本日は会社がお休みなので、《傍観者》は朝寝坊をしている模様である。
丁度良いので今回は《傍観者》の休日を追って見る事にしよう。
彼の地では《傍観者》は小川の上に掛かる小さな橋の下に住んでいるが、現の此の地でも橋の下を寝所として使用していた。
此の地の橋は公園の中の遊歩道の上に掛かっており、この公園が何処に有るかと言うと、渋の谷の街から遠く離れた南の街に在る。
渋の谷の街と同じ様に半球型のドームで覆われた南の街は、主に住宅エリアとして使用され幾分のんびりとした空気を感じ取る事が出来るかも知れない。
何が言いたいのかと言うと、《傍観者》は橋の下が好きだなぁ、と彼の性向が地の文によって吐露されたに過ぎない。
公園の橋の下の灌木の茂みから、ーーーっ!と言う伸びをする声が聞こえた。
如何やら《傍観者》が起き出して来た様である。
茂みの奥に打ち捨てられた様に置かれた木箱から這い出して来た《傍観者》は、左右を一瞥するとゆっくりと遊歩道に出て来た。
そして彼が向かった先には中位の池がなみなみと水を湛えていた。
彫像の様に水辺に佇んだ《傍観者》は微動だにしなくなり、静寂だけが水面を漂っていた。
時が止まったかの様に風景に溶け込んだ《傍観者》であったが、その刹那、右前脚が一閃したかと思うと小さな魚を抑え込んでいた。
瞬く間に狩った魚を平らげた《傍観者》は池の水で喉の渇きを潤し、何処から取り出したのか仕事用のヒゲとプライベート用のヒゲを舌を使って丹念に掃除し始めた。
勿論その間は、予備のプライベート用のヒゲを装填していたので、ヒゲの無い《傍観者》の顔を想像しても無駄である。
入念に手入れをされた正規のプライベート用のヒゲを予備の物と付け替えると、今度は《傍観者》は舌と前脚を使って体中を綺麗に整えていった。
・・・ぺろぺろ・・・しゅっしゅ・・・ぺろぺろ・・・しゅっ
《傍観者》のビロードの様な黒い光沢は、こうして日々保たれて居たのであった。
「これで良しっと」
水面に映る自分の毛並みに満足したのか、《傍観者》は水際から少し離れると運動の為にヨガを始めた。
《傍観者》はネコのポーズが大の得意である、と言っても何故だか此れしか出来ないのであるが・・・。
十分に体が解れた《傍観者》は次にシャドーボクシングを始めた。
目にも止まらない早さで必殺ネコパンチを繰り出す今の《傍観者》なら、大昔に行われたと言うハリウッドスターの伝説のネコパンチにも対抗し得るであろう。
黒い顔に薄らと汗を浮かばせた《傍観者》は池の水を二口程飲むと、公園内の散策を開始した。
たどたどしい足取りの幼子を従えた家族連れや、のんびりと歩む人々の横を澄ました顔付きの《傍観者》が影の様に通り過ぎて行く。
前から顔見知りの一匹のイヌが飼い主に連れられて歩いて来た。
「よう、《傍観者》、相変わらず黒いな」
「そっちだって真黒じゃん」
自分の黒い体に目を遣った顔見知りのイヌは、そりゃそうだ、と言い尻尾を一振りすると飼い主の後ろ姿を追い掛けて行ってしまった。
《傍観者》はイヌ達と非常に仲良しで有る。
その後もあちこちで散歩に連れられた様々な犬と挨拶を含んだ会話を交わした《傍観者》は、一本の木の下へ来ると身軽に駆け登った。
横に枝を伸ばしたいつもの場所に落ち着くと、《傍観者》は体の力を抜き寛いだ様子で蹲った。
《傍観者》が傍観体制に入ったのである。
一見、単に寛いで居る様に見得るけれど、これは《傍観者》が傍観する時のポーズである。
自然体で対峙すれば物事の本質が浮き彫りになると言う《傍観者》独自の持論を体現した姿勢である。
こうして公園を一望出来る木の上から傍観を・・・おや?
枝の下に四肢と長いしっぽをだらりとぶら下げ、長々と体を伸ばして寝そべっている様を見ると、如何やら単に昼寝をして居ただけの様である。
まあ、此処はとやかく言わず、そっとして置いてあげ様ではないか・・・。
| ちょっと寝過ぎちゃった |
夕闇が公園を包み込み、見受けられる人の姿も疎らになった頃、漸く《傍観者》は木の上から降りて来た。
闇が辺りを支配し始めると《傍観者》の時間が幕を開ける。
金色の両の眼を爛々と輝かせながら夜陰をその身に纏った《傍観者》は、足音を忍ばせて歩み出した。
長い尻尾をピンと立て泰然と歩く《傍観者》の背中からは、野生の雲気が滲み出ていた。
一瞬の後、《傍観者》の小さな姿は闇に呑み込まれ、静寂だけが取り残された。
《傍観者》が何処へ向かったのかは、誰も知らない・・・。