは、《傍観者》が手にしていた、あるモノだった。
「曾爺ちゃんから聞いたことがあるけど、それってマウスじゃないですか?」
「マウス?」「??」
「ええ、何でも大昔のパソコンは本体と入力装置のマウスというものが、尻尾で繋がっていたそうですよ」
「へえー、マウスね」
「よく知ってますね!そんな事まで」
《いたずら師》と《装飾師》は《傍観者》の尖った耳と長い尻尾を見比べて
「道理で・・・」
「前から思っていたんですが、やはり《傍観者》って、ね・・・なんですかね・・・」
と、ひそひそと話し始めた。
三人の思惑など知る由もない《傍観者》は長い尻尾をパタパタさせながら、いつまでも夢中になってあるモノ、マウスを小突いたり、ひっくり返したりしていた。
半球型のドームから差し込む人工太陽の日差しが斜めに傾き始め、いつものように業務が終わりを迎える。
「さあ、帰ろう、♪グリグリグリコ~ゲン」
「これからもう一つの会社で、新型のパワースーツの企画書を提出しなければならないんですよ」
「ほんと、大変ですねぇ」
三者三様に会社を後にし始めた。
一人取り残された《傍観者》は、暫くマウスを弄んでいたが急に興味を無くしたのか、それでも丁寧にそれをデスクに仕舞い帰る支度を始めた。
反重力エレベーターで1階に降りた《傍観者》は残してきたマウスの事が気になるのか、何回も後ろを振り返りながら雑踏の中に紛れていった。
仕事用のヒゲを、プライベート用のヒゲと付け替えるのを忘れていた事に《傍観者》が気付くのはだいぶ後の事だが、実は両方のヒゲはそっくりなので付け替えても周りの者は誰もその違いを分からない、という事を最後に付け加えておくとしよう。
2011年3月30日水曜日
2011年3月28日月曜日
「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」
プロローグ
これは、彼の地での《傍観者》の成長と旅立ちの物語である。
登場人物は主に四人。
一人目は、《傍観者》。この物語の主人公であるが、生まれたばかりなので彼の地の事を良く知らない。
二人目は、《いたずら師》。彼は100年前から彼の地で暮らしており、自分の家の庭のようにこの世界を闊歩している。
三人目は、《知識師》。彼は50年前から彼の地で暮らしており、その名の示す通りに膨大な知識を所有している。
四人目は、《装飾師》。彼は《傍観者》とほぼ同じ頃に彼の地に生まれ、また、同じ様に彼の地の事を良く知らない。
第Ⅰ章 AP2111年 目覚めの刻
《傍観者》が目覚めると、そこは小さな橋の下の小さな箱の中だった。
箱の縁から顔だけ出して周りを見回した《傍観者》は、
「何もない」
と小さくつぶやいた。
軽く伸びをして、長い尻尾をピンと立てた《傍観者》は箱の外へ出てみたが、冬風にそよぐ柔らかそうな草叢と小さな小川が目に映るばかりだった。
(これからどうしたら良いのだろう・・・)
生まれたばかりの《傍観者》に分かるはずもなく、仕方なく彼は箱の中に戻り小さな体に長い尻尾を巻き付けて浅い眠りに就いた。
こうして《傍観者》の彼の地での一日目は終わりを迎えた。
草叢をせかせかと踏みしめる足音に《傍観者》が目覚めさせられると、そこには《いたずら師》がいた。
「俺様は《いたずら師》だ。彼の地の王様だ」と言いながら《いたずら師》は、黒い羽を羽ばたかせ黒い角を振り回しながら大きな岩でリフティングを始めた。
「僕は《知識師》。彼の地での事を色々教えてあげるよ」
驚いた《傍観者》が振り向くとそこには、穏やかな顔付きで知的な眼差しをして片手に大きな本を持った《知識師》がいた。
「どこか行きたい所はない?」
と《知識師》が聞いてきたので、
「カジノ!」
と《傍観者》がすかさず答えると、
「では、俺様に付いて来るがよい」
黒い羽を大きく羽ばたかせ《いたずら師》が空高く飛んで行った。
「僕に付いておいでよ」
今度は《知識師》が茶色い羽を羽ばたかせ、《傍観者》が付いて来やすいようにゆっくりと空へ飛んで行った。
《傍観者》は後ろを振り返り小さな箱を1秒だけ見つめ、遅れてなるものかと既に小さくなった《知識師》の影を求めて走り始めた。
二人の影を見失わないように気を付けながら《傍観者》が煌びやかなネオンが瞬く建物の前に到着すると、こんな声が聞こえてきた。
「俺様がさっき《装飾師》の家に行ったら誰も居なかったぞ」
「まだ生まれたばかりなのに、どこに行ったのかな?」
どうやらもう一人《装飾師》という人が居るらしいが、(今日は会えないみたいだな、まあその内会えるだろう)と《傍観者》が呑気に考えている間にいつの間にか建物の中に入っていた。
「俺様は大金持ちの王様だ」と叫びながら《いたずら師》が黒い角を振り回し大きな岩でリフティングをしながら走り回りだした。
「そこのサングラスのおじさんからストーンを貰ったら、スロットの椅子に座るといいよ」
と《知識師》が教えてくれたので、《傍観者》は早速その通りにしてスロットマシンの椅子に座った。
「左のトランクの中にストーンを入れたらスロットができるよ」
だがトランクが見つからない。
まごつく《傍観者》に
「一緒に探してあげるよ」
と《知識師》がやさしく声を掛ける。
大きな木の後ろに隠れるように置かれたトランクをやっと見つけた《傍観者》は、お礼の念を込めて《知識師》の持っている大きな本を長い尻尾でひと撫でした。
それから《傍観者》の前を三つ子や四つ子の男の子や、女の子や、サングラスのおじさんや、雪だるまが何人も何人も通り過ぎていった。
「今度はBJ(ブラックジャック)をやろうよ」
と言った《知識師》の後ろに、黒い羽を大きく羽ばたかせながら《いたずら師》が舞い降りてきて加わった。
彼等は大金持ちである。黒い羽や茶色い羽をひと振りする度に次々と勝ち進んでいった。
喜々として振る舞う二人を暫く眺めていた眺めていた《傍観者》は、やがて「もう帰らなくちゃ」と独り言ち、長い尻尾をピンと立てながらカジノを後にした。
小さな橋の下の小さな箱の中に戻った《傍観者》は、小さな体に長い尻尾を巻き付けながら今日あった出来事を反芻しているうちに深い眠りへと落ちていった。
これは、彼の地での《傍観者》の成長と旅立ちの物語である。
登場人物は主に四人。
一人目は、《傍観者》。この物語の主人公であるが、生まれたばかりなので彼の地の事を良く知らない。
二人目は、《いたずら師》。彼は100年前から彼の地で暮らしており、自分の家の庭のようにこの世界を闊歩している。
三人目は、《知識師》。彼は50年前から彼の地で暮らしており、その名の示す通りに膨大な知識を所有している。
四人目は、《装飾師》。彼は《傍観者》とほぼ同じ頃に彼の地に生まれ、また、同じ様に彼の地の事を良く知らない。
第Ⅰ章 AP2111年 目覚めの刻
《傍観者》が目覚めると、そこは小さな橋の下の小さな箱の中だった。
箱の縁から顔だけ出して周りを見回した《傍観者》は、
「何もない」
と小さくつぶやいた。
軽く伸びをして、長い尻尾をピンと立てた《傍観者》は箱の外へ出てみたが、冬風にそよぐ柔らかそうな草叢と小さな小川が目に映るばかりだった。
(これからどうしたら良いのだろう・・・)
生まれたばかりの《傍観者》に分かるはずもなく、仕方なく彼は箱の中に戻り小さな体に長い尻尾を巻き付けて浅い眠りに就いた。
こうして《傍観者》の彼の地での一日目は終わりを迎えた。
草叢をせかせかと踏みしめる足音に《傍観者》が目覚めさせられると、そこには《いたずら師》がいた。
「俺様は《いたずら師》だ。彼の地の王様だ」と言いながら《いたずら師》は、黒い羽を羽ばたかせ黒い角を振り回しながら大きな岩でリフティングを始めた。
「僕は《知識師》。彼の地での事を色々教えてあげるよ」
驚いた《傍観者》が振り向くとそこには、穏やかな顔付きで知的な眼差しをして片手に大きな本を持った《知識師》がいた。
「どこか行きたい所はない?」
と《知識師》が聞いてきたので、
「カジノ!」
と《傍観者》がすかさず答えると、
「では、俺様に付いて来るがよい」
黒い羽を大きく羽ばたかせ《いたずら師》が空高く飛んで行った。
「僕に付いておいでよ」
今度は《知識師》が茶色い羽を羽ばたかせ、《傍観者》が付いて来やすいようにゆっくりと空へ飛んで行った。
《傍観者》は後ろを振り返り小さな箱を1秒だけ見つめ、遅れてなるものかと既に小さくなった《知識師》の影を求めて走り始めた。
二人の影を見失わないように気を付けながら《傍観者》が煌びやかなネオンが瞬く建物の前に到着すると、こんな声が聞こえてきた。
「俺様がさっき《装飾師》の家に行ったら誰も居なかったぞ」
「まだ生まれたばかりなのに、どこに行ったのかな?」
どうやらもう一人《装飾師》という人が居るらしいが、(今日は会えないみたいだな、まあその内会えるだろう)と《傍観者》が呑気に考えている間にいつの間にか建物の中に入っていた。
「俺様は大金持ちの王様だ」と叫びながら《いたずら師》が黒い角を振り回し大きな岩でリフティングをしながら走り回りだした。
「そこのサングラスのおじさんからストーンを貰ったら、スロットの椅子に座るといいよ」
と《知識師》が教えてくれたので、《傍観者》は早速その通りにしてスロットマシンの椅子に座った。
「左のトランクの中にストーンを入れたらスロットができるよ」
だがトランクが見つからない。
まごつく《傍観者》に
「一緒に探してあげるよ」
と《知識師》がやさしく声を掛ける。
大きな木の後ろに隠れるように置かれたトランクをやっと見つけた《傍観者》は、お礼の念を込めて《知識師》の持っている大きな本を長い尻尾でひと撫でした。
それから《傍観者》の前を三つ子や四つ子の男の子や、女の子や、サングラスのおじさんや、雪だるまが何人も何人も通り過ぎていった。
「今度はBJ(ブラックジャック)をやろうよ」
と言った《知識師》の後ろに、黒い羽を大きく羽ばたかせながら《いたずら師》が舞い降りてきて加わった。
彼等は大金持ちである。黒い羽や茶色い羽をひと振りする度に次々と勝ち進んでいった。
喜々として振る舞う二人を暫く眺めていた眺めていた《傍観者》は、やがて「もう帰らなくちゃ」と独り言ち、長い尻尾をピンと立てながらカジノを後にした。
小さな橋の下の小さな箱の中に戻った《傍観者》は、小さな体に長い尻尾を巻き付けながら今日あった出来事を反芻しているうちに深い眠りへと落ちていった。
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