2011年5月3日火曜日

「渋の谷への扉」

第7章 花見、かな?

 《いたずら師》が会社へ着くと他の三人はもう既に自分の椅子に着席しており、いたずら、つまり朝一番の仕事が出来なかった。
 少し気落ちした《いたずら師》は、
「おはよーすっ」
と言いながら、しぶしぶ自分の椅子へ座った。
 何処から取り出したのか、青々しい汁を口にし、手持無沙汰に辺りを見回していた《いたずら師》に《知識師》が声を掛けた。
「本当にアクセク取るの?」
「取らないっす」
 平然と答えた《いたずら師》に《装飾師》の驚きの声が被る。
「えっ?取らないんですか、この前取ろうかなって言ってたんじゃ・・・」
「嘘です」
「そうか、取らないのか、ふっふっふっ」
 これは《知識師》である。
 《傍観者》はそんな三人の様子を傍観しながら、
(しかし《いたずら師》は取らないって言って置きながら、こっそり取るっていう習性があるからな)
と思い、さらに、
(じゃあ、取るって言った場合は取らない・・・のかな?)
と模索し、取りあえず頭の中の傍観リストの《いたずら師》の項目に書き留めて置く事にした。






 

取らないときは取る
取る時は取らないってね
  
    

「そうだ、今日花見をしましょう!」
 唐突に《いたずら師》が提案した。
「いいね、行こう行こう」
 《知識師》が阿吽の呼吸ですぐに返した。
「出向先の会社へ今日は行けない旨を連絡しなくちゃ」
 《装飾師》まで大乗り気の塩梅である。

 今では一年中完璧な空調で管理されている渋の谷の街だが、四季折々に連れ多少気温が変化する。
 よって季節に関係なく花見が出来るのだが、やはりこの時期に行う人が多いのが現状である。

 否も応も無く参加させられる事になった《傍観者》を尻目に三人は花見談議に没頭していった。

 本日の業務が終了した後、四人は会社の前の坂道を下り、宮の下公園へ赴いた。
 満開に花開いた桃色の衣装を纏った老木達をちらっと見やった《いたずら師》がこう言った。
「さあ、飲みに行きましょう」
「えっ?花を見るんじゃ・・・」
 訝しげな表情の《傍観者》に他の三人の声が覆い被さる様に降って来た。
「見たでしょ、今」
「見た見た!」
「確かに見ましたね」
 もうお酒の事で頭がいっぱいな三人は《傍観者》を引きずる様にしてさっさとその場を後にした。





 居酒屋ダイニング四代目おだいどころに腰を落ち着けた一行は、《知識師》の次の言葉で乾杯をした。
「さっき部長に飲み放題のクーポンを貰ったから、今日は飲み飲み放~題」
「おお、飲み放題❤」
「部長に感謝ですね」

 《知識師》は無類の焼酎好きである。小豆焼酎とかを進んで試すチャレンジャーでもある。
 《装飾師》はとにかくビール一筋で、ビールさえあれば他は何もいらない。
 《いたずら師》jは何でも飲み、飲み放題という言葉が大好きである。
 《傍観者》はお酒が飲めないので、ホットミルクをちびちびと舐めていた。

 《知識師》の熱の入った蘊蓄に耳を傾けたり、《装飾師》の零したビールの後片付けをしたり、《いたずら師》のもう何度目かになる「三十杯はイケますよ」という言葉に「はいはい、今十七杯目ね」と返したり、一人素面の《傍観者》はてんてこ舞いだった。
 まさにネコの手も借りたい状態だったが、もう既に借りている事に気付かない《傍観者》であった。

「そうだ、余った料理持って帰ろう」
 徐にビニール袋を取り出し料理を詰め込み始めた《いたずら師》に、
「お店の人に見つからない様にしなよ」
と《知識師》が囁き、飲み会は終了となった。

「お疲れでぇ~す」
「お疲れ・・・さま・・・れす」
「三十杯はイケますって」
 皆、自分勝手な挨拶を交わし合い街中へ消えて行った。

 酔っ払い軍団からやっと解放された《傍観者》は、「ふぅー」と一息付き、宮の下公園の方を仰ぎ見た。
(もっと花を見たかったのに・・・)
 ヒゲの先に着いたミルクを前脚で掃除しながら《傍観者》はそう思い、綺麗になったヒゲに満足したのか、やがて何処ともなく闇に紛れて行った。

2011年5月1日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅵ章 装飾師とお出かけ

 小さな橋の下を一陣の風が通り過ぎると同時に《傍観者》は眼を覚ました。
 月の光の下へ出て来た《傍観者》の体は、まるで黒々としたビロードを羽織っている様に光り輝いて見えた。
 風上に耳を向け、微かに聞こえる虫の声を楽しんだ《傍観者》は、
(はて?何処へ行こうかな・・・)
と思い悩んだが、以前に一度だけ会った事がある《装飾師》の顔を思い浮かべ、自然と笑顔になった。
(この間は留守だったけど、今日は居るかな?)
 もし留守だったら何処へ行こうかな、などと考えながら取りあえず《傍観者》は《装飾師》の家へ向かう事にした。

 小ぢんまりとした家に到着し中へ入って行った《傍観者》を《装飾師》が心地よく出迎えてくれた。
「やあ、いらっしゃい」
 黄色い体に黒い縞の対比が鮮やかな《装飾師》に思わず見とれてしまった《傍観者》は、挨拶を返すのが少し遅れて仕舞うほどだった。





「どうぞ中へ、と言っても椅子とテーブルしかないですけどね」
 《装飾師》の言に従い部屋の中へ入った《傍観者》はこう言った。
「この間一度来たんだけど、留守だったよ」
「そうなんですよ。此の地の仕事が忙しくて、なかなか彼の地へ来れなくて・・・」
 《傍観者》は《装飾師》が此の地で忙しくしているのを知っているので、さり気なく話題を変えた。
「もうどこかへ出かけた?」
「まだ《いたずら師》と《知識師》の家へ行っただけです」
「そっか。じゃあ一緒に出かけてみようよ」
 そう言った《傍観者》も数ヶ所しか行った事がなく、自ずと候補地は限られてしまうのであった。
「カジノは時間がかかるし、そうだ!釣りへ行こうよ」
 そして《傍観者》は《知識師》に連れられて行った釣りの顛末を《装飾師》に話して聞かせた。
「なんか面白そうですね」
「うん、面白いよ」
 そう言う訳で《傍観者》と《装飾師》は釣りをしに行く事になった。

「ここは何処ですか?」
「日本海だよ」
 以前、《傍観者》が《知識師》にした質問と全く同じ質問を《装飾師》が口にした。
「そこの河童みたいなおじさんが釣り竿と餌をくれるよ」
 《傍観者》に言われるままに《装飾師》がおじさんに近づいて行くと、
「よーしよし、初めてだな、きゅっきゅっきゅっ」
と言ってしょぼい釣り竿としょぼい餌をくれた。





 《傍観者》は《知識師》に教えられた通りに《装飾師》に釣りの手順を教えて挙げ、並んで座り海原へ釣り糸を垂らした。
 数回魚に逃げられた《装飾師》だったが、《傍観者》より先に一匹の魚を釣り上げた。
「やるなあ、《装飾師》は!」
「何とか釣れましたね」
 嬉しそうな《装飾師》につられ、《傍観者》の顔にも笑顔がこぼれた。
 それから《傍観者》と《装飾師》は、魚を釣り上げたり、逃げられたりしながら日本海の風景をたっぷりと楽しんだ。

 十分釣りを堪能した後、バケツの中の魚を海へ戻してやり、それから《傍観者》の勧めで《装飾師》は彼の地の番人の処へ行く事にした。

「アメくれよ~」
 森の奥からふわふわと漂い出て来た彼の地の番人にアメを二十個渡した《傍観者》は、前のとは違う小さな椅子を受け取り、ご満悦の様子だ。
 彼の地の番人は今度は《装飾師》に近づき、こう言った。
「アメくれよ~」
「僕アメを持ってないんです」
 残念そうな様子の《装飾師》に彼の地の番人はアメの増やし方を色々と教えてくれた。
「今度来るときはアメを持って来ますね」
 森の奥へと帰って行く彼の地の番人の背中に《装飾師》がそう声を掛けた。
 《傍観者》と《装飾師》はここで別れる事にして、それぞれの家へと向かった。

 小さな橋の下の以前貰った小さな椅子の横に今日貰った小さな椅子を並べ終え、《傍観者》は小さな箱の中で丸くなった。
(此の地での仕事が忙しい《装飾師》と次に会えるのはいつになるかな・・・)
 ウトウトしながらそんな事を考えていた《傍観者》の瞳はやがて完全に閉じられ、その黒い姿は周囲の闇と混じり合い見分けが付かなくなっていった。