2011年5月31日火曜日

「渋の谷への扉」

第11章 午後の業務は?

 コンビニエンスストアで雑誌を立ち読みする振りをして《知識師》、《装飾師》、それに《傍観者》が表の歩道を眺めていた。
 その前をのんびりした足取りで《いたずら師》が通り過ぎた。
「やっと来ましたね」
 待ち兼ねたかの様に《装飾師》が声を発すると、
「この後五分待つのって、結構長いですよね」
と《知識師》が受け答え、時を数え始めた。
 
 《知識師》達が仕事部屋に上がって行った時には《いたずら師》は何事も無かったかの様に自分の椅子に座っており、丁度青々しい汁を取り出すところだった。
 朝の挨拶を交わし合い、自分の椅子を元の状態に戻し終わった《知識師》が、
「それ美味いの?」
と《いたずら師》に尋ねた。
「美味しいっす」
「健康のために飲んで居るんですか?」
 今度は《装飾師》が尋ねた。
「仕事に拍車を掛けるためです」
と答えた《いたずら師》は、《知識師》が横を向いている間にその椅子の背を掴み、がたがたと揺らし始めた。
「やめーぃ」
 《知識師》が抗議と諦念を半々に込めた言葉を発したと同時に、部屋の中に一陣の風が巻き上がり社長が入って来た。






「これ、ボクの田舎から送って来たの。美味しいからミンナで食べてよ」
 皿に乗せられたイチゴを《装飾師》の机の上にそっと置いた社長に皆心から謝辞を述べた。
「いつもすいません」
「美味しそうですね、頂きます」
 満足感に満ち満ちた表情を浮かべた社長は、くるっくるっと回り体の周辺に気流の渦を作りながら部屋を出て行った。

 期せずしてこの時、《装飾師》と《傍観者》は心の中で全く同じ事を思っていた。
(この間と同じ質問を《いたずら師》がしそうですね)
(この間と同じ質問を《いたずら師》がするな)
 この予想は粉う事無き的中し、《いたずら師》は問題の言葉を《知識師》に投げ掛けた。
「・・・・・・今の誰です?」
「だ・か・ら・・・社長だっつうの」
 《いたずら師》の言動に振り回されるのは《知識師》の習性、否、慣例、いやいや特権で有るとまで言い切れるかもしれない。
 こうしたやり取りをも吸収して知識の一端に加えて行って欲しいという願いを込めて、《傍観者》は《知識師》の顔を仰ぎ見た。
(はて?《知識師》はいつからこんな役回りになったんだろう?)
 ふと、《傍観者》は疑問に思い考え込んだ。
(三か月前?四か月前かな?)
 遥か昔、一世紀も時を遡った時点にその端緒が有るとは思いも依らない《傍観者》であった。

 今日は念願の帆立御飯仕様の特製ネコまんまを手に入れご機嫌な《傍観者》を先頭に、一同は各々好みの弁当をぶら下げて四代目大臣を後にし、会社へと戻った。






 終業時間までの午後の間は何をしているの?と疑問に思う人が居るかもしれないが、いや、そんな重箱の隅をつつく様な人はきっと居ないだろう、居ないと良いな・・・。
 何の事は無い、午後は、ほぼ昼寝の時間である。
 在宅勤務者が労働人口の過半数を超え、就業時間も数時間と言うこの時代に置いて、会社まで足を運び夕方までそこに詰めている《知識師》達は、勤め人の鏡であると言えるであろう。
 だが、午後も働き詰めの状態は世間の風潮が許さず、十数年前から昼寝、つまり自由時間を採り入れた。
 自由時間と言っても業務終了までは会社内に居る事が義務付けられていたが、会社が大好きな彼等にとっては造作も無い事であった。
 《知識師》は底深い知識の奔流に呑み込まれた振りをしながら、うつらうつらしている。
 《装飾師》は半透明のスクリーンを出現させ企画書を練っている振りをしながら、こっくりこっくりしている。
 《傍観者》は傍観する振りをしながら寝ている。午前中との相違点は、両の眸が開いているか閉じているかだけである。
 机に突っ伏して寝ないで、飽く迄仕事をしている振りをしながら睡眠を摂取するのは、彼等の社会人としての矜持がそうさせるのかもしれない。
 《いたずら師》だけは寝ない。その代わりアメンボパグをひたすらやり続けている。言い換えれば、会社に居る間中仕事を遂行して居る事になり、本当に頭が下がる事、この上無い。

 それぞれ有意義に自由時間を消費し、渋の街を包み込む人工太陽の日差しが陰り始め、心地よい疲労感が漂い始めると今日の業務が終了となった。

 次にどの資格を取るか居残って色々と比較検討したいと言う《知識師》を部屋に残し、後の面々は地上へと降りて来た。
 自由時間で十分に英気を養った《装飾師》は、すっきりした顔をしながら次の仕事場へと向かった。
 今日も朝から仕事詰めだった《いたずら師》は、
「早く帰ってアメンボパグの続きをやろう」
と言いながら帰宅の途に着いた。
 そんな二人を見送りながら《傍観者》は、資格の迷宮を彷徨っている《知識師》が居るはずのビルの最上階を見上げ、次いで明朝もお世話になるであろうコンビニエンスストアの店内を眺め、やがて静かに歩きだすと道を行き交う群衆の中に影を潜めて行った。


 

2011年5月29日日曜日

「傍観者の小さな冒険 彼の地にて」

第Ⅹ章 太古へ

 暗闇の中に金色の双眸がぱっと花開いたかと思うと、静かに覚醒した《傍観者》は尖った耳を持つ黒い頭を擡げた。
 小さな黄色い車体を視界の中に確認し、古代エジプト王朝への冒険を思い起こした《傍観者》はにんまりと笑みを浮かべた。
 小さな箱の中から飛び出し、その愛しい黄色い車体を熱い視線で眺めていた《傍観者》は二重に連なる羽音を聞き咎め、天空に眼を向けた。
 空に浮かぶ黄金色の月輪をバックに黒いシルエットが二つ、相前後しながら《傍観者》の眼の前に舞い降りて来た。

「なんだ、随分みすぼらしいタイムマシンだな」
「とうとう手に入れたんだ、いいなー」
 《いたずら師》はいつもの口調で、《知識師》は素直に感嘆の意を口の端に掲げた。
「あれ?タイムマシンの事、誰から聞いたの?」
「こう言う事は何処からともなく耳に入って来るものなんだよ」
 不思議そうな表情を浮かべた《傍観者》に《知識師》が答えた。
「俺様が以前に作らせた豪華絢爛な特注品に比べれば・・・」
 《いたずら師》は頭の上に何かもやもやした物を出現させ、黄色い車体の周りをどたどたと走り始めた。

「《知識師》に貸してあげるよ」
 聞けば、《知識師》はタイムマシンを持っていない、と言うので《傍観者》がそう提案したが、これには残念そうな響きを伴った言葉が返って来た。
「タイムマシンは持ち主しか乗れないんだ・・・」
 幾分肩を落とし気味の《知識師》ともやもやした物を浮かべたままの《いたずら師》は、黄色い車体の上空で何回か旋回すると、あっという間に天空高く舞い上がりその姿を消した。

「さて、今度はどの時代へ行こうかな」
 タイムマシンに乗り込んだ《傍観者》は束の間逡巡し、石器時代に目盛りを合わせると始動スイッチを押した。





 瞬きを一回するかしないかの短い時間の後に石器時代へと到着した《傍観者》は、近くに村落を見付けそちらへと歩いて行った。
 岩山の裾野付近に位置するその村落には大勢の時間旅行者が垣間見られ、集団の中心には石器時代の人々のの姿が散見された。
 何の動物の物か、皮の腰巻だけを纏った少年に近付いて行くと、石槍や石斧、石で出来たテーブルなどを売っていた。
 一際人々が群れている輪の中心には、トリケラトプスの頭骨の頭飾りを被り動物の骨で作られた装飾品を体中に纏った、如何にも族長然とした男が奇妙な踊りを舞っていた。
「あの噴火の舞を何人かで踊ると何かが起こるんだって」
 風に乗って流れて来たそんな言葉を耳にしたのか、見様見真似で噴火の舞を踊る人々が出て来た。
 やがて地面が細かく揺れ出し、遠景に雄大に聳え立つ山が真っ赤な火柱を高々と噴出した。
(流石、噴火の舞だな)
 お祭り騒ぎの只中、地面と一緒に揺られながら《傍観者》は頭の中で呑気に感想を述べていたが、そうして居られるのも今だけであった。
 噴火の舞を踊る人の数が更に増えると、先程の噴火の時とは違う振動が地面を伝わって来た。
 ずしんっ、ずしんっ・・・。ずしんっ、ずしんっ・・・。
 大地を揺るがす足音を響かせながら生い茂る樹木を掻き分けて現れたのはティラノザウルスみたいな大型の恐竜だった。







「出たーっ!」
「恐竜だー!」
 逃げ惑う人、勇敢にも恐竜に立ち向かおうとする人、為す術も無く地面の上下動に翻弄されたまま立ち尽くす人、辺りは阿鼻叫喚の世界へとその姿を変えた。
 《傍観者》は恐竜が向かう先とは少しずれた場所に居たので、激震する地面に必死にしがみ付きながらその小山の様な姿態を心行くまで眺める事が出来た。
(うわー、大きいな!頭の上に乗ったら見晴らし良さそう)
 ずしんっ、ずしんっ、と歩を進めた恐竜は、村落の中心で一旦立ち止まると、
「ぎゃおーーーっ」
と耳を劈く様な叫び声を発し、地上に張り付く小さな人間達には一切関心を示さず太古の樹木の奥へと帰って行った。
(ふぅー)
 短い吐息を漏らした《傍観者》同様に、落ち着きを取り戻した人々が三々五々村落の中心付近に集まって来た。
「石器時代はこうでなくっちゃね」
 誰に聞かせるでも無くそう呟いた《傍観者》は、現代に帰るべく太古の時代に別れを告げる事にした。

 小さな橋の下に戻って来た《傍観者》は、タイムマシンのお礼も兼ねて彼の地の番人を尋ねる事にした。

「アメくれよ~」
 彼の地の番人にアメを渡しながら《傍観者》は古代エジプト王朝や石器時代への時間旅行の話をした。
「凄く楽しかったんだよ、番人さん、ありがとう」
「それは良かったぞよ、今日のはもっと良い物ぞよ」
 そう言った彼の地の番人が取り出したのは小さな椅子だった。
「・・・普通の椅子だよね?」
「そうぞよ、普通の普通の椅子ぞよ」
 《傍観者》に発言する隙を与えずに彼の地の番人は、森の奥へとふわふわと引き返して行った。

 小さな箱の横に持ち帰った来た小さな椅子を並べた《傍観者》は、石器時代で遭遇した巨大な恐竜を回想しながら丸めた体に長い尻尾を巻き付けた。
 夢と現の狭間で《傍観者》は恐竜の頭の上に乗っかり、その見事なまでの眺望を楽しんだ。
 実際にそんな状況になったら振動が激しくてしがみ付くだけで精一杯だと思うが、夢想の世界ではそんな事は無く、《傍観者》は安穏な空中散歩を十全に堪能せしめた事であろう。